FC2ブログ

イタ馬鹿日誌

昼は会社員、夜は母、週末は自宅で料理教室。ristorante-ritz.comのイタリア馬鹿な日々。

0

ひと夏のおさらい。(長いです)

28

イタリアじゃどこのスーパーでも売ってるPlumCake。安っぽいマドレーヌみたいな味なんだけど悔しいほどうまい。兄に続き一歳の弟までも虜にしたこのジャンク菓子、どんなにぐずってもこれ取り出せばピタリと泣き止むから旅の必需品だった。
1
しこたま買い占めてきたけど、今日、ついに、ついに、残りの一個に。
8月頭にイタリアから帰国して、あっという間に一カ月。いや、あっ!とすら言ってない間に一カ月だ。

毎回思うことだけど、待ち受けている仕事や家事に、ブログでの旅報告もままならず、イタリアの思い出がどんどんかき消されていくこの虚しさ。
この夏はさらに反省すべきことがもう一つ。早々にイタリアに行ってしまうと、帰国してからが子供にとっては夏休み本番。だから、本当は母としていろいろ協力してやるつもりでいたのに、それなのにそれなのに、気がつけば何もしてやれないまま、二学期も始まってしまったではないか。
夏休みの間、結局、小4のMは夜に私が帰宅するまで、一日中、ジジババ宅で放ったらかし。特別なイベントを用意しなくとも、毎朝一緒に走るとか、毎晩区民プールに行くとか、計画性を持って勉強をすることを習慣づけるとか、夏休みにしかできないことをしてやれたはずだ。そう思うにつけ、ああ、いまさら後悔の嵐。
しかし、そんな普通の生活、いや、普通以下の生活だけで終わっちゃった我が家の夏も、私や子供にとっては今年だけの夏。せめてもの罪償いに、この夏の総まとめを記しておこうかと思う。


日本に帰国したのは8月4日。おかげですっかり乗り遅れてしまったオリンピック観戦も、フェンシング団体戦で一気に追いついた感あり。たまたま家族で見守ることになった準決勝の対ドイツ戦、気がつけば一歳児のNまでもが兄に負けじと「いけ~!いけ~っ!」と叫んでいる。太田選手が残り1秒で逆転勝利した瞬間、近所迷惑甚だしいほど一家で大喜び。一歳のNまで「ばんざ~い!」と叫んでいる。
個人戦でぱっとしなかった選手たちが、こうしてむしろ団体戦でリベンジをはかるというのは日本人魂をくすぐるものだ。なにより、つい2日前にローマ市内で古代ローマ人の鎧をまとったコスプレ大道芸人たちを目にしてきたばかりの身にとってはなおのこと、フェンシングという競技でヨーロッパ人と互角に戦い合う姿にますます身震いする。残りのたった1秒で結果を出すということの凄まじさと執念。これぞニッポンのサムライ魂なり。
後で気がついたが私のiPhoneにこんな写真が残っていた。Mも思いは一緒だったのかもしれない。
2(RE)


ところで乗り遅れてしまったといえば「梅ちゃん先生」。2週間観ていない私にとっては、松岡先生と別れた次の回でノブと結婚ってどういうこと!?と愕然とする横で、「オレ、全話録画しといたんだよな」と夫。そんなに梅子が好きなのかっ。
かたや私は愛しの松岡先生ももう拝めず、世良正則もいつの間にかいなくなってモチベーションは一気に下がるも、この「梅ちゃん先生」、前回の「カーネーション」が毎回ものすごくドラスティックで大河ドラマをもしのぐ臨場感があったのとは正反対で、なにか大事件がおこるわけでもなし、ドキドキするわけでなし。でもいってみりゃ、この何も起きない感じが朝の連ドラよね、と痛感しきり。
いつもはとっくに家を出ているMも夏休みに入ってからは毎朝梅ちゃん先生の虜。起きぬけでぐずる弟に「ほら、ウメコが始まるよ!」とあやしていたせいで、Nまでもが「ウメコ~。ウメコ~」と進んでテレビの前に座っている。夏休みの朝はすっかりウメコで始まるようになってしまった。


