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イタリア2013年春 回顧録 ⑤

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途中でレポが中断、どうしちゃったの?と心配かけてたらごめんなさい。いやあ、子供二人連れての母子旅、旅の後半はとにかくハードで、子供が寝静まった後の唯一のひとり自由時間も余力なくバタンキュー。ちょろっとブログを走り書きする時間すら捻出できず…。というわけで当たり前ですがとっくに帰国しております。二ヶ月も前に。苦笑。
とはいえせっかくなので遅ればせながら続きの旅報告を。イタリアスマホ通信改め、とっくに帰国してからのイタリア回顧録ということで。苦笑。

ピエモンテからわざわざ電車に乗り古巣のモデナにやってきた目的も、14年前に初めてこの地に単身で乗り込んで来た私を温かく迎え入れてくれた人たちへの挨拶回り。今回の旅、言い換えれば、あと二年は会えないけれどずっと元気でいてほしい人たちを片っ端から訪ねる旅でもある。
中でも、14年前の時点ですでに「おばあちゃん」だった人たちのことは、来るたびに真っ先に元気な姿をこの目で見ない事には心配でたまらない。

まずは、隣町のカステッロ・フランコに住む御歳90歳のイリス。私が著書の表紙にも描いたトルテッリーニ名人であることに気づいてくれてる人もいるかもしれない。長年出入りしていたアグリが宿を閉めてからは、今では自宅で夫と息子夫婦と暮らしている。
隣町といっても電車とバスを使わないとたどりつけない場所、いつも頼っていたパオロも今日は仕事で留守、さてさて、困ったな…。というところへ、またしても助け舟を出してくれたのがエリザベッタだ。
「リツコのために昨日も今日も明けておいたのよ。運転手でもなんでもするから遠慮なくいいなさい。それに、いつもあなたから聞いてるトルテッリーニのおばあちゃん、私も会いたいもの!」
ううう、感激。朝10時半に迎えに来てもらいさっそくイリスの家へ。

イリスには、私も半年に一度くらい元気かどうか日本からも電話をしているのだけど、「プロント(もしもし)?」と言っただけで「ニンニ!元気にしてるかい?子供たちは?両親は?」と来る。なんで一言聞いただけで私とわかるんだろうといつも不思議。ちなみにニンニとは、小さい子供や赤ちゃんに対する親しみを込めた呼び方で、これは私がトルテッリーニの宿に居候していた15年前と変わらない。当時、私はとっくに結婚していたけどニンニ。こうして長い付き合いになっても私の名前なんて読んでくれた試しはなく、いつもニンニだ。
そして訪ねるたびに、別れ際はいつも「あ〜、あたしゃもうダメだよ。ニンニが次にくるときは、あたしゃ天国行ってるよ」と毎回同じセリフのくりかえし。それでも毎回こうして元気でいてくれる、それが私はなによりも嬉しい。
さて今回も、イタリアへ発つ数週間前に日本から電話して「あたしゃもうダメだよ〜」という元気な声を聞いておいた。いつでも待ってるからいらっしゃいというのも確認済み。
ところが当日の朝に一応、「今日これから行くね」と電話をするとなんだかいつもより声のトーンがぐっと低い。「来てもらうのはとっても嬉しい、でも何のおもてなしもできないんだよ…それでもよければ待ってるよ」聞けば、旦那さんが転んで足の緊急手術をして、そのままずっと寝込んでいるらしい。
今日を逃したら、また何年もイリスに会えないかもしれない。そう思うとやっぱりあきらめきれず、エリザベッタの運転でイリスの家へ。

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いつものようにピンポンを鳴らす前に犬にワンワン吠えられて、お嫁さん(名前がいまだにわからない、苦笑)が出て来て「チャ〜オ!まあ、MもNも大きくなって。さ、さ、中に入って」とで出迎えてくれたあと、いつもうように中からイリスがのっしのっしと出て来て、まずは私をつぶれるくらい抱きしめてくれる、そしてイリスの目には涙、これもいつもと一緒。でもその涙が、私との再会を喜んでくれるいつものうれし涙ではないことが、私にはすぐにわかった。
「こっちにおいで。ほら、見たかい?うちのじいちゃん、こんなになっちまったよ」
奥の部屋に私たち一行を招き入れて見せてくれたのは、介護ベッドに横たわるおじいちゃん。長年、夫と息子夫婦と暮らしているイリスだけど、今まで家に男性陣の気配は感じても、会った事があるのはイリスとお嫁さんにだけ。会話といえばそれぞれの旦那の話題になることは一度もなく、成人してボローニャに住んでいる孫娘の話だけ、だからイリスの旦那さんを見たのは初めて。といっても遠目に横たわる姿を見ただけなのだけど、それでも気を許せない状態であることが想像できた。
その横で見守るように座っていたのは、これも初めて実物を見ることになるイリスの孫娘。「この子、たまたま今週末帰ってたのよ。よかったわ、やっとあなたと会わせることができた」とお嫁さんが気を利かせるように話題をそらせて、おじいちゃんをしばしひとりにしてみんなで隣の部屋へ。

