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年の瀬に今更ふりかえる今年後半のこと⑥ 歴児と行く海軍史の旅(1)松山

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(1日目:松山へ)

毎年11月初めはMが通っている小学校が入学試験でお休みのため前後の土日や文化の日とひっかければ結構な連休に。旅好き親子としては逃してなるものかと、弟が出産予定月だった小2の秋をのぞけば、実は毎年どこかに出かけている。
図らずも「歴児」なってくれたMの行きたいところを、あっちゃこっちゃ旅しながら親もずいぶん楽しませてもらってきたけれど、そのMも年が明ければいよいよ受験生。国内旅行の遠出編もこの先しばらくはお預けになるだろう。そこで、小1のときにNHKでドラマ化されてハマって以来、親子ともどもいつか果たしたいと思っていた「坂の上の雲」の聖地、松山の旅を満を持して決行することに。おまけに最近のMは永遠のゼロ読破以来、太平洋戦争の話にもご執心。となると松山からフェリーで渡れば、大和ミュージアムや海上自衛隊基地で有名な呉にも行かれる。さらに坂の上の雲のロケ地にもなった旧海軍兵学校のある江田島も目と鼻の先ではないか。そして最後は広島で原爆ドームや資料館などを見に行けば…よし、立派な近代史ツアーのできあがり。

今回も仕事を休めない父を放置し、小5と2歳児を連れて母子先発隊。朝一番の飛行機でまずは松山へ。
最初の一日で市内観光をひととおり終わらせないといけない。こういうとき預け荷物もなしですぐに行動に移せるのは大事な要素。出発間際の電車やバスなどに子供抱えて走ってパッと乗れることも大事。というわけで無謀にも、ベビーカー卒業の旅!と相成った。

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預け荷物やベビーカーがないと飛行機降りたらすぐにタクシー乗り場に行かれるのもうれしい。とりあえず宿に行って荷物を置かせてもらおう。
道後温泉本館から徒歩圏内の宿だけど、大きな幹線道路を挟んだ道後公園側にあるため、かの有名な建物の前は通らずして宿の前に到着。楚々とした日本家屋の広い玄関の格子戸をがらがらと開けると、奥からエプロン姿の、でも若女将と思しき方がすぐに出て来てくださる。荷物を置かせていただくだけのつもりだったのだけど「お部屋、すぐにご用意できてますからちょっとこちらでお待ちください」と応接コーナーに案内され、私とMには昆布茶を、Nにはオレンジジュースを用意してくださる。宿泊客が出払った直後の、おそらく宿の人にとっては最もプライベートな時間であろうタイミングに図々しく乱入したにもかかわらず、通常の夕方のチェックイン時間にやってくるお客さんと同じように接してくださるのが嬉しい。
檜をふんだんに使ったひろ~い空間、床はすべてじゅうたん敷きで皇居みたい(って入ったことないけど…)。さっそくNは我慢しきれずにソファから降りてはかけずり回り、また一周してはソファに上がり、掃除したての毛並みの揃ったじゅうたんにNの足跡が残っていく…。
「あ、松山市内の地図がある。これ頂いていこ」「松山は初めてですか?」なんていう大人の会話から、そういや最近マツヤマって言葉がよく聞くよなとでも思ったのだろう、Nはまるでおもちゃのスイッチが入ったみたいに、突然、
「マツヤマ、マツヤマ。マツヤマ、マツヤマ」
と唱えながら、ソファを降りたり上ったり…これには若女将も吹き出してしまって「あらあら、宣伝してくれるの?ありがとう」てな感じで早くもつかみはオッケーである。こういうとき、多少の悪行も愛嬌でカバーできる、これも次男の才能だろう。

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掃除したての部屋に入ると、朝の日差しが差し込んで気持ちがいい。小さな川をはさんで道後公園が広がる。借景とはいえとてもいい眺め(これは後で聞いて、湯築城という由緒ある城のお堀跡であることを知る)。このまま朝の日を浴びて部屋でごろごろしたい気持ちだが、いかんいかん、なんのために暗いうちから起きて朝イチの飛行機で来たのだ!

