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イタ馬鹿日誌

昼は会社員、夜は母、週末は自宅で料理教室。ristorante-ritz.comのイタリア馬鹿な日々。

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丘陵砂漠のオアシス宿

    ~8月半ば~ 
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 ことイタリアの旅に関して言うと、効率のいいルート作りがなかなかできなくて歯がゆい思いをすることが多い。
 「せめてここから飛行機が出ていれば…」「んもー、どうしてこの時間にしか電車がないわけ!?」「げげ、この宿、8月やってないじゃん」…、毎回、詳細を決めるまでのストレスといったら気が狂いそうになる。
 それでも、「仕方ない、じゃ、こっちのルートで行くか」「ここで一泊くらいしとかないと厳しいしな」などと後ろ向きに仕方なく選択したことが、終わってみれば大きな収穫に結びつくことが間々ある、これだから、イタリアは憎めない。

 ここ、ボローニャ近郊のアグリトゥーリズモも、ある意味、非効率的な動線を強いられたお陰で出会うことができた、素晴らしい宿だった。
 サルデーニャを後にした私たちは、「ロッシーニ・オペラ・フェスティバル」のため、今度は正反対のアドリア海に面したペーザロへ。ここで無謀な4歳児連れ鑑賞を果たしたあと、たとえばもし、ペーザロに近いアンコーナやフォッリあたりの空港からパリ行きのエールフランスが飛んでいたら、迷わず帰途に付いていただろう。
 しかし、どんなに近くてもボローニャからしか便がなかったのだ。
 ボローニャといえば、私の知人が最も多く住む街。でも、8月のバカンスシーズンは誰もいないのはわかっているし、だからこそ、春のイタリア行きで、無理してボローニャまで足を伸ばし、あいさつ回りをすべて済ませたばかりだった。
 では素通りするか?しかし、わざわざ300キロも離れた場所に移動して、飛行機に乗るだけなんて、いっそう損した気にさせられる。
 じゃ、いつも常宿にしている国道沿いのアグリに泊まってのんびりする?しかし、ここも8月いっぱいは休業だ。
 ううむ、それならばいっそ、ボローニャ人さえ一泊かけていくような、うんとうんとアペニン山脈まで南下した山奥のアグリで、2泊くらいひたすらのんびりしてから日本に帰ろうと思いつく。真夏のバカンスまっさかり、きっとボローニャ人はうんと遠くの海に出払っているから、宿も空いてるはずだ。
 ボローニャの友人がいくつか調べ上げてくれた10近くのアグリトゥーリズモのHPの中から、なんとなく料理にこだわっていそうなところを選んで日本からメールで予約。
 でも、この友人自身も行ったことがないというから、想像の範囲内でしかなかった。

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 「あのぅ…、ここって、ジュリアーノさんの宿では…?」
 「いいえ、うちは違うわ」
 えっ、違うのっ!? どうしよう。完全に道を間違えたのかも。
辺りは、すっかり日が傾いている。
 高速を降りてから、エミリア街道に出るまでにまず道に迷い、やっと出られたと思ったら今度は左折する道が見つからずまた迷い、親切な通行人のおじさんのおかげでなんとか軌道修正できてからも長く不安な道のりだった。
 街道をそれて、小さな県道を上っていくとみるみるうちに辺りは緑豊かな丘陵地帯。さすがイタリア半島の背骨、アペニン山脈の始まりだ、と感動していたのも束の間、今度は一転して荒涼としたハゲ山の風景に。一本道だから、間違えようもないはずなのに、本当にこれで合っているのかと何度も不安になった。
 木1本生えていないむき出しの尾根が延々と続く、まるで丘陵砂漠。うんと遠くに目を細めて見ても、人もいなけりゃ、クルマも来ないから、道を尋ねようがない。ふと、白い牛の群れに出会って妙にほっとすも、牛に道を聞くわけにいかないのよね…。
 このまま山脈越えしてフィレンツェまで行っちゃうんじゃないだろうか。と思った矢先、尾根の先にやっと発見した民家。そばには牛舎もある。あれだ!あれに違いない。
 そう確信してやって来たのに……やっぱり違った。がっくりである。
 
