FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

年の瀬に今更ふりかえる今年後半のこと②歴児の変遷

2013_12_23rekiji_1

年末の掃除も遅々として進まないのは、整理のしようがないほど我が家にモノが増えていくことに尽きると思う。中でも嵩んでいく一方のMの塾関係のプリントは、捨てるに捨てられない。でも本棚もぱんぱんで収めるに収められない。そこで夫が本棚の一部を占めていた、1〜2年生の頃の学校の教科書やノートを「これ、もう捨てていいだろ?」と取り出し始める。
え〜。捨てる前にちょっと見てみようよ〜。どれどれ…
うわあ、こんなたどたどしい平仮名を書いてたんだ、かわいい〜。1+4=5か。ああ、この頃から出直したいよ。へえ、クラスでこんな企画やったんだ…。捨てるどころか、すべてが愛おしくなって捨てられなくなってきた。
思えば、母として極めて情けないことに、入学以来、息子が学校で何を習って来たかノートすら開くことがないまま、ついにここまで来てしまった。低学年の頃の、日々まっすぐに成長していく様をもっとこの目で確かめ、そして楽しんでおくのだったと後悔でいっぱいになる。5年生の今となっては何かを覗き見しようものなら逆にムッとされるくらいなので、積極的に息子のノートに手を伸ばそうと思う事もない。

ところが、あれは夏休みに入る直前の頃だったろうか。学期末の保護者会で「自学ノート」なるものがあることを初めて耳にした時点ですでにダメ母なのだが、なんでも、自分で科目を好きに選んで学習する用のノートがあるらしい。計算をおさらいしたいと思うなら計算を、苦手な漢字を復習したいなら漢字を、とにかく自由に学習してどんどん私に出してください、といったお話だった。
うちのMは何を選んで自学ノートに書き込んでいるのだろうか早速気になる。苦手な算数など奴が積極的にやるはずがない。どうせ得意の漢字を、テレビでも見ながら適当に書き連ねてるんだろうな。そう予想しながら、合唱で留守にしてるスキを見計らってランドセルからこっそり出して開いてみたら…、な、なんだ、こりゃ。

春に「永遠のゼロ」を読破した、その影響と思われる。何かの本を丸写ししたのだろうけれど、ゼロ戦にまつわるあまりにもマニアックな話が延々と。ページをめくると今度は戦艦の話がびっしりつづく。
絶句。この情熱、算数にちょっとでも注いでくれたら助かるんだけどな。

幼少期に仮面ライダーやウルトラマンに興味を持つこともなく、その代わりにハマったのがチャンバラ。悪と戦う正義の味方という意味では同じなのだろう。NHK木曜時代劇シリーズは柳生十兵衛以来、居眠り磐音・江戸双紙、藤沢周平の風の果てなど熱狂的に欠かさず見たし、大河ドラマも風林火山あたりからはずしていない。
本が読めるようになるとマンガ日本史、子供向け戦国武将シリーズ、でもそれらが物足りなくなっていつしか大人用の歴史本を買い与えるようになり、小学校3年の頃にはすでに文庫本の「人切り以蔵」を持ち歩き、学校の自由レポートは日露戦争だった。

以来、池波正太郎、司馬遼太郎など巨匠ものから、若手の歴史小説まで。昨年の秋に脳炎で入院した時、まだ受け答えもはっきりしない症状の中、たった2日で「のぼうの城」上下巻を読み終えてしまったことは医師たちをびっくりさせた、それくらいの歴史バカとも言う。
多くの歴史好き児童がそうであるように、最初は戦国時代から始まるも、本人の成長とともに好みの時代も推移していくのがまた面白い。「龍馬伝」とともに幕末、「坂の上の雲」が放映されると明治初期というように、少なからずテレビドラマの影響もあるのだけど、人類が歴史に学び、歴史を乗り越え、また次の歴史を築いていくように、Mの興味の対象もどんどん近代化していくのだと思う。
戦国、江戸、幕末、明治と来て、そして今や太平洋戦争というわけだ。


8月に入ると、自ずと先の戦争に思いを寄せる機会も多くなる。巷では「風立ちぬ」が公開。早速観に連れて行ってやる。
賛否両論あるようだけど、龍馬がゆくにしても、坂の上の雲にしても、風立ちぬにしても、どれも日本人がいちばん一生懸命生きてた時代の、志を貫き続ける男たちの話。だから息子も魅せられるんだろうなと、観終わってつくづく。
2013_12_23rekiji_2


8月14日、翌朝から東北へ旅に出てしまうので、一日早く終戦の日を想うことに。江戸博物館で開催していた「学徒出陣70年 戦没学生遺稿展」へMと出かける。
「永遠のゼロ」に感動したくらいだから、もちろん本人もわかっているはずだろうけれど、ただかっこいいだけではないゼロ戦を、物語だけではすまない特攻隊の真実を、肌で感じる機会を与えてやりたいこともあった。
戦地で密かに綴った日記、特攻隊出撃前夜に母に宛てた手紙の数々…。どれも悲痛な思いの丈が、叫びが聞こえてきて涙なくしては読めない。文系の学生だけに課された学徒出陣。中には我が母校の学生も。学生帽の、ペンは剣よりつよしの校章が虚しい。そのペンマークも今やおぼっちゃまの代名詞と化してることを思うと尚のこと。今の私たちの毎日が彼らの犠牲の上にあることを忘れてはならないと強く思う。
2013_12_23rekiji_3