母が8月8日で80歳になった。うちの母のおめでたい性格は誕生日に起因してたのか!この勢いで、どうか100まで。
3
そういえば、幼い頃「ママは昭和8年8月8日生まれなのよ」と教えられ、その言葉をずっと信じていた。大人になってから本当は7年生まれであることを知った時、たった一歳サバ読んでどうすんだよと呆れたものだが、なるほど、これで8年生まれだったら最強におめでたかったわけだ。
4
週末を待って、姉と甥っ子にも声をかけ、車椅子の父も久々に連れだして、山中一族で母の祝いをNonnoにて。ちょろちょろ一歳児から車椅子の爺さんまでがあったかい気持ちになれるところ、そう思ったときに真っ先に思い浮かんだ。以前にこのBlogでも紹介したことのあるOsteria Guffoが富ヶ谷に移転して新たにオープンしたのがNonno。おしゃれなお店に変身してしまったけれど素朴な健さんのあたたかい人柄そのものの料理と、いつも気が利く椎名くんのすがすがしいサービスはますます進化していた。
久々に揃った、歳の差8歳ずつのうちの三兄弟(?)。=うちの母の孫全容。こうしてみると、女系の山中家も、いまやすっかり男系じゃん。あ~~~。
5


そして世の中はお盆に突入。この週だけが夏期講習も学校行事も合唱特訓もない、Mにとっては唯一の夏休み。よし、母さんも会社休んで行きたいところに連れて行ってやるぞ!のはずが、丈夫が取り柄のNが珍しく高熱。しょぼん…。
6
水曜に出た熱は、高熱のまま金曜になっても下がらず。それでも本人はいつもと変わらず上機嫌。39度のあるなんて身体に触れなければわからないほど元気いっぱい。それだけに、ますますどこへも出かけられないことがもどかしい。Mの完全なる唯一のフリー週間を共に楽しむために私は三日も有給とったのに、結局親子3人で家にこもったまま今週も終わってしまう。
みんな(夫を除く)にとって至極不毛で、ある意味スペシャルなお盆休みであった。

休み明けの近所のかかりつけの医者いわく
「たぶん突発(性発疹)だよ。熱が下がってからポツポツ出たら間違いない。水、木、金と熱がつづいてるんでしょ?明日には下がるんじゃない?」
よし!その予想、信じようじゃないか!!
ということで、急に思い立って、たった一泊だけど、家族で出かけることに。
Mのリクエストである温泉と、Mの好きな歴史探索をセットにした、リベンジの旅だ。
夏期講習後半戦はいきなりずる休み。でも、いいの、いいの。たった一泊だけど、息子がこの一週間の分を取り返してくれれば、それでいいの。それがいいの。

中央自動車道塩尻インターから30分ちょっと、中山道は奈良井宿へ。
7

8
まずは、私の苗字と同じ名前の蕎麦屋でお昼ご飯。食欲こそ控えめだけどNは至って元気。あまりによくしゃべるので店のおばさんから「うちにも同じ1歳9ヶ月の孫がいるけど、こんなにしゃべらないわ」とびっくりされるほど。よしよし、熱が下がって来た証ね、と額に手を当てると…おや?!ま、まだしっかり熱いではないか。
とはいえ、
木曽にある11宿のうち北から二番目、東京からは一番アクセスしやすいという安易な理由で来てみたのだけど、古い町並みが1kmも続く宿場町は日本最長だとか。
連続テレビ小説「おひさま」のロケ地だったことも、保存住宅中村邸のおばさんの説明を聞いて初めて知った。なんでも道路に砂利を敷き詰めてロケしたとか。逆に言えば砂利さえ敷き詰めれば、すべてが戦前のままの光景ということか。電線も電柱もなければ、コンクリートの片鱗すら視界に入ってこない。
櫛問屋だったこの中村邸は天保年間(180年近く前)の建物。二階がせりでた出し梁づくり、鎧のように見えるから鎧庇、その庇の上に並ぶ桟木は猿の頭に見えることから猿頭など、奈良井宿の民家の特徴が凝縮している。普通は庇の下にある桟がこうして上にあるのは、泥棒が庇を踏むと下に落ちる仕組みになっているのだとおばさんが説明してくれた。そもそも、昭和40年代初めにこの中村邸の宿場外移設問題が発端となってにどこよりも早く町並み保存運動が起き、昭和53年に国から重要保存地区に認定されるに至ったのだとか。
もう少し進むと上問屋資料館となっている同じく天保年間の手塚家。こちらは奥にものすごく広くて、明治13年の天皇巡幸の際に行在所をつとめた家でもあり、明治天皇が休んだという部屋も残されている。
9
見どころといえば、他に隠れキリシタンの存在を物語るマリア地蔵、奈良井川にかかる大橋くらい。正直、観光地としての派手さはまるでないものの、木曽一帯の宿場町の保存運動の先駆けとなった奈良井宿には、住民が一丸となって町並みを維持していこうとする姿勢が随所に滲み出ている。
派手な看板もなく覗き込んでみて初めてそれとわかるギャラリー、どこか垢抜けない民芸品屋や骨董屋、漆器店や喫茶店。町家を改造したこれらの店はすべてテナントに出しているのではなく、その家の住民がそれぞれ経営しているように見受けられる。
たばこ屋の店先に懐かしいポストを発見。写真を撮ろうとするとポストの見つめたまま動かない男性が。一人旅だろうか。「このポスト、塩尻地区でも残っているのは私が知る限りここしかありません!」と言いながらシャッターを切っている。なるほど、そんなに貴重なのか。
美しい町並みの中に、人々の等身大の生活がある。人々の高い美意識がある。ただそぞろ歩きしてるだけなのに有意義な時間を過ごしている気になるのはそんなところにも理由があるのかもしれない。
とても8度5分の熱があるとは思えないほどNがご機嫌なのも、気持ちのいい場所にいるのがわかるのかもしれない。
10

