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イタ馬鹿日誌

昼は会社員、夜は母、週末は自宅で料理教室。ristorante-ritz.comのイタリア馬鹿な日々。

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2007年夏 イタリア報告(3) ~姉妹アグリ~

    ~8月初旬~

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 サルデーニャの田舎道を走っていて、突然渋滞に出くわしたとしたら、理由はひとつしかない。
 それは、羊。
 内陸山岳部の牧草地帯を走っていると、羊の群れが道を横断し終えるまで待たされることはしょっちゅうだけど、西海岸のビーチに程近いこのあたりも、ただのボーボーの草むらかと思っていたが一面牧草地らしい。
 横断するならまだいいが、なんと道路を堂々と散歩させているから、クルマは片側一斜線走行を強いられる。
 牧畜民族の島、サルデーニャでは、人優先でもクルマ優先でもまく、羊優先なのだ。

 サルデーニャの旅、後半は西海岸のサン・ヴェロ・ミリスという、サルデーニャ人に言ってもわかってもらえないような、小さな海辺の町に来ている。
 訪ねたことのない西海岸。特にツテのない私は、ネットで宿を探した。
 イタリアの本土では、どんな田舎でも、最近は大抵のアグリトゥーリズモがHPを持っているのに、サルデーニャに関しては独自にHPを持っている宿がいまだにほとんどない。自治体観光局のウエブサイトに一覧掲載され、建物の小さな写真と、簡単な施設内容に、住所と電話番号だけだったりする。
 そんな少ない材料で、宿のよしあしを決めるのは無理だし、メールでぱっと空室を聞くことすらできないのも不便な話だけど、逆に直接電話するしかないおかげで、その宿の主人の人柄がわかったり、思いも寄らない展開になることもある。
 「え?あなたジャッポネーゼ?じゃ、どうしてイタリア語しゃべるの?」
 から始まって、いつの間にか話がはずむ。
 「なーんだ、料理習いに来てるの?そんなの、私が教えてあげるわよ」
 そう言ってくれたのが、ここの女主人、フランチェスカだった。

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 今夜のプリモは、鮭とトマトのペンネ。
 自家製のトマトも、形は不ぞろいだけど、見るからにピチピチしていておいしそう。この地方名産の白ワインで、独特の手法からシェリーに似た風味のするヴェルナッチャ・ディ・オリスターノが味の決め手。
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 セコンドは、マンジャトゥットという小魚、イカ、エビに粉をはたいて素揚げしただけのミックスフライ。
 「あっち(西)は、ここと違って魚をよく食べるのよね。レシピもすっごくシンプルなはずよ」と、トルトリのパオラが言っていたのを思い出す。
 そういえば、ここんちも女系だ。フランチェスカと、まだ二十代前半と思しき娘のシルヴィアが、二人で調理を担当。その横では、シルヴィアの娘で4歳のフェデリカがぶらぶらしている。ヤンママから生まれた娘が、またヤンママで…といった感じ。この分じゃ、母子4世代で台所を占領する日も近そうだ。
 トマトを切っている私の横にベタっと張り付き、ニコリともせずにじーっと見ているフェデリカ。興味津々というより、いきなり入ってきた部外者がちゃんとシゴトしてるか見張ってるようでもあり、ちょっとコワイ。