2013_12_23rekiji_4

2013_12_23rekiji_5

2013_12_23rekiji_6


さて、東北旅行から帰ると、翌日からMは夏期講習4クール目突入。やっと週末と思いきや土日とも合唱の特訓。週が明けて夏休み最後の一週間は学校主宰の男子勉強合宿。で、最後の土日はまたまた合唱特訓。なんだよ、これ。勉強→合唱→勉強→合唱で、8月後半は終わっちゃったじゃんか。で、始業式。そりゃ、夏休みの宿題なんか、してる暇ないっつうの。
そんな中の最後の日曜の夜、ここしか時間がないってことで合唱の帰りに八王子の伯父宅へ。なぜって、これだけはこのテーマでやろうとMと話していた夏休みの自由研究のためだ。
それは「戦争体験者に戦争の話を聞くこと」。学徒動員のような実際に戦争にいった人ではないけれど、戦争を体験した話は、うちの場合、残念ながら伯母だけは亡くなってしまったけれど伯父、父、そして母から聞ける。永遠のゼロの主人公だって二十代半ばの設定。それが小学生で、曾祖父母ならともかく祖父母や大叔父に戦争の話を聞けるなんて、そんな“恵まれた”子供は君くらいしかいない!と、二世代続けて高齢出産の数少ないメリットを我が息子に押し付けてみたかった気もなきにしもあらず。なにより、伯母に先立たれて落ち込んでる伯父を元気づけたかったことも大きかった。

さて、伯父、父、母の3人の話をメモしたMのノートを改めて見てみると、昭和3年1月大分生まれの伯父、昭和3年5月目黒生まれの父、昭和7年8月八王子生まれの母。同じ世代なのにほんの数ヶ月、ほんの数年生まれた時が違うだけで当時の戦争との向かい合い方に少しずつ違いがあるのがわかる。

終戦の前の年、16歳で予科士官学校に入り、陸軍の本科士官学校に進んだ後、浅間山のふもとで歩兵訓練を受けている時に終戦を迎えた伯父。初めて米機の攻撃を受けた際、陸軍の高射砲を浴びたB29からパラシュートが落ちてくる様子を防空壕から息をのんで見ていた時のことは今でも鮮明に覚えているという。
起床ラッパを「起きろよ起きろよ、みな起きろ〜。でないと兵隊さんは叱られる〜」と密かに替え歌にしていたという話はクスッとなるが、一方、消灯ラッパは「兵隊さんはかわいそうだよ〜。また寝て泣くのかよ〜」だったとか。戦火が激しくなる中、そして敗戦色が濃くなる中、若くして入隊してくる新兵たちの心情が詰まっているようで思わず胸が痛くなる。
日本は負けるかも。そんな気配は確かに皆感じていたけれど、それを口にする者は誰一人としていなかったとか。そんな伯父は、終戦の一方を聞いたとき、ほっとするわけでも、悔しいと思うわけでもなく、ただただ呆然としていたという。

幼少期に両親を結核で亡くし、自らも結核歴があって士官学校に入れなかった父は、育ての親である叔父叔母に代わって日々買い出しに行かされたり、日銭を稼いだりしてその生活は苦しかった。空襲があっても防空壕に入ることもなく、家に落ちた焼夷弾を、手で拾っては外へ投げていた話は私も子供の頃に聞かされたことがある。戦争なんてくそくらえと、始まった時からずっと思っていたというのだから、当時においては非国民もいいところだが、相当苦労をしたのだろう。

軍需施設の多かった八王子の、そこそこ裕福な石屋の次女に生まれた母の家は、疎開するほど都心ではなかったし、浅川に祖母の実家もあって食料にもそれほど困ることなく、家族全員で過ごす。度重なる空襲に当時まだ小学生だった母は「早く戦争が終わりますように」と毎日念じていたらしい。戦火を逃れて来た家も終戦日直前の大空襲でついに全焼してしまったが、終戦の玉音放送を聞いた時は「やった〜!」と飛び跳ねて喜んだという。

叔父、父、母。英雄でもなんでもない普通の日本人のひとり。永遠のゼロみたいな壮大なエピソードはないけれど、当時の日本人それぞれが、日本の敗戦をどう受け止め、戦後をどんな気持ちで生きてきたかを、生の、それも祖父母たちの声で知ることは、息子にとって、本や映画では得られない大きな意味があるはずだ。何より私自身、彼らが生きている残り少ない年月のうちに、もっともっと話を聞いておかなければという焦りにも似た気持ちを覚え始める。

さて、こうして息子の自由研究が完成したのは始業式の前夜、夜中の1時。ああ、よくがんばったね。と誉めたそばから、「あ、まだ計算プリントとか、やってない」なんて言い出す始末。おいおい、まじかよ。もういい。あきらめなさい。

2013_12_23rekiji_7

翌朝、玄関先で、
「先生には正直にあやまって“私にもう少し時間をください”といって土下座してこい」といって送り出す。先生が昨日の「半沢直樹」を見てなかったらアウトだけどね。なんて失笑しながら部屋に戻ると、なななんと、自由研究が机の上に置かれたままではないか。
んも〜、いやっ。
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント

ritz

広告代理店コピーライター
イタリア家庭料理研究家
HP→http://www.ristorante-ritz.com
著書に「トルテリーニが食べたくて」
日本ソムリエ協会認定ワインアドバイザー
イタリア料理、子育てから、オペラ、日本の旅、秘湯まで。

Profilo

ritz

Author:ritz
広告代理店コピーライター
イタリア家庭料理研究家
HP→http://www.ristorante-ritz.com
著書に「トルテリーニが食べたくて」
日本ソムリエ協会認定ワインアドバイザー
イタリア料理、子育てから、オペラ、日本の旅、秘湯まで。

Calendario

07 | 2018/08 | 09
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -

月別アーカイブ

FC2カウンター

ブロとも申請フォーム

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。