まずは、松山城など見どころが集中している「大街道」をめざす。
路面電車の始発である道後温泉駅まで歩いて行くと、ちょうど出発する路面電車が。切符は不要で後払いというのも調べておいたし、宿の女将さんに「帰ってくる時は道後温泉行きに乗ってください、でも行きはどの電車に乗っても大街道には停まりますよ」と言われていたので迷わず飛び乗るも、平日とあって観光客もゼロ。お年寄りと主婦しかいない車内に不安になり、小さい子供を連れた隣の若いお母さんに聞いてしまう。「はい。停まりますよ」と言われて一安心。
でもここでふと、本当なら道後温泉駅で事前に確認しておきたかったことを思い出す。それは「坊ちゃん列車」の運行スケジュール。座席数が限られてるから混雑する日は整理券を発行することもあるというのでそれも手に入れなかったのだけど。大街道駅で下車する際に運転手さんに遅ればせながら質問。
「えーと坊ちゃん列車は、今日は貸し切りもあって本数少ないんですけどね…」
ポケットの中から取り出して読み上げてくれたシワくちゃの運行表はしかし、
「すみません、これは差し上げる用のものではなくて…」
というわけで、さんざん運転手さんを拘束して後ろに列まで作っておきながら、結局、下車してから反対車線のホームへ時刻表をチェックしに。しかし路面電車って大きな幹線道路の中央分離帯にいきなり下ろされるようなもの。ちょっとでも子供の目を離したら線路の上を歩きかねないし、線路をさけたところで今度は車が行きかう道路の真ん中。こわいったらありゃしないので、Nは地面に下ろさずずっと抱っこで行動。ああ、ベビーカー、持ってくるべきだったかな、の後悔よぎる頭を振り払い、坊ちゃん列車の帰りの時刻表をメモし、やっと完全に道路を横断し歩道へ。と、ここでワンブロック先に伊予鉄道の案内所発見!ここなら整理券発行してくれるだろう。Mに「Nちゃんのこと、しっかりおさえててよ!」と託し走って案内所へ駆け込むも…「整理券の発行は道後温泉駅だけなんですよ」と。ああ、がっくし。仕方ない。整理券なしで乗れることを祈ろう。
さて、10分のロスを取り戻すべく早足でロープウェイ乗り場目指して商店街を突き進む。と、一軒の和菓子屋発見。友達から「知る人ぞ知る、午後は売り切れ必至のお菓子」と聞いていた、あの霧の森大福を売る店ではないか!要冷蔵の生ものだし、荷物にもなるのでとりあえずバラで3つ購入。
ロープウェイ乗り場では、坊ちゃんを意識した制服か、袴姿の明治の女学生コスプレをした係のお姉さんが丁寧に誘導してくれる。さあ、いざ城を目指さん!132メートルの城山の上にはほんの数分で到着、ロープウェイをおり、真夏に逆戻りしたような太陽の下、木立の中を通り抜けて行くのが気持ちよい。町中のいたるところに置かれているという「俳句ポスト」なるものをここで発見。自分で好きな句をこの場で書いて投函するのだそう。さすが子規の町だ。
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さて、山道を登り始めるとほどなく石垣が見えて来る。回り込むように施された迷路のような石段を進むと、どどーんと櫓を背負って立ちはだかる門が。
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これが有名な筒井門。この石垣の陰に有名な隠門というのがあるはずなのだが…、あ、あったあった。なんだか勝手口みたい。なんでも、筒井門を襲撃してきた敵を、この門からこっそり打ち出て背後から襲うための作りなのだそう。
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あまりの暑さにMはちょっとお疲れモード。一方Nは元気もりもり。
さらに進んでもうひとつ櫓門をくぐれば、さあ、やっと天守に到着かと思いきや、広い広—い、ものすごく広い公園のような広場に出る。なんとこれが本丸で、そのうんと先の、さらにひときわ高くなったところに天守がみえる。ちなみに二の丸や三の丸はロープウェイで上って来たのとは反対側の裾野に広がっているのがそれで、つまりこのデカい山ひとつがまるまる松山城という、すんごいスケールだ。雲一つない秋晴れの空の下、城山からの眺めは見事。海を背景に市内が一望できるすばらしい眺めに早くも興奮してしまう。
Mが天守閣を写真を撮っていると、ボランティアガイドのおじいちゃまが「シャッター押しますよ」と声をかけてくださる。私のカメラを渡そうとすると、Mがさげてる私のお下がりの一眼を指して
「兄ちゃん、いいカメラ持ってるねえ。兄ちゃんので撮りましょうかね」
とMのカメラで何枚もシャッターを切ってくれる。そうだ、ついでに聞いてみよう。
「あの、坂の上の雲の冒頭シーンに出てきた、撮影場所はどこですか?」
「ああ、あれですね。階段をかけあがるのはあそこで、3人が座って記念撮影をする冒頭のシーンは…」
そう、それです。それ、それどこで撮影したんですか?
「ちょっとわかりにくいのでね。じゃ、ご案内しましょう」
イタリアでも日本でもそう。見知らぬ土地の母子旅は、とにかく、人に聞く。聞く、聞く、聞く。これ鉄則。もちろん聞く相手を見極めるのが大事なのだが、こうして行動してこそ旅先でいろんな出会いや発見に恵まれるのだ。
おじいさんと一緒に広い本丸をゆっくりと歩き出す。
「小さいボクはお名前なんていうのかな?」
内弁慶の暴君2歳児がもぞもぞと小声で名を名乗るも、おじいちゃんには聞き取れる様子なし。私が言い直してもダメっぽい。
「…最近の名前はちっともわからんよってね…。ほんじゃ君はヨシアキくん。ヨシアキくんって呼びましょう」
松山城を築いた初代城主、加藤嘉明から取ってヨシアキらしい。
天守に入らずに向かって右脇、北東の方角に入って行くと、樹々に囲まれてひっそりと、でもこれまた古そうな石段と小さな櫓門、艮門が。というより石段の小道をまたぐように、りっぱな櫓作りの家屋が立っているといった風情。この艮門から、本壇の塀越しに望む天守を背景に主人公の三人を撮影したのが、坂の上の雲の例のオープニングやポスターで使われたショットだ。好古と子規が立ち、その間にモッくんが座っていたちょうどその場所には落下防止の柵が置かれている。
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「兄ちゃん、撮るよ~。こっち向いて~」
あれ?おじいちゃん、そういえばずっとMのカメラを下げたまま。
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「その柵の後ろに立ってなさいよ。落ちると危ないから気をつけてね」
というか、おじいちゃまがよじ上っていったカメラポジションも足下がかなり危ない急な石段の上、片側には柵も手すりもなく、落っこちたら大けがじゃすまないかも。そこにヨシアキくんもついていくものだから、まったく目が離せない。
「あ~、ヨシアキくん、危ないよ。こっち来ないほうがいいよ」
と言われれば言われるほど上りたがるのが子供というもの。結局、3人とも石段にのぼり、ヨシアキくんが最近お気に入りの敬礼ポーズにつきあわされ記念撮影。
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いやあ、松山城って、とにかく門がたくさん、しかもどんな小さな門にも立派な櫓がついていて天守まで行き着かないうちに早くもたくさんお城を堪能しちゃったという感じ。
おじいちゃまのレクチャーを受けつつ、そのまま本壇の周囲をぐるりとまわりながら改めて見回してみると、周囲の櫓門はいっそう立派な作り、本壇の中にそびえたつ連立式天守の存在感とあいまって、城、城、城が立て続けにそびえ立つ、それはまるでお城横丁、いや失礼、「城郭群」。見てるだけで身体の中が熱くなってくる。