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イリスは、それでも様子や話し方はいつもと変わらず、初対面のエリザベッタに、まるでずいぶん前からの知り合いのように途切れる事なく話しかけている。
「この子ったら、最初は旦那置き去りにしてイタリアに来ちゃってね…もう15年も前かねえ。宿を去る日のこと、私は知らなくてさ、この子は私のこと探してたんだってさ。で、この子の車がちょうど国道に出る手前で、これから自転車で宿にお勤めにいく私とばったり出会ってさ、無事にお別れの挨拶ができたんだよ。道ばたで抱き合ってさ…」
エリザベッタが興味津々の顔で聞いてくれるのに手応えを感じたのか、イリスのおしゃべりは止まらない。
こちらはこちらで、お嫁さんと孫娘と会話がはずむ。
「いつもおばあちゃんからあなたの話、聞いてたのよ」「ささ、子供たちにキャンディをあげなさいよ。好きなの取るように言って」
と言われるまでもなく、すでにテーブルの上の籠に盛られたキャンディを片っ端から荒らしまくっているMとN…。
「リツコ、見てご覧なさいよ!シニョーラの引き出しを!」
エリザベッタから声がかかってふと見ると、イリスがカップボードの一番左の引き出しからゴソゴソと引っ張りだしてエリザベッタに見せている。なんと、私が毎年送っている年賀状や手紙、子供たちの写真が、出てくるわ出てくるわ。
「ふふふ。これはシニョーラが、リツコたち親子との思い出をしまう専用の引き出しね」
思わずぐっときて涙が出そうになる。そんなに大切にしてくれていたなんて。

さて、その後エリザベッタはさりげなくイリスの旦那さんの病状について探りを入れ始める。よくぞ聞いてくれましたとばかりにイリスが包み隠さず話し始めたのを、私も耳をダンボにして聞きたいところ、「このアメ、から〜い。ペッする〜!」とNがわめきだしたりなんだりで、ああ、聞き取れない。日本語ならまだ聖徳太子的センスはあるほうなんだけど、イタリア語となるとさすがに無理だ。

ほんの10分で失礼しるはずだったのだけど、結局30分以上居座ってしまった。
隣室から蚊の鳴くようなおじいちゃんの声で、一同が一瞬にして現実に帰る、そんな瞬間があったあと、
「ああ、もうこんな時間。そろそろお昼を食べさせなくちゃ。ごめんよぅ、せっかく来てくれたのにさ」
イリスの顔が急にまじめな顔になる。いつもはみんなで外まで見送ってくれて玄関で恒例の記念写真を撮るのだけど、今回はそこにイリスの姿はない。
帰り際、通りから台所と思しき窓のむこうに、旦那さんの昼の支度をするイリスの姿、その愁いを帯びた表情が頭から離れない。いつも話題の端っこにも出てこない旦那さん、でも本当のイリスは70年一緒に連れ添った伴侶への愛情でいつもあふれているのだ。

なんだか、呑気に押し掛けて悪いことしちゃったかな…。という顔が私にも出ていたのだろう。バックミラー越しに私を見ながらエリザベッタが話しだす。
「シニョーラの旦那さん、骨折の手術の時の麻酔の影響で、神経が麻痺しちゃったらしいわ。本当にお気の毒ね」
へっ。そんなことってあるの!?そんな大変なことになっていたなんて、ああ、なんて無神経だったんだろう、私。
「でもね。シニョーラ、ものすごく嬉しいって。こんなときだからこそ来てくれて本当に嬉しいって。ほんの一時でも家の中がぱーっと明るくなって楽しかったって。連れて来てくれてありがとうって、私まで感謝されちゃったわ。本当に、愛らしくてかわいくて素敵なおばあちゃんね。私も知り合えて嬉しいわ。お供させてくれてありがとう!」
こちらこそ、ありがとうだよエリザベッタ。一日も早く、イリスの家に明るい灯が戻りますように。




