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イタ馬鹿日誌

昼は会社員、夜は母、週末は自宅で料理教室。ristorante-ritz.comのイタリア馬鹿な日々。

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パスクワのイタリアから~5日目~

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あっという間にボローニャを拠点に過ごす旅の前半も最終日。
午後の列車まで、フランコじいじと最後のチェントロ散策。サンドメニカ寺院からボローニャ大学へ。「Mはあと五年で18歳か。うちに下宿させるとして…、よし、まだ元気でいられるだろう」とすっかりボローニャ大学に行かせる気になってるし。
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最後の昼ごはんは、ネリーナとフランコの旧友であるアンナも一緒に。
私にとって、初めて料理修行で訪れた17年前のボローニャで、実は、なくなはならない存在だったアンナ。
ネリーナとフランコの、なんというか、行き過ぎるまでのホスピタリティに、思わずどっと疲れが出てしまう時に、そんな私の心中をすべて受け止めてくれたのが、心理学を高校で教えていたアンナだった。性格も趣味もまったく異なるネリーナとアンナは、私にとってどちらも大切なマンマ。
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昼ごはんのあと、最後はMのたっての希望で、みんなでフランコの家の地下に今もそのまま残っている第二次大戦時の防空壕の中へ。
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なんと500メートルも続いていて一万人も入れたとか。真っ暗闇の中を懐中電灯片手に進むとトイレの跡や瓶や鍋のようなものまで。ボローニャ最後は半日とは思えないほど濃ゆい一時。イタリア人のラストスパートってやっぱりすごい。
正直いうと、フランコとネリーナがここまで回復しているとは思わなかった。あれやこれやとアクティブな提案を思いつきながらもとっ散らかりがちなネリーナと、しかしそれを端からきっちりフォローしていくフランコ。そう、17年前もある意味こんな感じで二人が私のそばにいてくれたからこそ、いろんなチャレンジが実現できたのだ。
二人の復活を、こうして全身で、しかも息子たちと一緒に享受できたことが本当に嬉しい。
「リツコはいつまでも僕たちのたった一人の娘」
17年経った今、その歳月を決して順調に過ごしてきたわけじゃなかった二人から、今またこうして、もう一度この言葉が聞けるとは思わなかった。
私のイタリアでの最初の父と母、フランコ&ネリーナ、本当にありがとう。
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フランコとのお別れの感傷に浸る間もなく、私たちの座席に東欧系の移民親子が座っていて、同じ番号だと強気。食い下がってチケットを出させ、指で隠してる部分をどかしたら全く違う車両。言い争いになったら近くのイタリア人が彼らを移動するよう促してくれたが、ベビーカー押してどうやって移動しろっていうのよと悪態ついたまま、私たちの横に立ったままどこうとしない。きっと指定券を買ってないのだろう。やっと降りていって一安心したら、今度はNが突然、寂しい寂しいと言って泣き出したり。イタリアの電車の旅、これだけ回数重ねても、やっぱり気が抜けない。夜のオルヴィエート駅のホームでロレッラが出迎えてくれたときは思わず涙が出そうに。マンマの料理が身体中に染み渡る、そんな今日はそういえば聖金曜日の夜…。
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ritz

Author:ritz
イタリア家庭料理研究家
本業は広告代理店コピーライター
1999年以来、毎年有給休暇を使い果たす作戦でイタリアへ料理修行。年に1〜2回のペースで子連れでイタリアの農家やマンマの家々を転々としています。
HP→http://www.ristorante-ritz.com
Facebook"マンマの台所Ristorante Ritz"→https://www.facebook.com/ristoranteritz/

著書に「トルテリーニが食べたくて」
日本ソムリエ協会認定ワインアドバイザー
U.M.A.O.オリーブオイル鑑定士
イタリア料理、子育てから、日本の旅、秘湯まで。

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