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この夏、再訪するところ② 下界の実家。

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カステッロでの修行時代を振り返るとき、もうひとつ、忘れてはならない場所がある。丘のてっぺんのカステッロが雲の上の貴族の館であるならば、ここは下界のあったかくて優しいマンマの家。
 長逗留するのにリーズナブルなところをとリゼッタが斡旋してくれた丘のふもとのこの民宿から私は毎日カステッロに通っていた。毎日深夜までぶっ通しで働けたのも、実はこの家に寝泊まりしていたおかげだと思う。

 ノッチョーラ(ヘーゼルナッツ)農家のジュリオとピヌッチャ夫妻が、畑仕事の傍ら営む小さな宿。朝食しか出さないB&Bだけれど、こうしたリーズナブルな宿は、マイカーで国境を超えてワインをしこたま買い込みにくるような旅慣れたドイツ人やスイス人、フランス人などに需要がある。特に白トリュフのハイシーズンはほぼ毎日満室。そんな中で、たったひとりの、しかも東洋人の、しかも朝出て行ってから夜遅くまで帰ってこないような私のことを、まるで自分の娘のように陰ながら支えてくれていたのが、このピヌッチャだった。

「このシニョーラはね、すごく面白い体験をしに来ているんですよ。ジャッポーネで普段はサラリーマンをしてるのに、休みを取って料理の勉強に来てるんです。あの働き虫で有名な国で、信じられない冒険家でしょう?」
 なんて話を朝食時に持ち出すのも、グループごとに各テーブルが賑わう中、隅のテーブルにひとりぽつんと座る私への気づかい。もっというと、東洋人とみれば外国人労働者と認識しがちな彼らの視線から、私を守ってくれようとしていたのではないかと今にしてみれば思う。

 さて、そんな朝食こそが、実はこの宿の一番の名物。何がすごいって、まず中身がすごい。
 イタリアの朝食といえば、普通は、カプチーノかエスプレッソに、ブリオッシュのような甘いパンや、焼き菓子で終わり。ところが、ピヌッチャの作る朝ごはんは全く違う。
「イタリア式の質素な朝食はドイツ人やスイス人には受けないのよ」
とピヌッチャは言うけれど、それにしたっていわゆるスクランブルエッグだのソーセージだのが並ぶホテルのコンチネンタル式の朝食なんかとも違う。手作りタルトやビスコッティは言わずもがな、フォカッチャにアスパラガスのキッシュ、生ハムとサラミの盛り合わせに揚げたてパン、ブルスケッタ、最後は畑で採れたフルーツでつくったマチェドニア(フルーツポンチ)までおふくろの味でテーブルがいっぱいになる。
 使用人を使わず、せいぜい嫁に行った二人の娘の手を借りて切り盛りしている夫妻、夜の料理を提供しないのは手が回らないからであって、むしろ本当は料理が好きで好きで仕方がないことは、この朝食を味わえばすぐにわかる。

 大らかな体格をさらに上回る大らかな人柄で、イタリア語が喋れないスイス人やドイツ人には、この世代のピエモンテ人ならではのお得意のフランス語で果敢にコミュニケーション。足りないときは身ぶり手振りのボディランゲージ。ぶっきらぼうだったドイツ人の客も気がつけば笑顔、笑顔。ピヌッチャという太陽で照らされて、いつの間にかみんながひとつの温かい空気に包まれる朝の時間。これもまた、この宿のもうひとつ名物だ。
 観光客が意気揚々とカンティーナめぐりに出かけて行ったあとは、
 「リッツ、これ食べたことある?今はもう時期じゃないからこれで最後なんだけどね」
 と今朝畑で採れたばかりのズッキーニの花のフライを揚げてくれたりする。
 朝食しか私に彼女の手料理を味見させるチャンスがないこともあって、特別にいろんな料理を出してくれる。その気持ちを無碍にできないから、ではなく、もう見るからにおいしそうで、ああ、こんなに食べられない…と思うのに手をつけずにいられない。
 完食できた試しはないけれど、実に優しい味わいと見事な栄養バランスの朝ご飯。カステッロでの深夜に及ぶ激務に耐えられたのも、この「イタリア一すごい」朝食のおかげなのだ。
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カステッロから、夜何時に帰ってくるかわからない私は、ひとつだけ入口が外に面している、例えて言うなら門番みたいな部屋に居候させてもらっていた。ここであれば母屋の出入り口を通らなくて済むので自分の部屋の鍵さえあれば、どんな真夜中に帰宅しても迷惑をかけることがなかったはずなのだけど、深夜1時に帰っても、2時に帰っても、母屋の電気が消えていた事はない。それどころか、必ずピヌッチャが、そうでないときはジュリオがグラッパ片手にテレビを見ながら待っていてくれたものだ。

こんなに温かく見守ってくれていた彼らなのに、やはりここに留まっていた時間自体が少ないからだろう、残念ながら、宿で撮った写真はおどろくほど少ない。それでも共に過ごした時間だけでは計れない彼らとの間の信頼関係が私の無謀なイタリア料理修行の背中をいつも押してくれた気がする。見ていないようで見ていてくれるのがカステッロの人たちなら、一緒にいる時間はずっと見守っていてくれるのがピヌッチャとジュリオだったのかもしれない。