屏風折れの石垣とか、はんぱなく反り返った武者返しとか、数えきれないくらいある櫓の名前や歴史とか…、Mはおじいちゃまから、まるで個人レッスンを受けてるみたいに松山城ならではの魅力をみっちりレクチャーされてる様子だが、私はもっぱらヨシアキくんのお目付役となってしまい置いてけぼり。
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「兄ちゃん、よう知っとるなあ」
なんて声が時折聞こえてくる。
「ならな、もうひとつ大事なこと教えてあげるよって、こっちいらっしゃい」
お母さん、ここは落ちたらえらいこっちゃ。ヨシアキくんのことは抱っこしてて。さ、お兄ちゃんだけちょっとこっちいらっしゃい」
またしても置いてけぼり。しかし確かに恐ろしいくらいの崖っぷちだな。ここには一体どんな秘密が隠されているのか、あとでMからじっくりと聞かねば。
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結局、ほとんど私は説明を聞けないまま、本壇の周りをぐるりと一周して最後の乾門へ来て初めておじいちゃまとMの間に割り込むチャンス到来。
「兄ちゃん、これ、何の形に見える?」
もしかして、おっぱいですか?!なあんちゃって。
「お母さん、その通り!」
乳房の形をした鋲、乳鋲というそうで無病息災、子孫繁栄のシンボルなんだとか。
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さて、おっぱいの話でおじいちゃまのガイドは終了、お名残惜しいけどここでひとまずお別れ。名前も聞かなかったけど、また会えるかな。今度来る時まで元気でガイドを続けていてほしいな。

