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2007年夏 イタリア報告(2) ~南の島の、親子4代女の館にて(後編)~

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 「あ、ここにもあったわ、ほら。今度はどう?甘い? 季節はもう終わりだけど、結構残ってるわ。あ、またあった! よいしょっと」
 草むらを掻き分け次々にイチゴを発見しては、後をついてくる私の息子の手に乗せ、またどんどん奥へ進んでいくパオラ。赤いワンピースを着たパオラの、その巨大なお尻だけが、草陰に見え隠れしている。
 前回ここに来たとき、はしゃいでばかりでちっともご飯を食べなかった当時一歳の息子が、唯一ばくばく頬張っていたのがこのイチゴ。粒は小さいけれど、真紅なまでに深い色をしているここのイチゴは、甘くて、濃くて、身が引き締まっていて、とにかくおいしい。
 パオラの自宅からクルマで5分ほど行った田園地帯。最初にここに来た際、私たちが泊まり損なった民宿がある大きな敷地の中に、彼女は広い畑を持っている。
 ナスもキュウリも、トマトも、インゲンも、ニンジンも、毎日の食卓を賑わせるおいしい野菜はみんな、ここで彼女がたった一人で作っている。
 一度でいいからその畑が見てみたかった私は、今日も日が傾く夕刻を待って畑の水やりや民宿の仕事に行くパオラにくっついてきた。ここで彼女が片付けなければならない山ほどの仕事に、本当はすぐにでも取り掛かりたかったであろうに、パオラは私たちに隅から隅まで畑を案内してくれる。
 「あれはなんだかわかる?蜂蜜も作ってるのよ。今朝食べたでしょ。これは知ってる?日本にあるかしら。野生のブラックベリー。食べてみて。さ、こっち付いてらっしゃい。今年はもうリンゴが食べられるのよ。えーっと、おいしそうなのは…」
 味見の方が追いつかない。私と息子の手は、あっという間に、いろんな実やリンゴでふさがってしまった。
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 いつの間にか日が暮れて、闇で足音も見えづらくなってきた。これで、いったい何時くらいなんだろうと時計を見ると、大変!もう7時半だ。
 ここで、まだまだ畑と民宿の仕事が残るパオラより、一足先に自宅へと引き換えす。次女のモニカと一緒に料理を作ることになっていたからだ。

 こうして今日もあっという間に時間が過ぎていく。
 今回は、パオラの民宿の仕事が忙しすぎてゆっくり料理を習えない、だからこちらも、今回は「バカンス」と割り切ってのんびりすごすはずだった。だったんだけど、おっかしいなあ…、なんでこんなに忙しいんだろ。
 いまだ時差ボケが残る私たちの一日の始まりは、毎朝のんびり10時。寝巻きのまま、テラスに出ると、隣のテラスから「いらっしゃーい。朝食の準備できてるわよー」とパオラに呼ばれ、一家3人ぞろぞろと母屋に移動して食事を摂る。
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 と、ここまではなんと図々しく優雅な一日の始まり。しかし、この朝食の場に、必ず娘たちがかわるがわる顔を出す瞬間から、いきなりペースが変わるのだ。
 「ブオンジョールノ!みんなよく眠れた?私はこれから会社だけど、午後には戻るから夕飯が私が作るわ。いい?リッツ。この地方だけに伝わる伝統料理、今日も私とセルジオが教えてあげる。じゃ、あとでね!」
 そういい残して次女のモニカが慌しく出かけていくと、入れ替わり長女カルメンが娘のアリスを抱いて入ってきて、
 「ね、私たち、海に行くのよ。行かない?アリスもMと泳ぎたいって言って聞かないし。今日も地元の人しか知らない砂浜、でも昨日と別のところに連れて行ってあげる。さ、早く着替えて!海は午前中のうちに行くのが鉄則よ!さ、早く!」
 とせかされて、身支度もそこそこに海に出かける。
 ほんのちょっと水と戯れただけなのに、気がつけば12時。いっけない。帰らなくちゃ。
 「簡単なものしか作れないけど、昼ごはんくらいは私が作るわ」と言ってくれていたパオラが、そろそろ民宿の仕事から一旦家に帰ってくる時間。「簡単なもの」とはいえ、この偉大なるマンマの料理を一品でも見逃したくない私は、海からも大急ぎで引きかえすことになる。
 そして遅くから始まる長い昼ごはんのあとは、いつものよう女同士で食っちゃべってるうちにみるみる時間が過ぎ、そうこうするうちに今度はモニカに声をかけられ夕ご飯の支度に突入。そして、遅くから始まる長い長い夕ご飯を全員でともにしていると、気がつけばどっぷり夜も更けているという、時計の針が3倍速で回っているような毎日。