 夕食は、田舎の多くのアグリトゥーリズモがそうであるように、ホールにいくつか置いてある大きなテーブルに2~3家族が相席。私たちの席には、すでに、真っ黒な肌をした3人家族が目だけぎょろぎょろさせてパスタを頬張っている。
 一瞬、インド人もこんなところにまで旅行に来るのか?と驚いたが、話してみると北イタリアのピエモンテからバカンスにやってきたイタリア人で、この宿の常連とか。聞けば、カラビニエッリというではないか。
 カラビニエッリといえば、日本でいえばおまわりさんのようなもの。こんな真っ黒なおまわりさんに道で注意でもされようものなら心底怖いと思うが、話してみると、さすがピエモンテ人。紳士的で、やさしくて、インテリジェントで、、。イタリアの中で私の第二の故郷ともいえるピエモンテ州の人たちに、遠く離れたこの島で親しくなれるなんて、思わずほっとする。
 「みろよ、こんな黒い顔でおまわりさんなんて、笑っちゃうよな。うひーっひっひ」
 とテーブルに割り込んで来たのは、フランチェスカの夫。一応、この宿の主人だけど、夕方になると出没して、こうして宿の常連客相手に片っ端から冗談ばかり言っている。冷静沈着なフランチェスカとは正反対だ。
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 イタリア中部北部のアグリトゥーリズモが、2~300年前の石造りの建物を改造したり、もしくはそれを模したりしているのと違って、サルデーニャのそれは、コンクリートで簡単につくった平屋のアパートのようなものが多い。
 でも、アグリトゥーリズモとしての歴史は、むしろ古い方ではないだろうか。中でも、この宿がアグリトゥーリズモを始めたのは29年というから、まさに走りということになる。
 学生時代に旅した、モロッコのマラケシュあたりの安宿を思い出す。刺すような日差しを避けるため、日陰であることの方がむしろ快適とされる部屋には、窓は大抵ひとつ。それでも、朝になると窓の戸のわずかな隙間から、強い朝日が部屋の奥まで差し込んで自然と目が覚める。
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 決してきれいとはいえないけど、きれいである必要もどこにもない。 神々しいまでに青い海に囲まれた聖なる島で、大自然と同じ呼吸をしながら暮らす毎日に、しゃれた調度品や最新設備のバスルームなど、かえって興ざめ。サルデーニャのアグリには、まるで自分がここで生まれ育ったかのようなノスタルジーが漂っている。
 アグリの歴史が古いのも、もしかしたら、本土でアグリトゥーリズモなんていう造語が出回り始めたずーっと前から、こうした民宿の形態がおのずと根付いていたからかもしれない。
 自然の恵みたっぷりのうまいメシと、気さくな主人がいれば、それでいい。と思わせてしまうサルデーニャのアグリには、黙っていても、毎年人が来る。宣伝も、個人のHPも必要ないのが、わかる気がする。

 そんなわけで、このフランチェスカの宿も、私が二ヶ月前に電話した段階で、すでにほぼ満室。最後の晩は泊まれないことがわかっていたが、宿から数キロ離れた彼女たちの自宅に空き部屋があるそうで、そこに泊まらせてもらえることになっていた。
 トルトリのパオラのところもそうだったけど、海辺の近くに宿を持ち、街に自宅を持っているケースは、サルデーニャにはすごく多い。
 「あなたたちは今夜もここでご飯を食べて、で、私たちが片付け終わってからみんなで一緒にウチに引き上げましょ」
 そうフランチェスカと約束をし、部屋を空けた私たちは、夜ご飯までの間、タッロスという岬の突端にある遺跡に出かけることにした。サルデーニャに来て、初めての「観光」かもしれない。
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 大海原に面した西海岸の海は、この世のものとは思えぬ美しさ。360度海が臨める突端までてくてく歩いていくと、地中海に放り出されたような開放感。このまま海に飛び込みたい!と、ふと海岸を見下ろすと、浜辺まで降りて泳ぐことができるらしい。
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 ああ、水着をもってくるんだった。ううむ悔しいな。よし、一度帰って、宿の近くの海に繰り出すとするか。
 そして私たちは、再び宿へと引き返し、クルマをとめて、部屋へ…と思いきや、はっ、そういや、部屋がないんだった。
 つまり着替えるところがないってこと。まあ、それはクルマの陰で着替えりゃいいとしても…、それって、帰ってからシャワーも浴びられないってこと?
 と一瞬考えあぐねていると、母屋から
 「ちょっとー、来てー。話があるのー」
 とフランチェスカが私を呼んでいる。
 「あたし、考えたんだけどね。やっぱり夜遅くまで、休む部屋もないまま、小さい子供を引き止めておくのは不憫だわ。このあと海に行ったって、帰ってからシャワー浴びることもできないでしょ。それにMだって昼寝させてあげなくちゃかわいそうだもの。それでね、あたし、姉に聞いてみたのよ。彼女も民宿をやっててね、今晩一泊だったら空きがあるっていうの。今からそっちに移った方が、快適なんじゃないかしら?」
 物静かなフランチェスカが珍しく一気にしゃべり出したが、まるで私の心の中を透視していたかのような提案にびっくりする。
 「あたし自身は、とっても残念だわ。だって、あなた、とっても人なつっこいし、いい子だし、でもあなたたちのことを思うとその方がいいと思うの」
 確かに、私だってせっかく知り合えたこの宿を離れるのは残念だが、このまま深夜まで部屋なしでいるより安心に決まっている。