 「大丈夫!ジュリアーノの宿はここからほんの2キロよ。入る路地がちょっとわかりにくいかも。私が先導してあげるわ。ついてらっしゃい」
 その家のシニョーラは車に飛び乗ると、すごい勢いで発進し、殺風景な景色の中、延々と続く砂利道をぶっとばしていく。
 後を追いながら、ううむ、もしかしたら、今回の宿は、ハズレかもしれない。そんな不安がよぎった瞬間、突然、それまでの荒涼とした風景が嘘のような、まぶしいくらい豊かな緑が視界いっぱいに飛び込んで来た。広い広い畑の向こうに、古い石造りの家が見える。これこそが、目指していた宿だった。
 このシニョーラの家を出てから始めて目にする建物でもあるから、お隣さんということになるのだろうか。それにしても、隣の家が、2キロも離れているのだから、途方もないスケールだ。

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 「ブオナ・セーラ。ようこそ!疲れたでしょう?」
 こんな山奥の人とは信じがたいほど、鮮やかな緑のポロシャツに、ピシッとしたチノパンといういでたちで迎えてくれた男性が、私がメールでやりとりした宿の主人、ジュリアーノ。年のころ52~3といったところだろうか。
 「今日も明日も、他に宿泊客はいないから、ゆっくりするといいよ」
 繰り返すがこんな山奥の人とは思えないほど、丁重で腰が低く、ニコニコと静かな笑みには、どこか上品な雰囲気さえ漂う。
 「あ、そうそう、料理もそろそろ始めるから、好きなときに厨房にどうぞ。えっと…リ、リ…」
 「リツコ。リッツでもいいです」
 「じゃ、リッツ!この方が呼びやすい。僕ら、厨房にいるからね」
 事前にメールで予約した際、それとなくお願いしていたのだけど、ちゃんと覚えていてくれたことが嬉しい。

 しーんとした静寂の中、荷物を部屋に運ぶ私たちが砂利をふむ音と、虫の音しかしない。尾根を越えてきた夕方の風が気持ちいい。昨日まで過ごしてきたペーザロやサルデーニャでは、決して味わえなかった山の空気は、ちょっと寒いくらいだ。
 夫と息子には先にシャワーを浴びてもらい、その間、私は早速厨房へ。
 控えめに入った私だったが、いきなりずらーっと6~7人の人間に囲まれた。
 「よろしく。私は○○よ」「僕は△△」「僕は××」…う、うわ、覚えられない。
 「うふふ。私たち、みんな兄妹なのよ。私はレア。一応、料理長よ」
 白髪まじりのヤマンバみたいなボサボサ頭を無造作にまとめたレアというこの女性が長女であること。そして一番隅で静かに微笑んでいるおばあちゃんが皆のお母さんで、世代の明らかに違う若者たちは兄妹の子供たちだということ。だけはわかったけど、あとは順番も名前も覚えられない。聞きかえす間もなくみんな自分の定位置に戻って、どんどん作業を進めている。
 「えっと、好きにしてちょうだいね。自由に見ててもいいし、聞いてくれてもいいから」
 お言葉に甘えて厨房から奥に続く部屋へ行ってみると、ここには、なんと大きな石釜、ここで肉でも焼くのだろうか。そして炭火焼き専用のコーナー、さらに揚げ物用のガス代と、三種類も「火」が並んでいる。
 コントルノ(付け合せ)で出す焼野菜、自家製のトマトやピーマン、ズッキーニをここで炭火で焼いている。言ってみれば、屋内バーベキュー、おいしくないわけがない。
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 小さなおばあちゃんが踏み台に乗って揚げているのは、この地方に伝わる揚げパンとか。
 エミリア・ロマーニャ州の特に東半分では、前菜の生ハムやサラミとともに食べる軽い揚げパンのようなものが有名で、地方ごとに、ニョコ・フリット、クレッシェンティーナといった名前のさまざまな種類がある。農村部に行くと、さらに村ごとに異なる揚げパンが存在するからとてもじゃないけど覚え切れない。この地方に伝わるそれは米俵のような形をしていて、フィカットラという名前らしい。
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 さらに続くもう一部屋、ここは倉庫か、と思ったら、成型したばかりと思われる生パスタがたくさん並んでいるから、ここも調理スペース。すごい。厨房だけで何部屋もある。
 さて、「主厨房」にいるレアのもとに戻ると、深鍋に手打ちのパスタをぶちこむと同時に、隣のフライパンでズッキーニのソースをぐつぐつ煮たてている。早くもリストランテにお客さんがやってきたらしい。
 パスタソースは何日分かを昨日まとめて下ごしらえしてしまったばかりとか。作り方を見ることはできなかった私に、彼女は1から説明してくれる。決して押し付けがましくない静かな口調、でも要領よく最小限の言葉でこちらの知りたいことを的確に答えてくれる。