 パオラが付きっきりで私に料理を教えてくれた前回よりも、何倍も忙しい毎日だけど、ふと、その一方で、何倍も濃い時間をこの一家と過ごしていることに気づく。
 まだ二度目の来訪にすぎないこの家で、私たちはまるで親戚のように接してもらっているではないか。
 それぞれが、自分の行きたいところに私たちを連れて行く。自分のしたいことに私たちを付き合わせる。
 でもそれだって、日本からやってきた来客を、忙しいマンマに代わって、少しでも飽きさせないようにと、一家総出で手を焼いてくれていることに他ならない。
 ふと気づけば、私がこうして料理をしている間も、さりげなく子供たち用にパスタを作って一足先に食べさせてくれているのもカルメンだし、久々に英語が話したいからと私の夫を自分の部屋に誘いこんではイタリア人の悪口を言ってみせるマイクだって、イタリア語がしゃべれずに退屈にしている夫の相手をしてくれているのだ。
 パオラが、娘や婿たちに何を命令したわけでも、頼んだわけでもない、それでもゴッドマザー・パオラを中心に、一家が助けあい、融通しあって、いつもと何も変わらないどころか、それ以上のもてなしを客人にふるまってくれる。
 様々な国の侵略者に絶えず翻弄され、壮絶な歴史を生き抜いてきたサルデーニャ人ならではの、強くて強固なファミリーの絆を見せつけられるようだ。
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 夕食が終わり、ああ、もう食べられない~とみんなでお腹をさする頃、
 「カッフェ~!プロント~!(コーヒー入ったよー)」
 台所から、89歳のおばあちゃんの、かわいい声が聞こえてきる。
 娘や孫娘が、好きなだけ使って散らかした調理器具や食器を、人知れず黙々と片付けていただけでなく、毎回絶妙のタイミングでコーヒーまで入れてくれるおばあちゃん。            
 娘や孫娘たちがやりあっているときも、いつも一言も口を挟まず人ごとのようにニコニコしているのは、すべてを達観しているからこその余裕なのかも。この「前ゴッド・マザー」の存在が、この女系一家にますますの団結力をもたらしているのは言うまでもない。


 さて、パオラの家ですごす最終日は、現役ゴッドマザーであるパオラの底力、いや火事場の馬鹿力とでもいうべきものを見せつけられる宴となった。
 「ブオーンジョルノ! ねね、今日は何時頃にここを発つの?向こうには夜までに行けばいいんでしょ?」
 朝食を摂りに母屋に入るやいなや、パオラが襲いかかるように聞いてきた。
 サルデーニャでの残りの3泊は、前回行けなかった西海岸に滞在すべく、ネットで見つけたアグリトゥーリズモをすでに予約。島を横断することになる上、そこの宿でも厨房に入らせてもらう約束をしていたから、本当は昼ごはん前に出発するつもりだったのだが…
 「朝にチェックアウトするフランス人を見送っちゃえば、私、今日は久々に時間ができるの。リッツがもう一度復習したいって言ってた料理、昼にぜーんぶ作ってあげるわ。子豚の丸焼きに、マルレドゥスに、それからそれから…セバーダス!だったわよね?大丈夫。私、急いでやるから!」
 こう言われて、断れるはずがない。
 きっとまた、民宿や畑で山ほどの仕事を済ませてくるパオラのこと、昼ごはんの準備にとりかかる時間も押すはず。しかし、ここはパオラの好意を無にするわけにはどうしてもいかない。あちらに着くのは、もう何時になったっていいや。

