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イタリア2013春 回顧録⑦

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ところで、なぜヴェネツィアなのか。なんたって17年前に観光で行ったきり、知り合いがいるだけでも、料理修行をしてたわけでもないヴェネツィアに、なんでまた子供2人連れてわざわざ繰り出すのか。
それはひとえにフェニーチェ歌劇場へオペラを観にいくためだ。

Mが最近オペラに興味を持ち始めたのは、所属している少年合唱団でオペラなどの舞台で歌う経験を重ねてきたからだと思うのだが、せっかくイタリアにいくならオペラに行きたいと言い出した。よっしゃ。オペラ好きの母としては待ってましたという感じ。さっそく今回の旅で足を伸ばせそうな地方の歌劇場を片っ端から調べて行くと、ヴェネツィアのフェニーチェ歌劇場で話題の演出家のオペラをやっているではないか。とはいえハイシーズンにつきホテルやB&Bはどこもかしこも満室、または空いていても3〜4万円は当たりまえ。
さらに諦めに拍車をかけたのが、遅まきながら気づいたけど、二歳のNを連れて鑑賞できるはずもなく、シッターしてもらえるあてもない。いろんなヴェネツィア通の先輩がたが協力してくれたけれどホテルもシッターも解決できず、半ばあきらめていたところへ、救いの光が。フェニーチェ友の会を主催してらっしゃるA井さんが紹介してくださったフェニーチェ合唱団員の日本人女性Oさんのお嬢様がNの子守役を買って出てくださることに。偶然にも、Mが折しも4月に来日したフェニーへ歌劇場の「オテッロ」に出演したことからも、いろんなご縁とご縁がみるみるうちにつながって宿の方にも救いの光が。フェニーチェ楽団員のコントラバス奏者マッシモが自分の家に泊めてくれることになり、親子3人で押し掛けるのも気が引けたがお言葉に甘える事に。オペラのチケットも最後の「並び席二枚」をラッキーなことにゲットし、こうして晴れてオペラ鑑賞できる運びになった。

とはいえ今回はただでさえピエモンテからモデナ・ボローニャにかけてのかつての料理修行先を転々とする旅、おまけに夫なしの母子だけ。なのに、どうしてもオペラ見たさ(見せたに)に、たった10日間の中にヴェネツィア一泊をぶちこむという無謀な日程。少しでも効率よくと考えると、ヴェネツィア行きの特急列車はモデナには停まらないから、いずれいせよ行かないといけないボローニャで一泊、その足でそのままヴェネツィアに行ってしまおうことにしたのだ。

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朝早いというのに、ジリオーラはボローニャ駅まで送ってくれる。たった二泊用の荷物だけど子供の着替えなど結構かさばる。ベビーカーもあるし、なんたって二歳のNそのものが一番目が離せない、大きな荷物かもしれない。
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ボローニャからは話題のItaloTrenoに乗車。
フェラーリの会長やトッズの社長らが共同出資して設立したイタリア待望(?)の民間鉄道で、従来の国鉄の線路やホームを共有しながらも「Italoを最優先にして運行ダイヤが組まれている」とイタリア人の間では言われているほど、一分も違わず時間通り。
ホームでぼーっと立っていれば「何号車をご利用ですか?」とスタッフが客に片っ端から声をかけ最適な乗車位置に誘導してくれるし、革張りシートのお洒落な車内では飲み物やお菓子、新聞が無料でふるまわれるし(ちなみにお菓子はすべて「Eataly」のもの)まるで「小田急ロマンスカー」に乗ってるみたい。イタリアも変わりつつある。
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ヴェネツィア駅ではマッシモと青空が待っていた。オペラの公演は今日の午後。つまりマッシモにとっても本番が控えているわけなのに、そんな中、路頭に迷いかねない私たち母子を迎えに来てくれたのだ。
「ちょっと距離があるけど歩きでいいかな?ヴェネツィアの町を案内しがてら行けるし」
うん。もちろん!私たちのキャリーバッグを持って歩き出したマッシモのあとをついていく。