 「マリート(旦那さん)とMが来たよ。リッツも食べておいで。今日は外にテーブルを用意したから」
 ホールを担当するジュリアーノに呼ばれ、いそいそとエプロンをはずして、テラスに出てみて、びっくり。何組ものお客さんで賑わっている。泊まっているのは私たちだけだから、わざわざ夕食を食べるだけのためにこんな山奥まで来ていることになる。期待がぐぐっと高まってしまうではないか。
 たった二晩では、厨房で見た料理のすべてが制覇できないことが口惜しい限りだが、とりあえず前菜の盛り合わせと、生パスタ二種と、おばあちゃんの揚げパンを注文。

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 ズッキーニの花のフリッターを始め、夏の山の恵みがたくさん詰まった前菜の盛り合わせはどれもこれも、いきなり最初から食べ過ぎるのを我慢するのが大変なほどおいしい。

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 トルテッリ・ディ・メランツァーネは、ナスのペーストを詰めた大きなラビオリのようなもの。カボチャやズッキーニのペーストならわかるけど、ナスのペーストとは珍しい。

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 ストリケッティという名の、大雑把にねじったような形をした手打ちのショートパスタに絡めるのは、ズッキーニのソース。シンプルに炒めただけのズッキーニに、パスタと絡める直前にリコッタを加えただけで、生パスタと合わせても決して負けないコクが生まれる。ズッキーニの花のスライスを惜しみなくトッピング、贅沢すぎる。
 ああ、久しぶりの「生」パスタ三昧。今回はずっと海辺の旅だったから、本当に久しぶり。やっぱり手打ちパスタを食べないとイタリアに来た気がしないのは、ボローニャがすべての出発点だった私の、一生拭い去れないサガであろうか。
 そしてそして、どうしよう、揚げパンが止まらない。サラミ類をはさんだり、ヨーグルトみたいなクリーム状のチーズをつけたり、なんとジャムを載せて食べてもいいのがこの辺りの揚げパンの特徴らしいが、これは真っ先に息子が気に入った。これだけで前菜からドルチェも兼ねてくれるのだ。揚げパン握り締め、サラミ、チーズ、ジャム、、、と何周もしている。
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 く、くるしい。お腹一杯でメインまでいけない。明日は、揚げパンは我慢して、肉喰うぞー。と誓いつつ、甘いものと食後酒は別腹。私はドルチェを、夫は種類豊富な自家製グラッパを注文。
 そして山の夜は更けていく。
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 こうして、アペニン山麓のオアシスみたいなこの宿に、たった二日半しかいなかったのに、しかも、初めて出会った人たちなのに、なんだかずっと昔から知り合いだったような気がするのはなぜだろう。
 「ブオン・ジョルノ!おはよう!いちじく採りにいくけど一緒に行 く?」
朝になれば、食卓に並べるイチジクを採りにレアと一緒に畑に出る。
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 「よし、今日もシカに餌をやりに行こう。それとも、また裏庭でボッチェの勝負しようか!おいでM!」
 東京では体験できない大自然にはしゃぐ息子を、ジュリアーノがしょっちゅう誘い出してくれる。07.10.13italia2007estate(4)-12

 「ねえリッツ。昨日、私が出した料理の中で、いちばん気に入ったのは何?」
 テラスで過ごす朝食後のひとときは、レアにとっても一息つける貴重な時間のはずなのに、必ず私と膝を付き合わせてじっくり話をする時間に当ててくれる。