それにしても天守閣に入るまでに、これだけの時間を費やす人も珍しいだろうよ…。Nだけは相変わらずちょろちょろと走り回っていて元気そのものだが、みっちり“講義”を受けたMは「ママ、疲れた…」。この時点で早くも12時過ぎ。天守閣もこれからだってのに、真夏のような日差しもあって、私もすでにぐったり。よし、大福で元気出そう!
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うまーい。生クリームってあんまり好きじゃないけど、上品なあんことほろ苦い抹茶とのバランスが最高だ。
「パパ、好きそうだね、これ」
ほんと、こういう生クリーム系、好きそう。でも生ものだからね。買い置きは無し。

さあ、天守閣へいざ出陣。毎度のことだが私にとってはNを抱いてのロッククライミングなのでちょっと気合いがいる。靴を脱いで見上げると一層目から早くも立ちはだかる急な階段。「すみません、これ、ここに置かせていただいていいですか?Nバッグ(N用のオムツや着替え、飲み物が入った一番の大荷物)を、坊ちゃん時代のコスプレしたお兄さんに、その返事も待たずして押し付け、Nをしっかり抱きかかえてよじのぼりはじめる。
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途中には本物ヨシアキくんの、甲冑も。
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最上階はやっぱりすばらしい眺め。しかし…、疲れた。
しかし、こうしてみると肝心の天守を押さえた写真が私のカメラには一枚もないよ。お母ちゃん、やっぱりそれどころでなかったんだな。

いやあ、あやうくお城だけで一日終わるところだったが、これって、まだ1つ目ではないか。やばい。次に行かねば。
Mはさっき気になりつつも素通りした売店の伊予かんソフトクリームを、それを見たNは抹茶ソフトをゲット。ロープウェイが来てしまいそのまま乗るも、お願いだから垂らさないで~。
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さて、下界におりたら商店街で何か腹ごしらえと思っていたが、これといってさくっと入って食べられる店が見当たらない。
「別に今そんなにお腹へってないし、いいよ。このまま次に行っちゃおうよ」とM。よし、そうするか。ええい、今日のお昼は、森の霧大福とソフトクリームってことでいいやっ。