11

再び塩尻方面へ。今夜の宿は下諏訪の山の中腹にある毒沢温泉「神乃湯」。これといって前評判を聞いたわさそうだったのと、秘湯を守る会の宿だったから、ま、スタンプもたまるし、と泊まってみることに。
「信玄の隠し湯」というフレーズは至るところで聞くのだけど、ここもそのひとつで、古くからの湯治湯だという。
なんというか、ひと言でいうと…暗い。宿の人も、喋らない、笑わない。神が宿る湯だけあって館内の至る所に神様、仏様が祀ってあり、それもあってなんとなく宿坊みたいな、そんな気にもなってくるのだが、唯一、お湯だけはいい。露天風呂も貸し切り風呂もない、男女用それぞれに広くもない檜風呂があるだけ。それでもこっくりとしたお湯は入るとかすかにチリリとし、飲用もできる湯は飲むとなんだかラムネの味がする。
12
文字通りの湯治湯。それ以上でも以下でもない、ちょっとストイックな湯治湯。もう一度行くかと言われたら、ううむ、ちょっと微妙かも。


さて、今回の旅、目的が実はもうひとつ。それは着工した家の様子を見に行くこと。
諏訪からは高速に乗らずにそのまま山中を北上し、佐久平を抜けて1時間半ほどで到着。現場に施主がこそり足を運ぶのもなんだか感じ悪くない?と夫に言うも、別にいいだろ、日曜で作業なんかしてないだろうし、と。6月に地鎮祭で来たときは、ただのさら地だった場所に、まだコンクリートを流す前の鉄筋が組まれただけ状態だけど家の大きさが想像できる「何か」が立っているだけで、急に実感がわいてくる。
誰もいない現場を物色していると、突然一台の軽トラがのぼって来てそのまま敷地内へ。
「あ、どーも。わたし、鉄筋屋です」と、とっても明るいおじさんが作業をしにやってきた。日曜日なのに、作業してくれてるのね。別荘の現場は、施主や建築家が毎日覗きにくるわけでもなし、近所の人の目というほど近所に家もない。人知れずこうして休み返上でせっせと森の中で汗を流してくれる人がいてくれることにあらためて感謝する次第。おつかれさまです。
13

その後は、小諸城址、懐古園へ。これだけこの辺りに足を運んでいながら、毎回軽井沢方面に出てしまい、そういえば歴児のMを小諸へ連れて行くのは初めてだ。そもそも懐古園ってなんだっけ。子供に説明してやらねばと、入口の説明書きを親のメンツ維持とばかりに我先に読み始める。
えーっと起源は平安末期の武将の館にさかのぼり、武田信玄の時代は山本勘助に城を縄張りし直させて、えーっとその後は仙石秀久っていう人が…
「あー、知ってる知ってる。秀吉に気に入られて大名になったのに戦いで逃げ出しちゃって秀吉に嫌われちゃった人ね」
え?そうなの?
「そうだよ。で、もう一回戦いで頑張って、また大名になれたんだよ」
あ、ほんとだ、その通りだよ、その人が大名として返り咲いたのがこの小諸城だって書いてあるよ。
なんだか教えてやってるのか、教わってるのか、よくわからなくなってきたぞ。戦国マンガもあながち侮れないな。

