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2007春 イタリア報告(4) ~私の、ふるさとの味~

2007春イタリア報告(4)-1


~5月初旬~
今回の旅も、母子滞在の最後がちょうどゴールデンウィークと重なることもあって、夫が合流することになった。
否、合流させた、と言った方が夫は浮かばれるかもしれない。

結婚してたった1年で、夫を置いてイタリアに行くことを決意して以来、今年で9年。
夫の人生は、図らずも私のイタリア馬鹿に付き合う人生になって久しい。
図らずもだって?よく言うよ。と夫のぼやきが今にも聞こえてきそうである。
なんたって、結婚後、二人で行った海外は、イタリアしかない。しかも、私が単身でめいっぱい料理修行生活を楽しんだ最後の最後で、夫が合流し、オマケみたいな旅行をしてから帰るというパターン。毎回、夫が日本からやってきたと同時に、レンタカーをしてイタリアの田舎を転々とするのだ。
それってつまり、夫はただの「足」ってこと?
ううむ、そう言われたとしても、確かに否定はできないかも、かも、かも…。
「旦那様、本当にえらいわー」
周囲にこうほめられても、
「いや、僕は、日本で売ってないクルマを運転して、日本で手に入らないワインが飲めれば、それでいいんです」
最近では、きっぱりとこう言ってのける夫。彼をそこまで達観させてしまった責任もまた、あきらかに私にある。
いやあ、本当に、いつも感謝しているのよー。毎度申し訳ないと思っているのよー。
と心の中で唱えつつ、今回も、息子と居候していたピヌッチャの家に夫が合流するなり、
早速、ピエモンテを出発し、エミリア・ロマーニャ、そしてウンブリアをめぐる旅に出た。

最初の訪問先は、ボローニャの隣町、モデナ。
私がはじめてイタリアに料理の勉強に来た際に滞在した、思い出深い街であると同時に、毎回必ず、当時お世話になった多くの人たちに挨拶に立ち寄る、ホームグラウンドのような街でもある。
この街に来ると、昼ごはん、夜ごはんのタイミングで誰かしらの家に招待されて会食をすることになるから、気がつくと、一回もお金を払っていないことに気づく。
おまけに今回の宿泊先は、私が8年前にホームステイしたおばあちゃんの息子、パオロ一家の家。
タダ飯のうえにタダ寝までついてしまった、罰が当たりそうな毎日だ。

パオロの家を拠点にしつつ、チェントロ(市内)へ。
チェントロに行って、最初に訪れるべきところは毎回決まっている。
それは、私が毎日深夜まで働いていたリストランテ。女主人のアダが、たったひとりでやっている小さな小さな店だ。
訪れる前に、「何月何日くらいに、モデナに行くからね」と日本から毎回手紙を出しておくのだが、アダに手紙を出しても、返事が来たためしがない。
「私、筆不精だから、許してね」とよくアダは言っているけれど、それも違う。
むしろ、一分たりとて、手紙なんぞを書いている時間がないのだ。
寝てる時間と食材を仕入れに行く時間以外は、ずーっと厨房にいることを、私はよく知っている。そして、私が出した手紙をいつも大事に持っていてくれていることも、厨房のドアに我が家の年賀状がいつも貼り付けてあることも、知っている。

チェントロに行き、駐車スペースをやっと見つけてクルマをとめ、てくてくと歩き出してから初めて、アダに電話をしてみる。
「プロント?アダ?」
こう言っただけで、毎回、すぐ私であることがばれてしまう。
「チャーオ、リッツ!今どこ?!」
開口一番のセリフも、毎回変わらない。
「今、チェントロについたところ。バスターミナルのそば」
「わかったわ。待ってる、待ってるからね!おいしいパルミジャーノとバルサミコが入ったのよ。待ってるわよ」
道すがらお店を冷やかしながら行こうと思ったから、30分後と伝えたのだが、気がつくと1時を回っていて、ほとんどの店が昼休み。結局、そのまままっすぐアダの店へ。
「覚えてる?アダの店。今度の道を曲がると、緑のドアが見えるよ」
息子にそう言いながら、懐かしい通りの細い路地を曲がると、アダが店の前に立って大きく両手をふっているではないか。
15分も早くついたのに、どうして私たちが来るのがわかったんだろう。なんでもお見通しだ。
2007春イタリア報告(4)-2