今年のイタリアは日本と同様の異常気象で、滞在中の10日間、前半のピエモンテはセーターが手放せない寒さと雨続き、後半のエミリア・ロマーニャは湿気むんむんの汗ばむ曇天続きだったのだけど、なんと今日のヴェネツィアは春を通り越して、夏!太陽の日差しが白い大理石の道に照り返して、じりじりと真夏のような暑さ。
ご存知の通り、小さい橋を何度も何度も越えないと先に進めないこの町、橋に出くわすたびに、マッシモはキャリーバッグを右手でひょいと持ち上げ、空いた左手でNを乗せたベビーカーを持ちあげるのを手伝ってくれる。
ところで、実をいうと私たちが向かっているのは、マッシモの家ではなく、彼の女友達の家。実は、イタリアへ出発する一週間ほど前にトラブル発生。 マッシモのアパートにお世話になるはずが、遠方に住む彼の息子がその週末に泊まりに来ることになってしまい、一度は話が振り出しに。結局、マッシモが女友達サビーナの家に一泊40ユーロで話をつけてくれたのだけど、それにしたって、そもそもマッシモの家に泊まらせもらうことでさえ気が引けた(そして勇気も要った)のに、サ、サビーナって、だ、だれ!?しかし今更もう後には引けぬ。ということで、ここまで来てしまったのだけどいったいどんな人、どんな家なんだろう…。

15分くらいで着くと言ってた割には、30分以上歩いてやっと到着したサビーナの家はしかし、目の前にどーんとラグーナが広がる最高のロケーション。ヴァポレット(船)の乗り場も目の前という便の良さ。
「bimbi(子供)たちはどこ?まあ、まだ小さいのね、階段気を付けてね。まだまだ上よ」迎え入れてサビーナの背後からはMと同じ年頃の女の子が恥ずかしそうに顔を出している。想像に反してとっても気さくな若いマンマという感じで一気にほっとしてしまう。来てみて初めて知ったのだけど、アパートの最上階が空き部屋になっていて、ここ貸し部屋にしているらしい。ゆくゆくは正式にB&Bをはじめるべく自分たちの手でまだまだ改装中らしいのだけど、それでもトイレもシャワーもついてるし、キッチンもあるし、寝室も別に用意されてるし、何より窓からはラグーナの眺め。これで一泊たったの40ユーロだなんて。一泊300ユーロはくだらないこの時期のホテル料金がますます信じ難くなる。サビーナの部屋、このまま内輪限定で貸出してほしいな。

さて、荷物をおいて急いで着替えてから、今度は劇場方面に向かいながら、レアルト橋、サンマルコ広場と、主要な観光スポットに連れて行ってくれるマッシモ。
「Nを見てるから、Mと二人で橋の上まで行って写真とっておいで」
バツイチで独身、前の奥さんとの間の二人に、とっくに成人した二人の息子がいるらしい。ベビーカーを押すのもきっと懐かしい感覚なのかもしれない。見た目はすごく若いから、私たち、普通に傍から見れば、どこから見ても夫婦、家族だよね。ふふふ。
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フェニーチェ劇場まで一緒に行き、マッシモは楽屋入り。幕間に会うことを約束し、私たちはパニーニではらごしらえ。そしてマッシモに言われたとおり、道に迷わない程度にここらへんをぶらついてすごす。細い路地を入ってみると、ヴェネツィアならではの店を発見。仮面屋さんだ。おじさんが背中まるめ無心に型を作っている。子供用の仮面も充実。記念に猫の仮面を買っていくことに。
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開場時間が近づいていよいよ劇場へ。ここで、Nを預けることになっている。約束通り、合唱団員のOさんが本番直前だというのに外に出てきてくださった。
「えーっと、マチルデが来てるはずなんだけど。あ、いた。マチルデ、こっち。こっちよ~!」
ところで、実はこのシッターの件でも直前に問題発生。当初、Nの面倒を買って出てくださったOさんのお嬢様が、先の日本公演で事務局の一員として来日している最中に、高熱を出し入院してしまい、いまだ帰国できていないというのだ。私はそれをこっちに来てからOさんにご挨拶がてらお電話したときに初めて知ったのだけど、それもOさんのお気遣いだと思う。容体は落ち着いたもののご自分のお嬢さんが入院中という事態だというのに、シッターの件は急遽、姪であるマチルデに話をつけてくださり、無事にNをお預けできる運びとなった。