秋山兄弟生誕の地も、坂の上の雲ミュージアムも、このあたりの徒歩圏内に集中しているのが嬉しい。
商店街から路地を入っていくと、道場らしき建物の隣に銅像が2体立っている。ここが秋山兄弟生誕地だ。小さな敷地に、馬にまたがった好古像と、少し離れて、でも兄弟で見つめ合うように腰から上の真之像。
隣接してる柔道場は何か関係があるのかと思ったら、旧松山藩主の久松伯爵が地元の学生のために作った育英団体の寄宿舎の館長を好古が勤めていたこと、また海軍兵学校時代の真之が久松伯爵の援助で同級生らと青少年の錬成団体をつくったこと、この二つの流れを前身として、戦後設立された青少年育成の公益財団法人がこの地に柔道場を開設、生家と合わせて地域一丸となって管理しているらしい。
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敷地の入口にある小屋でおばさんに入場料を払うやいなや、「シャッター押しましょう。3人で写真撮ってあげますよ」とわざわざ出てきてくれる。
馬にまたがる好古の像と向かい合うように真之の胸像が立っている。
「真之さんの像は、最近パワースポットとして話題なんですよ」
なんでもその手に触れると真之のように頭が良くなるんだとか。え?じゃ、あんた、よーくスリスリしときなさい!
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生家を再現した小さな小さな建物は資料館になっていて、ドラマ「坂の上の雲」で兄弟を演じた阿部寛と本木雅弘がここを訪れたときのサインも飾ってある。
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道場の壁伝いにずらーっと掲示されてある碑の写真は、好古筆による全国の記念碑や石碑を写真に収めたものだとか。年配の旅行者におばさんが熱心に説明しているところにいつの間にか吸い込まれてしまうが、ガイドブックには載っていないエピソードがたくさん聞けて興味深い。真之の次女はまだ存命で、ドラマの放映を観て、幼くして父を亡くしたために、その記憶がまったくなかったこの93歳の次女が「動いている父を観て感動した、父の写真にそっくりで生き返ったと思った」と涙ながらに語ったという話。兄弟の騎馬銅像は、昭和の初めに道後公園に建てられたが第二次大戦中に金属供出で軍に没収。型が残っていた好古像は後に復元されこうしてここに置かれたものの、真之の方は型がなく復元できなかったため、旧海軍大学校にあった胸像をもとに復元したものだという話。素人のおばさんだけど、秋山兄弟についてごくごく自然に語り継がれて来た地元の人たちの話は、うわべだけのガイドブックよりよっぽど引き込まれるものがある。地域が力を合わせて兄弟の功績を後世に伝えていこうという姿勢に心を打たれる。

さて、もう少しおばさんの話を聞いていたいけど、日も傾いて来たので、急いで坂の上の雲ミュージアムへ向かう。今朝、路面電車を降りた大通りに一瞬だけ出たその瞬間、突然ポッポーと元気な音を立てて目の前を通り過ぎていったのは、なんと坊ちゃん列車。手を振れば手を振り返してくれるのも本物のSLみたい。
ああ、そういやこれに乗って帰ろうと思ってたんだっけ。あれだけ坊ちゃん列車に乗るために奔走したはずなのに、もはやすっかり頭の中から消えていたのであった。とほほ。