いつものように、一番奥のテーブルに座らせてもらい、つまみを食べながらパスタを待つ。
つまみといったって、これがまたすごい。皿には、仕入れたばかりのパルミジャーノの塊を無造作にぶっかいたものがゴロゴロと、そしてその横の、まるで餃子につける醤油みたいに置かれた小皿にはしかし、16年熟成のバルサミコが。
きゅっと塩気の利いたパルミジャーノの塊に、とろ~んとするほど熟成の進んだ甘いバルサミコをつけて食べるのだ。まさに、エミリア・ロマーニャ州の二大高級食材を一気に味わうという、究極の前菜。
手間はかからないけど、うんと新鮮なパルミジャーノと、うんとおいしいバルサミコが手に入ったときにしか食べられない、これぞ、モデナで最もシンプルにして、最も贅沢な酒の肴だ。
ああ、モデナに帰ってきたんだな~と、つくづく実感する。ん~、うまい。
ふと気づくと、バルサミコの入った皿を、息子がぺろぺろと舐めているではないか。
うわっ、ちょっとやめてよ。まだパルミジャーノは残ってるんだからさー、バルサミコもとっておいてよーっ。
うっかりしてたが、彼はパルミジャーノ好きであると同時に、そういえば無類のバルサミコ好きだった。こんな子供に、まるでカレーライスを食べるようないきおいで食べつくされるなんて…。そういや、カレーライスのときも、いっつもルーばっかり先に食べちゃって最後にごはん残すよね、あんた。
しかも、これだけ食が細いっていうのに、なんでまた高級なものだけ食べるわけ?
重ね重ね、腹立たしくなってきたぞ。食べ物の争いは、骨肉の争いでもある。

2007春イタリア報告(4)-3

さて、アダが今回作ってくれたのは、カルチョッフィ(アーティチョーク)のタリアテッレと、ラグー(ミートソース)のタリアテッレ。そしてバルサミコソースで仕上げた薄切り仔牛肉のソテー。
どれもこれも、私が8年前に働いていたときと変わらない、私にとってはふるさとの味。
とかく、重くてこってりしがちなエミリア・ロマーニャ州の料理の中で、アダの料理だけは、いつもやさしく、繊細さに満ちているのはなぜなんだろう。ラグーにしても、同じ食材を使っているはずなのに、するすると何口でもいけるような軽快さがある。逆に、本来なら、卵をたっぷり使った手打ちパスタに合わせるには物足りなくなりがちな、カルチョッフィのような野菜だけのパスタソースも、アダの手にかかると、素材の力強さがとことん生きた存在感を達成し、まるでミートソースを食べたのと同じくらいの満足感がある。
すべての食材に対して、いつもきめ細かいつきあい方をしていなければ、果たしえない技。
こんな姉御肌の、言葉遣いもお世辞にも上品とはいえないアダなのに、本当に不思議だ。

さて、アダの店でゆっくり話し込んでいたら、いつの間に4時!
今度は料理学校で一緒だったエリザベッタたちとお茶しにいく約束の時間だ。
夜は、居候先のパオロの家で、妻のアドリアーナが手料理を教えてくれることになっている。
二人の子供がいながら、会社勤めを続けているアドリアーナは、仕事帰りにちゃちゃっとつくれる早業レシピをたくさん知っているから、私も参考にしたいことばかり。
こうして、モデナでの時間は、毎年、慌しく過ぎていく。
2007春イタリア報告(4)-4


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コメント

S・K太郎ママ

プルメリア改め、K太郎ママです。
イタリア料理修行記、すっごい楽しく読みました~。
本場のバルサミコは、熟成期間が長いと、あんなにクリームみたいになるの?
現地ならではのお料理の写真に、胃袋わしづかみにされました。キュルル~

ritz

K太郎ママさま
こんにちは。
バルサミコは、熟成期間がながいほど、粘性を増して、そして甘くなります。
でも、コンディメントといって、熟成がそれほど長くないものを、加工して、ソース用にしているものも存在します。
今度、拙宅にいらしたら、パルミジャーノに熟成バルサミコつけて食べましょうね。 
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ritz

広告代理店コピーライター
イタリア家庭料理研究家
HP→http://www.ristorante-ritz.com
著書に「トルテリーニが食べたくて」
日本ソムリエ協会認定ワインアドバイザー
イタリア料理、子育てから、オペラ、日本の旅、秘湯まで。

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