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イタ馬鹿日誌

昼は会社員、夜は母、週末は自宅で料理教室。ristorante-ritz.comのイタリア馬鹿な日々。

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父の背中

 久しぶりに用事も仕事もない日曜日。先週から待ち遠しかった。
 どこかに遠出しようか。息子の好きなところに家族で出かけようか。
 しかし、息子の希望は
 「どこも行きたくない。ジージのお散歩にいっしょに行く」
 ときたもんだ。

 昨夏、右大腿骨を骨折・手術した79歳の父は、もともと十年前の脳出血の後遺症で右半身が不自由だったこともあり、目覚しい回復というわけにはなかなかいかない。
 それでも、ああ、人間はいくつになっても、少しずつであっても、本来の身体の動きをとり戻そうとする力があるんだな、と実感する。
 家の中は、階段も廊下も風呂場も脱衣場もあがりかまちも、手すりだらけになってしまったが、それでも一人で階段を上がり降りするまでになった。
 しかし、さすがに凹凸のある屋外をひとりで歩くことはまだ許されておらず、日曜のたびに、私の姉が車椅子に乗せて、せっせと散歩に連れて行っている。
 中学二年になる息子に相手にされなくなった姉にとっては、もはや日曜の習慣になって久しいが、私はといえば、日曜に料理教室やら子供の用事やらが立て込んで、一度も散歩に付き合ったことがない。
 せっかく久々に何もない日曜に、唯一の外出が父と散歩、というのもなんだかなあ。しかし、たまには夫抜きで、血のつながった親子三代だけで、近所をぶらぶらするのもいいかもしれない、と自分に言い聞かせ一緒に家を出る。

 業者からレンタルしている車椅子は、折りたたみもできる軽くて小さいタイプ。普通の室内用の椅子に、小さな車がついている程度のもので、ベビーカーよりかさばらないのではないかと思う。 
 この小さな小さな車椅子に、父の身体がすっぽりと収まってしまうことが、改めて不思議でもあり、悲しくもある。
 退院直後、まだ一人で風呂に入れなかった父の背中をタオルでこすりながら、なんて小さい背中なんだろうと目を疑ったのは、きっと、姉も同じだろう。
 その昔、幼い私や姉がこの背中を争って喧嘩したこともある。おんぶしてもらった背中は、もっともっと大きくて、ガッシリしていた。
 見違えるように小さくなった父の背中をこうして見ながら、拍子抜けするほど軽い車椅子を押して、みんなで近所の公園を目指す。

 本当なら、妹や弟のベビーカーを、母が押す横から手を出して一緒に押す、というのが5歳児に相応しい姿であろうが、この5歳児は、祖父の車椅子のはじっこをぎゅっと握り締めてついて来る。そして時折り、
 「いいなあ、ジージは。Mも車椅子に乗ってみたいな…」
 と、ジージにやきもちを焼いている始末だ。

 せっかくいつもより二人も多く助っ人がついてきているので、このまま公園を通り抜けて武蔵小山商店街まで行ってみることにした。
 途中、父の母校である、小山台高校(旧東京府立八中)の横を通る。
 30分以上かけて今歩いてきた道を、きっとほんの7~8分で駆け足で毎朝通っていた中学の頃の父をふと想像する。生まれてすぐに両親を結核で亡くし、叔父叔母のもと、放任されて育ってきた少年は、きっと、その当時から、世の中に冷めていて、偏屈で、でもしっかり女好きだったに違いない。

 武蔵小山商店街の人並みを、そこのけそこのけとばかりに車椅子で押しのけて、アーケードの中へどんどん進んでいく。
 「はっはっは。こりゃ、いいや。ラクして商店街見物だ」
 と父も嬉しそうである。馴染みの武蔵小山商店街も、骨折してから来るのはもちろん初めてだ。
 「お茶しよっか」
 誰からともなく提案する。
 姉も父と二人きりだとさすがに躊躇していたらしいが、健常者が3人もいれば恐いものなしだろう。
ところが、ドトールも、サンマルクカフェも、入り口やテーブル周りも狭くて、とてもじゃないけど車椅子で入れない。
 いざ、こうして車椅子の目線になってみると、世の中には、構造上はかろうじてバリアフリーになっているものの、実際はとてもバリアフリーとは呼べないものがたくさんある。
 「もうちょっと行くと、上島珈琲店もあるわよ」
 姉の一声で、めげずに次なる選択肢へ。幸い、入り口近辺の広い席が空き、車椅子ごとテーブルに着くことができた。
 入り口も自動ドアだし、フロアも広いし、テーブル同士の間隔も空いてるし、珈琲もおいしいとくりゃ、上島珈琲店、お株急上昇。
 父にとって骨折後、初の「お茶」、実現である。

 かばんから財布を出そうとすると
 「バカっ。払うんじゃない。俺が払うから出すな」
 健常だったころと、一貫して変わらないこのセリフ。
 背中は小さくなっても、まだまだシャンとしていることを、まるで私たちに示すかのようだ。 
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 その後、百円ショップやドラッグストアなどを冷やかしたあと、再び、来た道を戻る。
 「…ママ、…抱っこ」
 息子がつぶやく。そういえばすっかり日も傾いて、なんだかんだ2時間くらい歩いたことになるだろうか。疲れるはずだ。もう少しだから頑張って、と納得させると、再び車椅子の隅っこを握り締め、あきらめたようにとぼとぼと歩き出すものの、
 「いいなあ、ジージは。歩かなくてよくって」
 と、またジージにやきもちである。

 父の背中が、これから先、どんなに小さくなったとしても、父の背中をこうして押しつづけてやれる日に、終わりが来ないことを願わずにいられない。
 きっと、姉も同じ思いで、毎週欠かさず、父の車椅子を押していたのだろう。
 不覚にも、渋々つきあった散歩で、初めて気づかされた私だった。
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コメント

ありがとう!
うちの父も、soleilやおばちゃまのことをすごくよく覚えていて、
昔話になると必ず登場します。
あれから、四半世紀もとうにすぎ、35年!?
親も年をとるわけだよね~。

また遊びに来てください。
父のためにも。
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Profilo

ritz

Author:ritz
イタリア家庭料理研究家
本業は広告代理店コピーライター
1999年以来、毎年有給休暇を使い果たす作戦でイタリアへ料理修行。年に1〜2回のペースで子連れでイタリアの農家やマンマの家々を転々としています。
HP→http://www.ristorante-ritz.com
Facebook"マンマの台所Ristorante Ritz"→https://www.facebook.com/ristoranteritz/

著書に「トルテリーニが食べたくて」
日本ソムリエ協会認定ワインアドバイザー
U.M.A.O.オリーブオイル鑑定士
イタリア料理、子育てから、日本の旅、秘湯まで。

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