大通りから路地を入っていくと、山肌の緑を背にひときわ凛と建つコンクリートの建物が。これが安藤忠雄設計の坂の上の雲ミュージアム。まるで近代美術館のよう。ベビーカーのレンタルまであるのでさっそく拝借してNを格納する。
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館内には、小説の時代背景にまつわる資料や、司馬遼太郎直筆のメモや原稿がずらりと展示されていたり、学童向けのちょっとした体験コーナーなども。
ゆるやかなスロープをのぼりながら最上階まであがっていく作りは、小説の有名な一節「青い天の一朶(いちだ)の雲を見つめながら上っていく」のイメージを表現したのだそう。あるスロープの横の壁一面には、よく見ると新聞原稿が天井までぎっしり。昭和43年4から47年まで、5年に渡りサンケイ新聞の夕刊に連載された「坂の上の雲」のすべてが(全部で何回分になるんだろう?)壁一面を埋め尽くしている。へ~、と私とMとで首が痛くなるくらい上を見上げて見入っている背後を、スロープをタタタタとのぼっては、ダダ~っと走り降りるのを繰り返すN。せっかく借りたけど、やはりベビーカーは不要であった…。
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世界で初の戦時国際法がオランダのハーグで締結されたハーグ万国平和会議をとりあげた企画展示室も、わかりやすい展示と映像で我が家の学童を引きつけている。一年に一回のペースで変わるこうした企画モノも、日露戦争を軸にしたさまざまなテーマに取り組んでいるらしい。部屋の隅には幼児向けの塗り絵やパズルなどもあり、NはNでやりたい放題。子規をモチーフにした持ち帰り自由の塗りえの紙でオリガミを始めてしまい、学芸員のおばさんにチロリと睨まれたところで逃げるように部屋を出てくる。
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大人も子供も意外と楽しめちゃったミュージアム、最後はお土産コーナーでNが思いきりジュースをこぼし、でもとっても感じのいいスタッフの方の対応がさらに申し訳なく、またまた逃げるように外に出てくれば、時刻はもう3時半。
グッドタイミングでやってきた路面電車に、帰りもあたふたと飛び乗って空いてた座席に子供たちを座らせ、ふーっと深いため息ついてからふと見ると、もう寝ているN。おいおい、どうせならミュージアムで寝てくれりゃよかったものを。もー。
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道後温泉駅に再び舞い戻り、寝入ったNを抱えて下車。改めてこうして路面電車を見てみると、コスプレ列車にすぎない坊ちゃん列車なんかより断然いい。
さて、どうする?宿に一度帰る?でもこの疲れ果てた状態で帰っちゃうと絶対そのまま夕飯まで寝ちゃうよね。
「うん、そうだよ、このまま道後温泉にいっちゃおうよ」
とM。よし、と私も意を決し、Nを担ぎ直して道後温泉へとつづく昭和なアーケードを入って行く。でもさ、やっぱりちょっとお腹すいたよね。Nも寝ちゃったばっかりだし、これで風呂に入れるわけにも…。ということで、町家を改造したカフェでちょっとだけ一休み。
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砥部焼のしゃれた窯元の作品が飾られていて、ちょっとしたギャラリーのよう。お店のおばさんが、中庭の向こうの奥座敷に通してくれる。民芸風の店内といい、豊富なメニューといい、なかなかいい感じ。Mはサンドイッチを、私は秋の味覚パフェで腹ごしらえ。もっとゆっくりしていたいけど、このまま根が生えそうだし、Nも起きたことだし、いざ道後温泉へ。