関ヶ原の戦いに行く途中の徳川秀忠が逗留、真田軍に翻弄されてる間に関ヶ原に間に合わなかったエピソードで有名な二の丸から始まって、奥に進めば南丸、本丸…と、建物は残ってないけれど、さほど大きくない敷地内にこんなにお城ばっかり建っていた当時の光景に思いを馳せたくなる。400年前の形をそのまま残す野面積みといわれる石垣、ごつごつと不揃いなようでいてどこか気迫に満ちている感じが、懐古園をただの城址公園と言わせない風格を与えてるのかもしれない。
14
天守台跡地はひときわ高い石垣の上。登れるようになってるけれど柵などないのでちょっと危険。「高いところからパパとNちゃんに手を振ってびっくりさせてやろう」とMとふたりで息切れしながら上り詰めるも…Nはベビーカーの中で眠ってしまっていた。がっくし。
15
本丸の跡地にある懐古神社に、山本勘助の鏡石なるもの発見。小諸城築城の際に勘助が研磨したと伝えられ、朝夕この鏡石に自分の顔を映して反省したんだとか。おーい、おのれの心が見えますかー。
16
17
「ママ見てー。勝海舟だって!」つづいてMが発見したのは勝海舟による題字の記念碑。明治に入り廃藩置県とともに、本丸には懐古神社が祀られ、小諸城はお城から「懐古園」へ。そのときの記念碑ということだろう。ちなみに三の門に掲げられた「懐古園」の額は徳川宗家13代当主、徳川家達の筆。
敷地の中をこうして端から端まで歩いてみただけで、小諸城が、激動の時代をいろいろな人の手に渡りながらも、愛され、守られてきたのがよくわかる。
18
本丸を過ぎ馬場の広場へ出ると、さっきからう「♪秋の夕~日~に~、照~る~山~もみじ~♪」のメロディでぴーひゃらぴーひゃら、いったい何のコンサートをやっているのかと思ったら、「草笛教室」。地元のおじさん、おじいさんたちが、東屋の中で葉っぱ一枚唇にあてて、ぴーひゃらぴーひゃらやっている音だった。リコーダーをもっと野太くした感じ。大きな音が出るものだ。
なんだ、これ。と足を止めると早速「獲物発見!」とばかりに呼び止められる。せっかくだからやってみ?と息子をそそのかし、「草笛教室」へ。
19
あけびの葉っぱ一枚を唇にあてて、父と息子は10分格闘するも最後の最後でピーっと音が出ただけ。意外と難しいのね。気が付けば、私たちが草笛教室の最後の“生徒さん”(そもそもその前に生徒がいたのか微妙だが)。夏の日差しも傾き始めた時間帯、懐古園を出た後、閉館時間ぎりぎりを走って目指すは「渥美清こもろ寅さん会館」。
大の寅さん好きである夫の影響で、幼児の頃から寅さんのDVDになじんできたMも実は寅さんファン。
歴児とはいえ若干マニアックだった小諸城址より、今回はどちらかというと寅さんメインの懐古園だったといってもいい。
ちょうど山田監督の特別展もやっていて、貴重なビデオやシナリオなど、隅から隅まで、おもったよりずっと見応えがあった。
20


たった一泊の、でも思いは一週間分の雪辱旅行。明日からまた夏期講習の日々だけど、いい思い出づくりができた。と安堵する帰りの車中、突然Nがぐずりだす。
今まで一貫して、デカい声で笑うのも、文句を言うのも、おどけて人を笑わすのも、いつもの彼と何一つ変わらなかったもので忘れていたけど、そういや病人だったことを思い出す。しかしこのぐずりよう、もしかして、一層熱が上がってしまったのでは…と慌ててその額に手を当ててみると、ん?冷たい。下がってる。完全に熱が下がっている。よかった~、やっと下がったよ。ん?それじゃ、なんで機嫌悪いの??