モデナでどうしても元気な姿を見ておきたいもうひとりのおばあちゃん、それはパオロのマンマ、ミレーナ。14年前に私が初めて料理修行に来たときに居候させてもらったのが、この一人暮らしのミレーナの家だった。
前述のように、耳の遠いミレーナに代わり、まだイタリア語が自由にはなせない私の面倒を買って出てくれたのが近くに住む息子のパオロ。地元の語学学校と契約しているミレーナのアパートには、いつも学生が居候していることもあって、以来モデナを訪れる際はもっぱらパオロ一家の家に身を寄せていたのだけど、4年前、まだうちに次男が生まれる前のこと、Mとふたりでミレーナの家に実に10年ぶりに寝泊まりできる機会に恵まれたことがある。パオロの家がちょっとしたトラブルを抱えていて、ちょうどミレーナの家に学生がいない期間でもあったから転がり込んでしまったという方が正しいかも。でも、14年前はイタリア語も大してしゃべれなくて、耳の遠いミレーナとのやりとりはいつもぎくしゃくしていて、おまけに早朝から深夜まででリストランテや料理学校をはしごして家に寄り付かなかったけど、それでも、たまの日曜に食べることができた彼女の手料理こそ、モデナの歴史と伝統がぎゅっとつまった紛れもないマンマの味であることを確信した私にとって、腰を据えて彼女の家に滞在するというのは長年の念願でもあった。
しかも、当時ひとりで居候していた部屋に、そのベッドに、6歳になったMと一緒に一週間。毎日彼女の手料理を食べ、夜はテレビを見たり、とことん語り合ったり、はたまたクッションの投げ合いっこをしたり…息子とミレーナと3人で過ごしたこの時の一週間は、私のモデナでの思い出のベスト3に入る、それくらい感慨深いものがあった。
しかしそれも、たまたま学生がいなかったから果たせたこと。今回は当然学生もいたのでいつものようにパオロの家に身を寄せたけど、できるだけミレーナと過ごす機会を設けたかった私は、彼女の午前中の日課である買物にまでついていくことに。
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市場で待ち合わせして場内をぶらぶら歩き。「Mの大好きなポモドリーニ(小さいトマト)を買っていきましょう。ここの八百屋がいちばん品がいいのよ」とまずはトマトをどっさりと。トマトが大好きなMはイタリアのどこへいってもトマトを生でそのまま食すのだけど、塩もオイルもふらずに生のトマトを、しかも幼児がたいらげる姿はイタリア人にとっては相当衝撃らしく、各地のマンマに「M=トマト好き」と覚えられてしまってる。パオロいわく「Mが来るならちゃんとトマト買っておきなさいよ」と指示されてたとかで、パオロの家の冷蔵庫にもたくさんトマトがあるんだけど、ま、いっか。
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その後、別のマンマの家に挨拶回りをしにいき、夜に再びミレーナの家へ。この日の夜ごはんは居候している学生も一緒。ニョッキ・アッラ・ロマーナを作ってもらう。
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セモリナ粉を牛乳とともに火にかけながら練り上げて、型抜きしてからオーブンで焼く、シンプルながらも手がかかる料理。シンプルなのにおいしい!という料理にこそ実はマンマの手だのみの、はしょれない行程が必だったりするのがイタリア料理。ミレーナはさらに、息子4人の中でただひとり小麦粉アレルギーを持つパオロのために、セモリナ粉ではなく小麦粉アレルギーの人用の特殊な粉ミックスをつかってもう1タイプのニョッキを作るのだから、二倍時間と手間をかけている。
ミレーナが孫や子供たちのために何かつくるときって、手打ちパスタか、こうしたニョッキか、もしくは揚げパンか、とにかく小麦粉を使うプリモピアットがわりのものを必ず手作りしてくれるのだけど、つまりは必ず、パオロ用に特別バージョンも作らないといけないことになる。
「はあ。まったくパオロのために一苦労だわ」とため息をつきながら、でも、まるで好んでそうしているかのように私には思えてならない。
モデナのチェントロから徒歩で来れる便利な場所に住む彼女のもとには、平日の昼休みといえば、とっくに独立して家庭も持っている4人の息子たちが、かわるがわるご飯を食べにやってくるらしい。
「昨日は生パスタを作ったのよ。アンドレアがお昼に寄って食べていったラグーの残りがあるけど、子供たち、食べるかしら?」
みんなが揃うまで待ちきれないMとNのためにミレーナは昨日の生パスタをゆでてくれた。台所の隅の小さなテーブルでむさぼりつく二人。その背後には、少年時代の4人の息子たちの写真。なんだかこっちをむいて笑ってるぞ。
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息子や孫たちに決して媚びたり頼ったりすることのない彼女だけど、いつもみんなから愛されている。イタリア人の大抵のおばあちゃんが、あけっぴろげで大らかで噂話も大好きな中、ミレーナは決して人の悪口は言わず、我慢強く、もの静かでいつも冷静。でも静かなるゴッドマザーの威厳を、そのグレイの瞳の奥にいつも湛えている。そんなミレーナに、最近になって私は憧れのようなものを感じている。こんなおばあちゃんに私もならないといかんな。
そろそろ80代後半に突入するミレーナだけど、いつまでもいつまでも元気でいてほしい。そして次に来るときは、今度はひとり増えた「母子3人」で、また実家に甘えるみたいにミレーナのところに寝泊まりするのが私の夢だ。
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モデナには、他にも14年前に深夜まで働かせてもらったリストランテの女主人、アデーレ。今ではいつ行っても、一番奥の特等席でもてなしてくれる。
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いつも突然電話してふらっと訪ねるのに、必ずとびきりおいしいトルテッリーニで迎えてくれるジャンニーナとアルベルト夫妻。
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他にもこの目で元気な姿を確かめておきたい人たちがたっくさん。
日程の許す限り、片っ端から会って、話して、おいしいものを食べさせてもらって…。って、結局図々しくタダ飯の旅を(しかも母子3人で)している私。でも、みんな喜んでくれるから、引き続き甘えちゃおうかな。








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ritz

広告代理店コピーライター
イタリア家庭料理研究家
HP→http://www.ristorante-ritz.com
著書に「トルテリーニが食べたくて」
日本ソムリエ協会認定ワインアドバイザー
イタリア料理、子育てから、オペラ、日本の旅、秘湯まで。

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