アーケードを抜けると、突然目の前にどどーんと例の有名すぎる建物が立ちはだかる。記念撮影狙いの人波の合間をぬって入湯券売り場へ。ガイドブックで予習したはずだけど、「霊(たま)の湯」「神の湯」の2種類の湯のうちどちらに入るかというのと、どのランク(何階)のお座敷で休憩するかが、まるで順列組み合せのごとくいろんな種類の券を生み出していて、もう何がなんだかさっぱりわからない。とりあえず「3階の個室より、2階の大部屋が雰囲気があっていいよ」と言っていた知人の言葉を信じて、かつ安いセット券よりは高い方をと「霊の湯2階席」というやつを購入。又神殿と坊ちゃんの間の見学もついているらしい。
下駄箱に靴を入れて中に入ると、建物の中は観光客であふれた街場の銭湯という感じ。古い床をドカドカと歩く音でうるさいくらい。「霊の湯2階席のお客様はこちらでーす」とまずは2階に通されると、一転して、趣のあるレトロな座敷がでーんと広がる。ずらりと並ぶ御座布団、そこへおばさんたちが浴衣とタオルの入った平べったい籠(なんというのだろう、武士の着替えの支度を奥さんがするときに運んでくるようなやつ)を一人一人に運んでくる。男性はこの部屋で浴衣に着替え、女性は奥のふすまで隔たれた廊下で着替えたあと、いよいよお風呂へ。と、その前にここでの手順を、おそらくとっくに暗記してしまったであろう口調でおばさんが説明してくれるのだけど、「霊の湯2階席」券を買った人は、「霊の湯」に入ったあとに「神の湯」にも入れることになってるとか。ここでふと、改めてここは「銭湯」だと実感したところで、当初から気がかりだったことをおばさんに相談してみる。
「あの…、子供たちだけで男湯に入らせることもできないので…えっと、いいですかね?」
マニュアルにない質問を突然投げかけられたおばさんは、困ったように一度奥に引っ込んで年長のおばさんにバトンタッチ。Mと、そしてまだ小さいNとをチロリと見た年長のおばさんは
「上のお子さん、何年生?」
「えっと、3年生です」
本当は5年だけど、本人とは打ち合わせ済みでこう答える。
「そうね~。霊の湯だったら小さいし、人も少ないから…まあ大丈夫だと思いますよ」
よかった。さくっと入るだけだし、例に寄って湯船につかってしまえば上半身は「女子」だもんね。
2階の座敷から、霊の湯へつづく専用の小さな階段をおりていくと、脱衣場があり、ここで私はMの洋服とおむつを脱がせ、手早く裸になったNと3人でお風呂の扉を開ける。趣はあるけれど、おばさん3~4人でも窮屈に感じるほどの小さくて古い銭湯といった感じ。坂の上の雲で里帰りした真之がお父さんと湯船につかって語り合うシーンでも使われた有名な風呂は、もうひとつの「神の湯」のほうだったようだ。それでもまあ、今日一日歩き回った3人の疲れを癒すにはもったいないくらいのお風呂だ。
と思った矢先、小学生の女の子がお母さんと入ってくるなり、Mのことをじろじろ見始める。不思議そうに、ならともかく、その視線はなんとも表現しがたく今にも隣のお母さんに訴えそうな。しかしその視線にいち早く気づいたのはM。「ママ、もう出る」と言って、出て行ってしまう。お風呂にいた時間は、ほんの3分くらいだ。大人の、そして母の私でさえ、息子へ浴びせられたあの視線を今思い出すだけでもなんといえない気持ちになるのに、本人からしてみればさぞ心痛であったろう。Mにかわいそうなことをしたという申し訳ない気持ちとともに、私自身の中にも悲しい気持ちがよぎる。
普段、私たちが行くような温泉宿は家族連れがくるようなところではなくおばさんばかりだし、また本人の体つきも小さいので、「これで最後になるかも」と毎回思いながらもいまだに女湯に引き連れて入っていたけれど、ついに来るべき時が来てしまったようだ。
Mの後を追って私とNもさっさと風呂から上がり2階の座敷に戻るとMは何事もなかったかのように「坊ちゃん」を読んでいる。漱石は興味ないなどと言っていたけど、これに勝るものはないシチュエーション。偉そうに「結構いいよ。漱石」と雰囲気に浸っているのは、なんとなく私を励ますためのポーズにも思えてくる。
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そんなわけで「神の湯」まで入るどころの気分じゃなくなったが「ドラマで出て来たお風呂だし、一人で男湯に入ってくる?」と聞くも「いいよ、ママ入ってくれば?Nと待ってるから」とM。とはいえひとりで神の湯を堪能する気分にもなれず、どんな風呂か覗きに行くだけ行ってみたが、広い空間に老いも若きもうじゃうじゃと女の裸体がところせましとひしめきあっていて、ああ、もう見ただけでお腹いっぱい。
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座敷に戻って、お茶とお菓子を頂きながらしばし休憩。Nも不思議とちょろちょろすることもなく、機嫌良くごろごろしているのは居心地がいいからかな。
すっかり日も傾いてきたし、そろそろ帰るか。浴衣から洋服に着替え、出口に向かう前に案内されるのは、かつての皇室用の専用風呂だった又神殿。階下に降りて行くと待ち構えていたようにおじさんが説明をしてくれる。そして最後は一気に3階までのぼらされ、漱石や坊ちゃんに関わる資料が飾られた坊ちゃんの間を見学。ここはちょうど館の正面のてっぺんに位置していて、灯りが灯り始めたアーケードや行き交う人々の喧噪を見下ろすのは、まるでベルリン天使の歌の天使にでもなったかのような、ちょっと不思議な気分だ。
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想像していた通り、温泉というより銭湯。見事なまでにすべてがシステマチックなんだけど、それでもやっぱり風情があって、どうあがいても歴史に裏打ちされた風格がある。道後温泉本館。こんなとこ、他にどこにもないだろうな。