そう、これがこの後一週間つづく悪夢の始まりであった。
帰りの車中で下がるなんて、せめてあと一日早く下がってくれたら心置きなく旅行を満喫できたのにね。なんて言葉を全面的に撤回して、旅が終わるまで熱が下がらないで本当によかったとつくづく思うことになるのだ。
熱が下がると同時に背中あたりにポツポツと発疹が出てくるというけど、これかな?風呂上りに背中にところどころ赤いところがあるという程度。本当にこれで突発性発疹だったんだろうか。なんて思いながら保育園復活、再びいつもどおりの一週間が始まるはずだったのに、とんでもない。なにがとんでもないって、その機嫌の悪さである。
保育園の帰り道、いつものように大きな交差点を渡り、いつものようにまっすぐ進み始めると「いやだ~!いやだ~!あっち行く~!」と反対側の道路を指さして身を乗り出す。あっちの道なんて行ったことないのに。無視してベビーカー押し続けるも、泣き叫ぶ一方。300メートル先まで届かんばかりの大声でわめきながら、今度は「抱っこ~!抱っこ~!」とのけぞる身体はベビーカーから落下寸前。仕方なく抱っこして、代わりに荷物をベビーカーに乗せようとすると「ダメ~!おいちゃダメ~!いやだ~っっ」とさらに巨大な声で泣きわめく。結局、10キロのNを抱っこしつつ、左肩には会社のバッグ、右肩には保育園のバッグ、そしてベビーカーを押す私。なんなんだよ、これっ。汗びっしょりどころか、もう滝だ。
家に帰り夕餉の支度。待ちきれずにぐずるのはいつものこととして、怒り方が半端ない。うぎゃ~っ、キ~ッ、ビエ~ッ。どんな表現を以てしても再現できない叫び方は気でも触れたかと思うほど。いや魔物に憑りつかれているというべきか。
ご飯がちょっとこぼれただけでキ~ッと怒り、もう食べたくない、「ごったま(ごちそうさま)」と泣くから椅子から降ろすと、なんで降ろしたんだと怒って泣きわめく。牛乳がいいと言うから牛乳をコップに注げば、「牛乳イヤ、ジュース~」と泣くのでジュースを持って来れば「ジュース、イヤ~ッ、お茶茶~っ」と泣き、結局何を出してもイヤ。風呂もイヤ、着替えもイヤ、おむつ替えるのもイヤ…。もう地獄だ。
これを保育園の先生に言っても「Nちゃんも、イヤイヤ期に突入ですかね。意志の芽生えでもありますからじっくり見ていきましょう」と言われてしまう。Mのときはイヤイヤ期なんてなかったからどんなものかわからんが、これがイヤイヤ期だったら、日本全国すべての母親が音を上げてるよ。
絶対何かあるはずだとネットで「突発性発疹 不機嫌」で検索すると、出てくるわ出てくるわ、同じような経験談が。高熱のころはご機嫌なのに、熱が下がってからが地獄でした。うむうむ、まさにそれだ。エビ反りになって泣きわめき周囲の目が恥ずかしいほどでした。そうそう、まさにそれよ。
会社の隣の席の、Nと3か月違いの息子を持つ後輩が「いやあ、うちの子、先週久々に高熱出しましてね」え?うちもよ。うちはたぶん突発性…「あ、そうそう、うちのもそれですよ。熱は下がったんですが…」もしかして、機嫌…「そう、機嫌、悪いんすよ!山中さんとこもですか!?」そう、うちもよ~。よかった、一緒で~。まるで二人で手を取り喜び合うように安堵しあう。
熱が去ったあとで機嫌が悪くなるメカニズムは医学的に解明されていないらしいけど、それでも育児書や病院で積極的に言っておいてほしいよ。その後、一週間後には突然「魔物」が消え去り、いつものNの笑い方、泣き方、ぐずり方に。あ、Nちゃん、こっちの世界に戻ってきてくれたのね!という瞬間が訪れる。悪夢が去り、ゴキゲンいたずらっこの次男坊が戻ってきたころには、すでに8月も終わりに近づいていた。
21


