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アンギアーリの戦い

anghiari
さて、先日の講演で、料理修行の話ばかりで2時間もなんだしと、箸休め用に用意していったものがある。それは平たく言えば「小さな町めぐりシリーズ」とでもいうべきか。 

イタリアの田舎を旅する醍醐味は、郷土料理のほかにもうひとつ、実はガイドブックにも載っていないような小さな町を“発掘”することにもある。
骨太な地方料理が脈々と受け継がれる土地というのは、当然のことながら、地元の人々の土地への愛着心やプライドが脈々と受け継がれているからこそのこと。
地方国家イタリアならではの歴史的背景も手伝ってか、地方にいくほど壮大な歴史秘話があり、地方にいくほど頑なに語り継がれている。どんな片田舎にさえも、著名な画家の作品が眠っていたり、国の歴史を語るうえで欠かせない旧跡があったりするのも、イタリアならではのことだと思う。

中でもウンブリアからトスカーナにかけて、中世の面影を今も残す地域は、こうした村を“発掘”するには事欠かない。先日の講演で、いくつかを取り上げてご紹介しようと思っていたのだが、結局料理修行の話だけで時間切れとなり、小さな町シリーズの写真はお蔵入り。しかしなんと、そのうちのひとつにちなんだ話題が、今日のニュースで大きくクローズアップされているではないか。なんだか急にうずうずしてきて、「蔵」から引っ張り出して来てここで紹介してみることにした。

「アンギアーリの戦い」。
そもそもアンギアーリの戦いとは、ウンブリアとの州境にほどちかいトスカーナの小さな町アンギアーリで、実際に起こった戦いのこと。1440年、ウンブリア攻撃の拠点にちょうどよい地の利のアンギアーリを攻撃してきたミラノ軍と、それを迎え撃つフィレンツエ軍との戦い。結局ミラノ軍は撃退されたのだが、この戦いののち、ダヴィンチがフィレンツエ共和国からの依頼でフィレンツエのヴェッキオ宮殿の500人広間に描いたとされる巨大壁画が「アンギアーリの戦い」である。
未完のまま16世紀半ばの大広間の改修でジョルジョ・ヴァザーリによるフレスコが画がこれにとって代わり、ダヴィンチの「アンギアーリの戦い」は失われ、ルーベンスらによる模写のみが存在すると言われていたのだが、なんと、このヴァザーリのフレスコ画の裏にダヴィンチの壁画が隠されているかもしれないと美術家のセラチーニ博士が発表して話題になったのは70年代のこと。
ヴァザーリが描いたフレスコ画の中でフィレンツエ兵が掲げている緑色の軍旗に「Cerca trova」(探せ、さすれば見つかる)とヴァザーリの文字で記されていることも彼が後世につたえるべくして残したヒントであると。そこでこの500人大広間をくまなくX線などにより調べたところ、「アンギアーリの戦い」があったと言われていた東側の壁面がヴァザーリによってつくられた二重壁になっていたことが判明、2007年にはイタリア文化庁から本格的な調査の許可が下りていたところだった。
その二重構造の壁の裏側から、なんとダヴィンチがモナリザで使用した絵具と同じ成分の黒色顔料が見つかったと!今日昼間のニュースを見てびっくりした。
いよいよ、ヴァザーリが残した暗号が解き明かされ、そして解明される瞬間が、すぐそこまで近づいてきたということだ。
先日の講演で、せめてアンギアーリの話だけでも触れられていたら、このニュースをもっと身近に感じてくださった方もいたのではなかろうかとますます後悔する。
いや、美術に詳しい方ならとっくにご存じの話であって、余計なお世話というやつかな。
とにもかくにもお見せそびれたアンギアーリの、ダヴィンチの「絵」ではなく村の「写真」をせめてここでご紹介しておきたくなった。

scala
このアンギアーリ、町の人口はたったの6000人。トスカーナらしい牧歌的ななだらかな丘を進むとみえてくる丘の上の中世都市。小さなエレベータを登り城壁の中に入ると、し~んと静まり返った空気に一瞬足がすくみそうになるほど。石造りの建物が密集し、たくさんの小さな石畳の階段や坂道が入り組んでいて、中世に迷い込んだよう。ウンブリアの渋さと、トスカーナののどかさを併せ持っている、これもまた、このあたりならではの町の魅力だと思う。

mon
歴史地区の中は一周しても10分とかからないような本当に小さな小さな町。
町の中心、といっても学校の教室いっこ分くらいしかない広さのマメーリ広場、ここにマルゾッコ宮殿とタリエスキ宮殿があっていずれも博物館になっている。ダヴィンチの「アンギアーリの戦い」の模写、3つあるうちのひとつもここに。
piazza

chiesa1
chiesa2
教会や洗礼堂も、小さいけれどどこか荘厳で、風格があって、こんなあたりもトスカーナの村というより、どちらかというとウンブリアの匂いを感じずにいられない。

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現在は市庁舎のプレトリオ宮殿。その昔はかつてフィレンツエ政府の裁判所などとして使用されていたとか。上を見上げると歴代の裁判官の紋章で飾られている。
pretorio2
この中には、ピエロ・デッラ・フランチェスカの師匠だったアントーニオ・ディ・アンギアーリのフレスコ画もあるのだとか。

こんな風に、ガイドブックには載ってない小さな町も、実はうんと歴史があって、お宝がザクザク眠っているのが、イタリアの魅力。特にウンブリアからトスカーナにかけてはこうした町の宝庫だから、小さな町歩きがやめられない。
fiore


…しかし、ダヴィンチの「アンギアーリの戦い」の正体がついにあきらかになったら、ここ「アンギアーリ」にはわんさか人が訪れちゃうんだろうか、
それともわんさか人が訪れるのはヴェッキオ宮殿の大広間のほうで、模写なんぞが展示してあるこっちのアンギアーリは相変わらずひっそりとしてるんだろうか。
希望をいえば、断然後者。
でもアンギアーリの人たちは、そんなこと、どうでもいいんだろうな、きっと。
イタリアの地方が、どんなに小さな町でもさびれることなく「元気」なのは、つまりはそういうことなのだ。
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ritz

広告代理店コピーライター
イタリア家庭料理研究家
HP→http://www.ristorante-ritz.com
著書に「トルテリーニが食べたくて」
日本ソムリエ協会認定ワインアドバイザー
イタリア料理、子育てから、オペラ、日本の旅、秘湯まで。

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