修行の終わりの日が近づいたある日、朝食後のひとときに、ジュリオが愛犬と行くトリュフ狩りに連れて行ってくれた。雨あがりのぬかるんだ林の中、後をついていくだけで早くもズボンは泥だらけ。でも普段厨房で缶詰めになっていた私には湿った空気でさえ気持ちがいい。「あるぞあるぞ〜。どこか、あそこか、あるぞあるぞ〜」日本語にすればそんな感じだろうか。独特の抑揚をつけたジュリオの独特のかけ声で、愛犬は小さなトリュフを数個掘り当てた。カステッロに金持ち卸人が売りにくる白トリュフとは雲泥の差だけれど、その香りは素晴らしく芳醇で私には何倍も価値のあるトリュフに思えた。
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いよいよカステッロでの労働も最終日の夜。いつものように掃除を終えて帰宅し、部屋に入ってみてびっくり。なんと、泥だらけになった私のズボンがきれいに洗濯されて、ぴっちりアイロンもかかっていて、そしてその上には、袋詰めしたノッチョーラが。それまでおさえていた気持ちが一気にこみ上げて涙が止まらなかったのを覚えている。
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 その翌年、私は再びカステッロでの修行に舞い戻ることになるのだが、そんなピヌッチャと過ごし足りなかった後悔もあって、「今度はカステッロに泊まるといいわ」とリゼッタが言ってくれたにもかかわらず、敢えてピヌッチャの宿に泊まることに。
「今度ここに来る時は、男の子でも女の子でもいいから“子供”といっしょにいらっしゃい」と言われていたにもかかわらず、またしても子づくりもせず、またしても夫を置き去りにして来てしまった私だったけど、温かく歓迎してくれたのはいわずもがな。カステッロでの修行のいっぽうで、義理の息子がシェフを務めるアルバのスローフードレストランの厨房に私が入れるよう頼んでくれたり、実兄が経営する隣町のリストランテで手打ちパスタを習えるよう手配してくれたりと、自分の持てるだけのコネクションを駆使して、私に少しでも多くの料理を勉強する機会を与えてくれた。
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しかし、なんといってもピヌッチャ自身の、ちょっとした工夫と、大らかな性格がたっぷりあふれた手料理がいちばん勉強になった。
たとえばピエモンテ名物のバーニャカウダ。ざっくりいうと茹でたニンニクとアンチョビとオリーブオイルでつくるペーストだけど、彼女はニンニクとカブを半量ずつ使う。見た目はどこから見てもいわゆるバーニャカウダなのに、一口たべるとなんとあっさり。野菜にディップしたり焼パプリカに載せたりして食べるバーニャカウダもピヌッチャ式になると、なんとパスタソースとしても使える。これがまたうまい。
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牛肉の煮込みにも、タマネギ、セロリ、人参の三種の神器の他に、彼女はたっぷりのりんごを入れる。最後はこの煮汁の中でくたくたになった野菜とりんごを裏ごしすれば、とろりと甘くて濃厚なソースの完成。鍋一つで肉と上等なソースがいっぺんに完成してしまう、マンマならではの裏技だ。
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ジュリオの年老いた母も当時はまだ健在で、お昼だけはみんなで一緒に食べる。
カステッロの昼の賄いとはまた違う、なんというか、実家に帰って来て、両親とおばあちゃんとのんびりご飯を食べるような、そんな居心地の良さがある。
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 さて、その2年後の秋、私はようやっと、ピヌッチャとの約束(というか予言?)通り、11ヶ月の長男と夫とともに舞い戻る。カステッロを経由せずに直接この宿に来るのは初めてで道がわからずにピヌッチャが近くの村の広場まで迎えにきてくれたのだけど、200メートル以上先から「リ〜〜〜ッツ!」と大きな胸と身体をゆっさゆっさ揺らしながら全速力で駆けてくる姿は今でも脳裏に焼き付いている。
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 以来10年以上もの間、子連れで訪れてはカステッロに半分、ピヌッチャのところに半分というスタイルで滞在させてもらっているのだけど、ピヌッチャの二人の娘にもそれぞれ男の子が生まれ、私にも8歳違いで二男が生まれてからは、息子達たっての希望で寝泊まりはほとんどピヌッチャの宿にお世話になっている。
 言葉が通じないことなんてお互い気にも留めず、男同士でジュリオの畑をかけまわるのがよっぽど楽しいこともあるのだろう。でもなにより、長男Mと二男Nの性格の差をすぐに見抜き、決して差別することなくそれぞれに一番合った最大限の愛情を注いでくれるピヌッチャはMとN
にとっては、まるで実の祖母のような存在なのだろう。親の私から見ても、それはもしかしたら、本当の孫たちへの愛情と、その深さはイコールなのではないかと、図々しく思ってしまうくらい。
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 実は今回、私ごとだけれど、イタリア行きの前にいろんな事件やトラブルがあり、体調も人生で一番の不調期にあり、今まで味わった事のない不安に駆られているのだけど、それはさておきピヌッチャには「孫達はみんないるよね?」の確認メールを送ったところ、その返事は「大丈夫、リッツの子供達も2年前より確実に大きくなっている。必ずあなたを助けてくれるはずだから、自信もっていらっしゃい。待ってるわ」というもの。肝心の私の質問への答えなんてありゃしない。思えばこんなところも、私から見れば、うちの母にそっくりだったりする。
 旅の後半戦となるピエモンテ滞在、実家に甘えるつもりで行ってくるとするかな。
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ritz

広告代理店コピーライター
イタリア家庭料理研究家
HP→http://www.ristorante-ritz.com
著書に「トルテリーニが食べたくて」
日本ソムリエ協会認定ワインアドバイザー
イタリア料理、子育てから、オペラ、日本の旅、秘湯まで。

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ritz

Author:ritz
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