 しかし、この日のパオラはすごかった。
 確かに、約束の開始時間より遅れてきたけれど、両手いっぱいに下げてきた材料をテーブルに並べると、ちゃっちゃ、ちゃっちゃと手際よく料理を進める。3年前にも教わったことがある料理とはいえ、こちらが記憶を辿るのすら追いつかないくらいの勢いで、次々と仕上げていった。

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 プリモピアットは「マッロレドゥス」。
 マッロレドゥスとは小さな貝のようなこの形のパスタで、ニョッキのように、チーズおろし金の上などを滑らせて一つ一つ成形する。サルデーニャ産のサラミ入りのトマトソースで和えるのが、ここカンピダネーゼ風。

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 サルデーニャでは、実は魚よりも、仔牛よりも、晴れの日のごちそうである「仔豚」の丸焼き。パオラはこれに、同じくサルデーニャ名産のミルトの葉を焼きあがった直後にかぶせ、香りをつける。脂身でさえも爽やかな仔豚の味わい、肉質、そして青々としたミルトの香り。私が「サルデーニャ料理とは、仔豚料理である」と豪語してしまう所以は、ひとえに、パオラの、この仔豚の丸焼きにある。

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 ドルチェは、サルデーニャ全域で有名なセバーダス。ラードを練りこんで作るパイのような生地で、ペコリーノチーズとレモンの皮をはさんで多めの油でカリッと焼いたあと、上からコルベッツォーロと呼ばれる苦味のある蜂蜜をたっぷりかけて、アツアツを食べる。  
 こんなにお腹一杯なのに、こんなにこってりしたもの入るわけないじゃん、と思いつつ、一口運ぶと、中からとろ~んと出てくる半溶け状態のチーズと、ほろ苦ハチミツのコンビが絶妙で、結局完食。それくらい、見た目に反してさっぱりしているドルチェ。

 このほかにも、ジャガイモのオーブン焼きや、パリパリせんべいふうのサルデーニャ・パンなどなど、いったい、どれだけ私のために作ってくれただろうか。
 ゴッド・マザー・パオラの渾身のもてなしがぎゅーっと凝縮された、最後の晩餐ならぬ、最後の昼餐。その味わいのひとつひとつを、私は舌に叩き込んだ。

 そしていつものように、女どもは、そのままおしゃべりタイムに、アリスとMは遊び時間に突入し…、はっ、大変だ、こうしちゃいられないんだった。
 結局、最後の最後まで、バタバタと猛スピードで時間が過ぎていったけど、この家に居たのがたったの4日間だったなんて、いまだに信じられない。
 サルデーニャの大地みたいに強固な心と、サルデーニャの太陽みたいに熱い情愛を合わせ持つ女たちと、その夫たちの館。彼らと過ごした4日間に後ろ髪を引かれながら、私たちは次の目的地へと旅立った。


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コメント

ryuji_s1

サルデーニャ地方の料理美味しそうデス、

子豚の◎焼き ミントの香りが素晴らしそうです、

ニョッキの変形のパスタ マッロレドゥスも美味しそうです。

ritz

本当は、もっともっと紹介したかったのですが
独特のサルデーニャ料理を説明しようとすると、
どんどん長くなってしまうので、ガマンしました。
(ちなみに、子豚にかぶせた葉は、「ミルト」という、
サルデーニャ特産の食後酒の原料にもなる植物です)

luca

こんにちは。
どんな旅行よりもステキなそれですね!
このところ、食欲不振で、あまり食べられなくなってきてしまって・・・・。秋なのに!
でもこれ読んだら、食べたくなってきちゃった。美味しいイタリア料理食べたいなー。落ち着いたら、絶対にrits亭にいきますね。Mくんにも会いたいです♪

ritz

lucaさま
お待ちしてますよ~。落ち着いたらぜひ。そしてダーリンもお忘れなくお連れくださいまし!
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ritz

広告代理店コピーライター
イタリア家庭料理研究家
HP→http://www.ristorante-ritz.com
著書に「トルテリーニが食べたくて」
日本ソムリエ協会認定ワインアドバイザー
イタリア料理、子育てから、オペラ、日本の旅、秘湯まで。

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