ああ、イタリアにいた日々なんていったいいつのことだったかしら…。旅の収穫が日常生活の山に埋もれてしまうのを防ぐとっておきの方法は、早々に料理教室を開催すること。ボローニャから帰省中のNaocciも長女のNarちゃん連れて登場。リクエストのイワシ料理「ベッカフィーコ」を中心にシチリア特集と銘打ってみる。
ベッカフィーコとは、三枚おろししたイワシで、アンチョビや松の実・レーズンなどで下味をつけたパン粉を巻いて、オーブン焼きにしたもの。こうしてみるとなんだかイワシの群れが泳いでいるみたい。
22
ちなみに前菜はPure’(マッシュポテト)の間にラグーを挟んでオーブンで焼いたもの。ラグーでもサラミ類でもなんでも、あまったおかずを間に挟んで焼きこむシチリアの家庭料理なのだそうだ。プリモは香草をペーストにしたものをリゾットに仕立てたもの。このペースト、ジェノバ風と違いアーモンドが入っているのがシチリア風。ドルチェも、アーモンドを一度キャラメルからめたあとに粉々に砕いたものを生地の中に混ぜて冷やすこれまたシチリアのセミフレッド。しかも、考えてみたらこれ全部、今回の旅でアグリジェントのキアラの宿で習った料理だ。
23
24
イタリア人と結婚してボローニャに住むNaocciから、帰省してる間にぜひと、慌てて開催した料理教室。Naocci、イタリアで習った方が早いんでないの?と思いつつ、でもおかげでこうして私も旅の収穫を忘れないうちに復習できたことに、そして帰国の旅に時間を作って足を運んでくれることに改めて感謝。
25


そんなこんなで8月ももう終わりかあ。ん?やばい!宿題やってないじゃん!てな具合でこの期に及んで息子のお尻を叩きはじめる母も母だな。
この日もとある懇親会で私がたらふく食べて帰宅すると、机に向かってまだ起きている息子。やにわに電子レンジで何かをあたためようとするので、こんな夜中に何食べるの⁈と思いきや、「ママ、ごはんまだでしょ?」と。思わずホロリ。
ふと机の上を見ると見慣れない盾が。この日は月に一度の、彼の大好きな地元の不動様の縁日の日。留守番続きを見兼ねたバーバが連れて行ってくれて大好きな輪投げをしたのはいいが、意に反してゲットしちゃったのが、この盾なんだとか。「努力」…。思わず二度目のホロリ。
26


そしてやってきた夏休み最後の一日。ニュースが全国の行楽地の話題を伝える中、我が家は朝から家に籠りっきり。なぜって?まったくもう、自由研究にいたっては今日になって手をつけるんだもの。
シチリアのPiazzaArmerinaで買ってきたモザイクづくり、地元ワイン屋のおじさん自家製のキットだけあって、結構いいかげん。手作り説明書には石の種類が8つの色別に細かく分けて記されてるものの、その小石はごちゃまぜ。「濃い赤、薄い赤、濃い茶色、薄い茶色」の見分けがまったくつかずに出だしから苦労する。細かい部分用には小石をさらに自分で砕かないといけないことが判明し慌ててハンズに工具を買いに行く始末。とまあさんざん焦ったけど、父も息子も、これ意外とやってみると面白くてかなりハマっている模様。一日かけて、我が家の手作り世界遺産、 完成~!
27
しかし、なんでまた始業式の前の日にやるのよ。
と呆れつつ、かくいう私自身も人のこと言えないことに気づく。だって、こうして夏のまとめを一気に書いてるくらいなんだもの。

爆睡するMに持たれかかる、いや襲いかかるN。父不在のイタリアで、MがどれだけNの世話をやいてくれたかを何よりも証明する、帰りの機内での一コマ。お兄ちゃん、弟の世話に、塾通いに、お留守番に、最後は宿題に…、母が放ったらかしの中、ひと夏がんばったね。ありがとう。
29
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント

Profilo

ritz

Author:ritz
イタリア家庭料理研究家
本業は広告代理店コピーライター
1999年以来、毎年有給休暇を使い果たす作戦でイタリアへ料理修行。年に1〜2回のペースで子連れでイタリアの農家やマンマの家々を転々としています。
HP→http://www.ristorante-ritz.com
Facebook"マンマの台所Ristorante Ritz"→https://www.facebook.com/ristoranteritz/

著書に「トルテリーニが食べたくて」
日本ソムリエ協会認定ワインアドバイザー
U.M.A.O.オリーブオイル鑑定士
イタリア料理、子育てから、日本の旅、秘湯まで。

Calendario

08 | 2020/09 | 10
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 - - -

月別アーカイブ

FC2カウンター

ブロとも申請フォーム

ブログ内検索