 かくして、私たちは、フランチェスカのお姉さんがやっている近所の民宿へ行くことに。
 荷物を運ぶ夫を見ながら、私にそっと寄ってきてフランチェスカがささやく。
 「ねえ、あなたの旦那、立派ね…」
 えー、ただ荷物を運んでるだけじゃん。
 「昨日も、あたし見てたわよ。子供にご飯たべさえたり、飽きたら外で遊ばせたり、面倒もちゃんと見るしさ…」
 そりゃ確かに私はピエモンテ人の家族とずーっとしゃべっていたけれどさ…。
 「黙―ってるけど、よくできた旦那よ」
 黙ってるけど、よくできた旦那。それって、まんま、日本でも周囲にしょっちゅう言われている言葉ではないか。なんでイタリアくんだりまで来て、しかもイタリア人に言われなくっちゃいけないんだろ…。

 さて、この、フランチェスカの姉という人がまた、強烈な人で、たった一泊しかしなかったのが、本当にもったいないくらいだった。
 姉の名は、ジョヴァンナ。彼女もまた、サン・ヴェロ・ミリスの街の中、といっても店が数件しかない村みたいなものだけど、ここに自宅を持ちつつ、国道をさらに海辺に向かって走った田園地帯に、農園と民宿をもっている。
 フランチェスカに教わって、自宅の方を訪ねると、奥にうんと長い家の突き当たりの方から、なにやら喋りっぱなしの声が近づいてきた。
 「…いやあ、1時ごろ着くっていうボローニャ人が、まーだ来なくってさー。あ、あんたね。日本人の家族ってのは。入んなさい、入んなさい。あたしはね、もう30年もアグリやってんのよ。妹のフランチェスカは29年、でも、あたしは30年、ふっふふ。畑の方の宿は5~6年前に建てたんだけど、こっちの古い家でずーっとやってたの。部屋見てく?上もあるんだから。でも、あんた、なんでまた、たったの一泊なのさ、もったいない…」
 とにかく話に切れ目がない。
 「あ、あの、クルマの中で家族が待ってるんですけど…」
 「あら、そうなの?早く言ってよ。じゃ、畑の宿まで案内するからさ、あたしを乗せてって」
 クルマの中でも、しゃべり通しのジョヴァンナ。
 「あんたの旦那はいいねえ。こうして運転してくれてさ。うちの旦那なんて畑仕事以外何もしやしない。携帯だっていじれないんだから。宿に来るお客のことは全部私じゃないとわかんないのよ。ったく、こっちは体がいくつあっても足りないよ」
 宿につくと、確かに、おじさんはひさしの下の椅子に座り、畑を見ながら夕涼み。その前を彼女は無言で通り過ぎ部屋に私たちを案内すると、再び私の夫に車で送らせて、嵐のように去っていった。