マチルデにNを託し、こっちを振り返らないようにとお願いして一気にベビーカーで立ち去ってもらったものの、後ろ髪引かれまくりの私とM。ああ、どうかいい子でいてくれますように。
さて、いよいよ劇場の中へ。
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大枚はたいて買ったチケットは、さすがの前から4列目。ピットの中のマッシモの姿もすぐそこだ。席につくと、隣のシニョーラがなぜかニコニコしながらMを見てるなと思ったら、休憩時間にこう話しかけられる。
「お兄ちゃん、いい子で観てるわね。えらいわ。ところで、小さい弟はどこに置いてきたの?」
びっくり!なんで知ってるの?!
聞けば、ボローニャ駅から同じ電車に乗ってきたのだとか。ベビーカーに大荷物に子供ふたり抱えた日本人、きっとホームで一番浮いていたに違いない。
フェニーチェ歌劇場には、こうして遠方から泊りがけで定期的に足を運ぶファンが多いらしい。確かに800人も入らない小さな劇場で、これだけレベルの高い内容のものを見られるのはフェニーチェくらいかも。

休憩時間にはマッシモが席まで来てくれて、劇場の中をいろいろ案内してくれる。
これじゃ休憩にならないじゃないの、と思うが「いいよ、いいよ、せっかくの機会なんだから」と。言葉は少ないけど、本当に優しいな。こんな優しい男と、前の奥さんはどうして別れちゃっただろう、って余計なお世話か。
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ところで、せっかくなので、オペラの感想も。
今回のドン・ジョヴァンニは2010年のプロダクトの再演で、現代風演出が得意の若手演出家ミキエレットのものであることが個人的には最大の見どころと思っていたのだけど、それより何より、粒ぞろいの歌手のレベルの高さに感動、だけでなくそれぞれの役のキャラにぴったりの声質、容姿、雰囲気がますます作品を盛り上げている。特にDonna Anna役のCarmela Remigioは、清らかな中にも凛々しさのある歌声、一方Maria Pia PiscitelliのDonna Elviraも姐御肌的なキャラの中にかわいらしさもちゃんとあり。この日だけの出番だったドン・ジョヴァンニ役のAlessio Arduiniという歌手は破滅的なプレイボーイ役がどんぴしゃ。自前と思しき長髪、いやらしい髭、でも…、やばいぞ、すごくかっこいい。この男にひっかかっていく女心が手に取るようにわかる。8人の歌手すべてに存在感が要求されるドン・ジョヴァンニで、ここまで完成度の高いものに、今まで出会ったことがない。
ミキエレットの演出は、今回は珍しく1600年代当時の設定でコスチュームも部屋も17世紀の正統的な貴族のものだけど、でも、それではすまないのがミキエレット。
場面や部屋の設定が変わるたび、人が行き来したり出入るするのではなく、なんと、舞台の方が延々とぐるぐる回るのだ。しかもかなりのスピードで。
とかく中だるみしがちなドン・ジョヴァンニのストーリーに、不思議と心地よいリズム感が生まれあっという間に三時間経ってしまう。でも、歌い手にとっては、過酷な演出に違いないのだろうな、きっと。
ついでにいうと、男女の絡みのシーン(というか動き。汗)がとってもリアルで、こんな演技をしながら歌を歌わなくてはいけないのも大変だろうと。また子連れで観に来た親と言えば、別の意味でハラハラドキドキ。Mの顔を何度もうかがってしまった。


オペラが終わり、外に出ると…、あ、いたいた、マチルデとN。ベビーカーで熟睡している。「とってもいい子だったわよ」ほんと?ぐずらなかった?「ほんの一瞬だけ泣いたけど、そのあとすぐに寝ちゃったわ」いやいや、きっと泣きまくったんだろうな。マチルデ、本当にありがとう、そしてお疲れ様。
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その足でOさんのお宅にお邪魔して夕ご飯をごちそうになる。
中心部から少し歩いたけれど、昔ながらの商店や家が残る、観光客とは無縁の一帯。広場では子供たちがサッカーをし、おじいちゃんたちが井戸端会議。一日、ヴェネツィアの人ごみの中を歩き回った疲れがすーっと消えていくような。ヴェネツィアはこうした素顔もまた、美しい。その風景に溶け込むように建つご自宅がまたとっても素敵で、古いアパートなのだけど、まるで昔の貴族の館のよう。
そのお屋敷で、我が家のごとくリラックスしてふざけてばかりの兄弟に、生粋のヴェネツィアっ子である建築家のご主人は、優しい眼差しで接してくれる。物静かで話し方も穏やかだけど、包容力に満ちた素敵なご主人さまだ。
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お疲れをいやす間もなくOさんが、ヴェネツィア名物アンチョビのビーゴリ、そしてバカラ(干し鱈)のトマト煮を作ってくださった。ん~、おいしい~。なんて優しい味わい。お姑さん仕込みの代々伝わる家庭のレシピ。思いがけなく、レストランでは食べられない、料理まで素顔のヴェネツィアを堪能させていただいて恐縮しきり。
ひとしきりゆっくりさせていただいた後、Oさんがサビーナの家まで送ってくださる。
「じゃ、タクシー呼びましょう」とか「車でサクッと送りましょう」というのが通用しないのがヴェネツィア。この町では行動のすべてが、足そのものと、頭に叩き込まれた地図が便り。なので徒歩で20分近くかけて送ってくださったのだ。これまた恐縮しきり。本当に何から何までお世話になりました。

