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禁欲の日々。

平日の昼下がりだというのに、プライベート用の携帯に珍しく着信。
ごそごそとカバンから取り出すと、息子の通う保育園名の表示。
き、きたーっ。久々の「お熱」呼び出しか?
恐る恐る電話に出ると、なななんと、おなかに「水ぼうそう」らしき発疹ありとか。
「ここんとこ、園で流行ってたんですよー。別のお部屋に隔離してますけど、できるだけ早く来て頂けると…」
午後の打ち合わせを無理言ってキャンセルし、急いで駆けつける。
「ねーねー、なんで早く帰らなくちゃいけないの~?ここのお部屋楽しいのに~」息子は至って元気である。
家に帰って母子手帳を見ると、二歳のときに予防接種を受けている。「水痘」ってやつ、これが確か「水ぼうそう」だ。まあ、この調子じゃ、きっと軽くて済むだろう。
と安堵した直後に、一転して不安な事実を思い出した。
私、水ぼうそう、やってない…。

思い起こせば子供がオタフクにかかったときも、同様にオタフクの経験のなかった私はえらい騒ぎだった。ちょうどイタリアに行く間際で、息子は出発までに確実に治るからいいとして、自分は行けるのか行けないのか、恐怖の潜伏期間とともに出発日までの二週間を送ったことはいまだ記憶に新しい。
結局、このときは免れたものの、あの不安を味わうのはまっぴらだ。

取り急ぎ、一族でお世話になっている近所の小さな医院に連れて行く。
保育園の先生の判断に誤りはなかったようで、やはり水ぼうそうらしい。
しかし、今日は息子のことより、むしろ、私のほうが、藁をもすがりたい思いである。
「先生、私、水ぼうそう、やってないんですけど、もう、うつってるかな…」
「え?水ぼうそうもやってないんだ。ま、二週間後に、よーく自分のカラダ観察してさ、ぽつぽつ出てたら来てよ。発疹の前日から感染するっていわれてるけどね。」
発疹の前日って、昨日のことか。昨日は、私は子供とどんな風にすごしていただろう。

そういえば、昨日に限って、せっかく夫も帰宅しているというのになぜか率先して私が風呂に入れてしまった。湯船の中じゃ、バスごっことタクシーごっこで、それはそれは濃密な時間を過ごしたっけ…。
ベッドの中でもしかり。子供が、大好きな寅さんの歌を歌い始め、いつもなら「早く寝なさい」と叱るところ、歌詞の間違いがどうしても気になって指摘したくなった。
~どうせおいらはヤクザな兄貴。わかっちゃいるんだ妹よ。~ここまでは快調な歌い出し。続いて
「いーつか、おいーらーが、よろーこーぶよおーなー、えらーい、アニーキーに、なーりたあくてー」と歌うので、つい
「おいらが喜ぶんじゃおかしいでしょ。トラさんが自分で喜ぶことになるじゃない」
「ちがうよ、だからさ、ト、トラ寅さんが喜ぶようなさ、えらいアニキが他にいるんだよ」
息子が必死に、ト、トラさん、ト、トラさんというたびに、暗がりの中で20センチ程度しか離れていない私の顔に、唾が飛んでいたよね…。

ええい仕方がない。過ぎたことは忘れて、今日から、できるだけ飛沫感染を避ける努力をしよう。
息子には忍びないが、心をぐっと鬼にして、家の中でもマスクを着用。
「ママ、なんでマスクしてるの?」
「おうちの中にも花粉があるみたい。くしゅん、くしゅん」
しかし下手な演技は見抜かれるのか、今日はこれまた格別にべたべたしてくる。
テレビを見ている息子からこちらが大きく引いて立っていると、急に駆け寄ってきて
「木のぼり、木のぼりー」とよじのぼってきては、「とうちゃくー」と私の顔に自分の顔を寄せ、チュッ。ああ、いつもなら抱き寄せて嫌がられるまでチュー…したい気持ちをぐっと抑えて、満面の笑顔でごまかす。

辛いなあ。この際、お菓子作戦に出てしまおう。好物の「きのこの山」を開けてやると、餌から離れない猿のごとく、今度はお菓子に集中。
これでしばらく免れるかと思いきや、
「ママ、一個あげようか?」と、さっきまで鼻をほじっていたその手で私の口の前へ。
いつもなら、一個ちょうだい、とお願いしてもくれないくせに、なんで?
「ありがとう、でもママはいらないわ。今日はチョコ食べ過ぎて、鼻血でそうだから」と、さりげなく断る。すると今度は、きのこの傘の部分、つまりチョコだけをぺろぺろと舐めつくしたあと、唾液で光った残りの芯の部分を差し出して、
「じゃ、クッキーだけにしてあげたよ。どう?」と来た。
んもおおお、なんでこうなのよおおお。

ああ、早く息子と心置きなくべたべたできる、普通の生活に戻りたい。
私にとってはまるで禁欲の日々だ。

しかし、考えてみたら、麻疹くらいしか、感染症らしい感染症にかかったことがない私。こんな思いをするなら、もっとちゃんと、感染しておけばよかった。
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コメント

soreil

うつってないかな?
りっちゃん、まだポツポツ出ていないかな?
それにしても、りっちゃん、小さい頃、感染病にかからなかったのねー。
うつっていないと、良いね。
大人になってからだと、つらそうだものねー。
カラスミのかわりに、たらこ、明太子、そうね。
やってみますv-271

プルメリア

みずぼうそう
みずぼうそう、保育園のクラス内ではウチの息子がはしりだったので、責任感じてます。
ごめいわくおかけしました~
ママは予防接種してるのかな?
これ以上恐怖の連鎖が広がりませんように(汗)

ritz

いえいえ何をおっしゃいますか
感染症は、お互い様です。うちの水ぼうそうは、おかげさまで、「え?もう終わり?」ていうか、「本当に水ぼうそうだったの?」って感じで、たった三日で終了。復活してます。私は、実は予防接種もしてないんですけど、しばらく忘れることにします。笑。
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ritz

広告代理店コピーライター
イタリア家庭料理研究家
HP→http://www.ristorante-ritz.com
著書に「トルテリーニが食べたくて」
日本ソムリエ協会認定ワインアドバイザー
イタリア料理、子育てから、オペラ、日本の旅、秘湯まで。

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