 それから私たちは近場のビーチへ行き、あんまり大勢の人手にうんざりして早々に引き上げた後は、シャワーを浴びて、ひたすらのんびり。 日が傾き、私たちだけしかいない宿は静寂に包まれる。前に広がるブドウ畑の葉が風にそよぐ音を聞きながら、家族3人、いつの間にか寝てしまった。
 「ごはん、できたわよー!!!」
 階下からの、けたたましい声で一発で目が覚める。
 「ボローニャ人、船が遅れちゃって、まだまだ時間かかるんだってさ。ま、いいわ。まだそのとき作り直せば。あんたたちで好きなだけ食べちゃって」
 広い食堂の長テーブルに、私たちとジョヴァンナ夫婦が向かい合う、たった5人の食事だが、寂しいどころかジョヴァンナの大きな声が途切れることがない。
 「今日これから一家族来るでしょ。明日は2家族。今日までなのよ、空きがあったのは。よかったわー。あさっては、カップルが一組来て、あー、いよいよ忙しくなるわ…、さ、食べなさい」
 食卓には、前菜からメインまで、いっぺんにだだーっと並んじゃっているけれど、これはこれで、いつものウチごはんみたいで、親しみが湧く。
 パスタは、なんの変哲もないトマトソースのスパゲッティ。と思いきや、まるでケチャップみたいに濃い味がする。ほんの少しだけ挽肉が入っているのが面白い。ラグー(ミートソース)までは決していかない、下手すりゃ気づかないほどの量の挽肉のおかげで、いくら食べても飽きが来ない。
 ナスのスライスに衣をつけて揚げた野菜料理も南ではよく目にする。けど、甘くて芳ばしくて他とは何かが違う。
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 同じ皿に無造作に盛られた鶏肉のローストが、また、おいしい。見た目には、香草のみじん切りしかついてないけど、何か特別な料理なんだろうか。
 「あの、これ、どうやって作る…」
 と遠慮がちに聞きかけた声は彼女の耳には届かず
 「ま、常連客だからいいんだけどさ、でも最初は午後に着くって言うからあたしずーっと待ってたわけよ、本当は病院にも行きたかったし、買い物も…」
 とにかく止まらない。まるで「何もしない旦那」への愚痴に聞こえなくもないが、そのおじさんの方が、気を利かせて私に教えてくれる。
 「それは、ヴェルナッチャで作るのさ。ローストした後に、ヴェルナッチャをかけてね…」
 小さな声、静かな口調、最小限だけど気配りの行き届いた言葉。彼女とは見事に正反対。確かに、民宿のシゴトは何もしないし、タオルやシーツの置き場所さえ知らないけど、でも、おじさんの顔に刻まれた深い深いシワとがっしりとした指、真っ黒に日焼けした肌が、日々の畑の重労働を物語っている。
 「そこにあるカゴもあたしが作ったのよ。ま、ものの30分もありゃできちゃうんだけどさ。あ、あそこに飾ってあるのは…」
 ジョヴァンナの会話、というかもはや独り言は、ぽんぽん飛ぶから付いて行くのがやっと。
 「…昔はもっとたくさん作ったもんだわ。若かったしね。といっても今よりもっと畑も手広くやってたし、羊も買ってたし、百姓の仕事なんて、まあそんなもんで一年中休みなしだけどさ…、で、あんたたち、明日の朝はカプチーノ?それとも紅茶?」
 す、すごい。いきなりそう飛ぶとは思わなかった。ここまで来ると、完敗だ。
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 それにしても、こんなに喋る彼女の口から、そういえば一度ども「料理」に関する話が出ない。
 大抵のマンマなら自分の料理が気に入ったかどうかとしつこいほど聞くし、少しでもこちらが料理に関心を示せば、待ってましたといわんばかりにレシピの話になるというのに、ジョヴァンナの場合は一切それがない。
 彼女にとっては、自慢に値しないほどの日常料理ということなのだろうか。これだけさりげなく、でも超一級のマンマの味を提供する人というのを、私は初めて見た。
 そして、いつの間にかビーチの話に。
 「えーっ!?プッツイドゥなんかに行ったの?だめだめ、あそこは観光客だらけでしょ。もちょっと先に走ればたくさんあるんだから」
 明朝は、カリアリに里帰りしているイタリア人の友達に会うために早めに発とうと思っていたが、雪辱を晴らすためにも秘密の浜辺を聞いて、泳いでから帰るとしよう。
 ジョヴァンナの口から次々に出る浜辺の名前を、私は必死でメモする。
 「あんたね、今度来るときは、うちに一週間泊まりなさい。あたしが人もいない静かな浜辺をぜーんぶ教えてあげるから、全部制覇しなさい。いいわね?」
 ぜひ!
 でも、それを言われるなら、本当は「料理」を習いに来たいところなんだけどな。

 そして翌朝。
 いくつものビーチを素通りし、この先に海なんてあるの?と何度も疑いながら到着したジョヴァンナ推薦の浜辺には、先客はたったの2組。
 海の家ひとつない海岸。貝を砕いたようなサラサラのベージュの砂浜。ミネラルウォーターよりも透き通る水。
 実は海嫌いの私が、世界でただひとつ泳げる海、サルデーニャ。ジョヴァンナが教えてくれた浜辺は、その中でも、いちばん美しい海だったかもしれない。

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Author:ritz
イタリア家庭料理研究家
本業は広告代理店コピーライター
1999年以来、毎年有給休暇を使い果たす作戦でイタリアへ料理修行。年に1〜2回のペースで子連れでイタリアの農家やマンマの家々を転々としています。
HP→http://www.ristorante-ritz.com
Facebook"マンマの台所Ristorante Ritz"→https://www.facebook.com/ristoranteritz/

著書に「トルテリーニが食べたくて」
日本ソムリエ協会認定ワインアドバイザー
U.M.A.O.オリーブオイル鑑定士
イタリア料理、子育てから、日本の旅、秘湯まで。

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