 ここで宿を始めて、まだ12年という。
 祖父母が死んだ後そのままにしていた古い家と畑を「マンテネーレ」するために母親と兄妹とで始めた、とレアは言うけれど、この「マンテネーレ」=「維持する」という言葉が印象に残る。
 長女のレアは病院づとめを辞めて宿のシェフに、末っ子のジュリアーノも会社を辞めてマネージャーに、他の兄妹たちは、それぞれ銀行員やメーカー勤めといった職を持ちながら助っ人に来ている。
 「宿だけじゃ、食べていけないしね」とレアは言うけれど、兄妹たちが私利私欲ぬきに助け合って、協力しあって、先祖代々伝わる建物を、土地の料理を、守り、そして今の時代に伝えていく。これこそ、まさにレアの言う「マンテネーレ」だ。
 財産を継承するのではなく、地域の歴史を継承していこうという姿勢に、心打たれた。イタリアの農村や田園の人々の心意気が、イタリアという国自体の文化を根本から支えていることがよくわかる。 
 かたや、すたれる一方の日本の地域社会と文化、その原因は、彼らと比べれば比べるほど、くっきりと見えてくる。
 一日も、一時間も無駄のないルートで効率よく日本に帰っていたとしたら、絶対訪れることもなかったこの宿で、図らずも今の日本に、私たちに、いちばん足りない何かを突きつけられることになるなんて。
 東京で分刻みで行動する、一見無駄のない毎日こそ、本当は無駄だらけなのかもしれない。

 「さて、と。リッツは、Mがボッチェしてるところ、見なくていいの?」
 あ、そうか。レアだって、忙しいからあんまり私に付き合わせるのも申し訳ないしね。
 「うん、じゃ、写真でも撮ってやろうかな。じゃ、レア、また後でね」
 「あら、なに言ってるの。私もMが見たいのよ。あなたの息子が!」
 そういって、レアは私をさしおいて裏庭へ走っていった。
 ふと、私は、レアとこんなに多くの話をしていながら、彼女に子供がいるかどうかも、結婚しているのかどうかも、知らないことに気づいた。彼女を手伝っている多くの甥っ子、姪っ子には会ったけど、そういえば彼女自身の子供には会っていない。
 早くに父を亡くし、母と二人三脚で幼い姉弟たちを養ってきた彼女には、もしかしたら結婚するタイミングさえなかったことも想像できる。でも、そんなことを彼女に訪ねることさえ、愚かな質問のような気がしてならなかった。
 エミリア・ロマーニャの山奥で、慈愛と滋養に満ち溢れた料理をかもしだす彼女のもとに、私はこれからきっと、足繁く通うことになるだろう。
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コメント

いつも拝見しております。
自身「イタ車馬鹿」ではありますが、イタリアには
一度しか行ったことがないのであまりにも詳細
な旅行日記を読んでいると充分イタリアに行った
気分に浸ることができます。しかも普通の観光
では行かない、真のイタリアというか素のイタリア
を覗いているような感じがします。
続編楽しみにしております。

はじめまして。
傍迷惑な長文旅行記におつきあい頂きすみません。
夏のイタリア報告は、今回で終了ですが、
今後もいろんな「生イタリア」を私なりにお伝えしていきたいと思いますので、まだご意見聞かせてください。

ストリケッティ?美味しそう~!!
ズッキーニの花をふんだんに使えるのがうらやましい限りです。
今年はプレッセでも見なかったし、来年は花ズッキーニ目当てに栽培しようかしら。
ところで、揚げパンって写真に写ってますか?どれかな??

あ、そうですね。確かに揚げパンは写ってないかも。失礼しました。おばあちゃんの横に置いてあるのが、まだ揚げる前の状態のパンです。今度、じっくりお見せしますね。
ズッキーニの花、ぜひ育ててください。私、買います。
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ritz

Author:ritz
イタリア家庭料理研究家
本業は広告代理店コピーライター
1999年以来、毎年有給休暇を使い果たす作戦でイタリアへ料理修行。年に1〜2回のペースで子連れでイタリアの農家やマンマの家々を転々としています。
HP→http://www.ristorante-ritz.com
Facebook"マンマの台所Ristorante Ritz"→https://www.facebook.com/ristoranteritz/

著書に「トルテリーニが食べたくて」
日本ソムリエ協会認定ワインアドバイザー
U.M.A.O.オリーブオイル鑑定士
イタリア料理、子育てから、日本の旅、秘湯まで。

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