さて、ここから宿へはアーケードの中を通らずにすぐに国道に出た方が早道だ。
「え?でも駅の売店で電車グッズ買うんじゃないの?」
Mのこういうことの記憶力はすごい。そうだった、さっきはNを抱っこして売店に寄るどころじゃなかったんだっけ。
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人もまばらになった道後温泉本館正面で、すっかり眠気のさめたNとともに記念写真をとったあと、再びアーケードを抜けて駅前へ。あ、幻に終わった坊ちゃん列車も、ほら、ディスプレイされているよ。
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宿に帰ればほどなく夕飯の時間。食事処は中庭を望む広い広い和室に楚々とした木のテーブルと椅子がこれまた広~い間隔で置かれている。他には女性二人組と、男女のおじさまおばさまたちの4人のグループ。
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確か予約した際、私たちが最後の一部屋だったはずから、ここにいない他のお客さんたちは素泊まりなのかもしれない。夫が夜に遅れて到着すること、また食事はいらないかもしれないと予約時におそるおそる相談した際も、気さくに「いいですよ~」と応じて頂いたのだが、道後の宿はみんな、素泊まりか夕食付きかを選べるようになっているようだ。きっと「道後温泉本館」の存在あってこそ自ずとそういう仕組みになったのだろう。
しかし、それにしたって一人は食事不要の幼児、一人は子供食の学童、まともな夕食は私一人だけ、なんだか申し訳なくなる。“この親子、お父さん抜きで旅行してるの!?”的な視線にはもう慣れたのだけど、大きな一枚板の食卓にMと向かい合わせに座るとMがうんと遠くに感じて、子供たちと3人だけってのが妙に寂しくなる。なんだか貴族のテーブルみたい。
そんなテーブルに運ばれてくるお料理はしかし、一品一品が優しく上品な味わい。
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海の幸やおいしい野菜がひとしきり運ばれたあと、最後はふぐの天ぷらに、そしてなんと、栗ごはん。きゃ~!う、うまい。
「ああ、もうお腹いっぱいだよ。今ここにパパが到着したら食べてもらえるのに」
そういや、まだ来ないね。空港からひとりでレンタカーして遅れて宿にやってくるというイタリアの田舎旅行と同じパターン。イタリアと違って言葉は通じるのだから特にトラブルなければもうすぐ着く時間なのだけど。
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宿の中庭を臨む書斎のような部屋で、Mは今度は本棚から「坂の上の雲」を取り出して復習。と、そこへ「お着きになりましたよ~」。
父さん、ご無事に到着。
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家族4人揃ったところで、さっそく道後の町へと再び繰り出す。
さっきのMのリベンジを父と果たさせてやるべく、「神の湯」へ二人で行かせる。その間、私はNと、夕方通ったときに気になっていた砥部焼の店を覗いたり、アーケードをぶらぶらしたり。

夜遅くまで営業している道後温泉本館、ゆえに商店街のお土産屋もまだまだ営業中。周囲の宿の宿泊客も、こうして自分たちが泊まっている宿の浴衣を着たまま、道後温泉本館や近隣の公衆浴場を練り歩いている。周囲の宿はあくまでも道後温泉という「歴史ある銭湯」を楽しむための足がかりの宿。道後の町が、まるで道後温泉という城の「城下町」のように思えてくる。全国あまたに温泉あれど、こうした地域文化は道後をおいて他にないのではないだろうか。
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夫の夕食は、坊ちゃん団子。苦笑。からくり時計も10時ちょうどに通り過ぎてばっちり見られたし。道後の夜は楽しいな。
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さて翌朝。寝起きが悪く不機嫌なMを誘って、誰もいないのを見計らって宿の女湯へ。道後温泉の宿のお風呂はおまけのようなものだから、たいして風情もないし、お湯だって源泉掛け流しじゃない。でもこれが私がMと入るおそらく最後の女湯。この宿のこの風呂、きっと一生忘れなんだろうな私。
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ritz

広告代理店コピーライター
イタリア家庭料理研究家
HP→http://www.ristorante-ritz.com
著書に「トルテリーニが食べたくて」
日本ソムリエ協会認定ワインアドバイザー
イタリア料理、子育てから、オペラ、日本の旅、秘湯まで。

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