なんだかんだ直前になっていろいろあったけど、終わってみれば結果オーライ。
最後までいろいろあるのがイタリア。でも最後には必ず全て解決するのもイタリアだ。
そんなわけで、いろんな方に甘えまくり、いろんな力を借りまくって、無事に、どころか何倍も楽しい思いをさせて頂くことができた旅。弱き者に誰もが惜しみなく手をさしのべてくれる国、イタリアを、母子で旅しているとどんなところにいっても痛感する。

翌朝も、早くに発たなければいけなかったけれど、マッシモやOさんが教えてくれた通りにチケットを買い、教えてくれた通りの番号のヴァポレットに無事乗車。窓のすぐ外に波打つ水面を見ていたら、なんだか急に、緊張の糸が解けて、思わず涙が出そうになってしまった。無理してヴェネツィア行きを敢行してしまったけど、でも、来てよかった。本当に来てよかった。
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ヴェネツィア駅の売店で朝食のブリオッシュを買って、電車に乗り込む。帰りは国鉄フレッチェ・アルジェント。トリノからモデナに来るときにもフレッチェ・ビアンカに乗ったことを思うと、フレッチェ・ロッサ以外は、イタリア国鉄三本の矢のうち二本は制覇したことになる。
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国鉄も、いまやItaloに負けじと頑張っていて、信じられないけど最近はほぼ定刻通り。車内のお菓子サービスも有り。車内の液晶画面では今どの地点を走っているかがグーグルマップのように表示され、「時速180キロです」みたいな表示まで。
正直、新幹線の車内に流れるテロップニュースみたいのより、ずっとかっこいい。プチ鉄の私の個人的な意見を言うのなら、うん、やっぱり国鉄の方がボディも内装も「列車」らしくて私は好きかも。
ボローニャ駅で一度下り、モデナに帰るべくローカル線に乗り換えると、一気に今まで通りの汚いイタリアの車両。でも、それもまた、イタリアならではの旅の風景だ。と、今では余裕で言える。今回の旅、たった10日の間に、乗り継ぎのローカル線を入れれば、なんたって5回も乗ったんだもんな。

大きなスーツケースと、大きなガラガラキャリーバッグと、N用かばんと、私の手荷物と、Mnoリュックと、ベビーカーと、そして2歳児と。イタリアの電車の高い高いステップへは、Mと二人で力を合わせたって、到底上げ下ろしのできない大荷物。それでも毎回、事なきを得たのは、こちらが声をかけなくても手を貸してくれる誰かが必ずいたから。
記念すべき最後の乗車になる、このローカル線でも、客車に乗って移動中と思しき乗務員がちょうどモデナで一緒に下り、ホームから「さ、こっちによこしな」とステップの上の私に向かって手をさしのべてくれた。待ってましたとばかりにスーツケースを渡そうとするも、彼がよいしょっと抱き下ろしたのはN。おいおい、そっちですか。荷物じゃなくて、子供をとっとと抱き下ろしてくれた人は彼が初めてかも。

電車の旅も、終わってしまうと、なんだか寂しいな。
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ritz

広告代理店コピーライター
イタリア家庭料理研究家
HP→http://www.ristorante-ritz.com
著書に「トルテリーニが食べたくて」
日本ソムリエ協会認定ワインアドバイザー
イタリア料理、子育てから、オペラ、日本の旅、秘湯まで。

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