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2007年春 イタリア報告(3) ~イタリア版、「実家」にて~

2007春イタリア報告(3)-1


     ~4月末日~

語弊を恐れずに例えて言うとすると、カステッロが上界のホテルであるならば、丘のふもとのこのアグリツーリズモは下界の宿。
でも、下界には下界の、なんともいえない気楽さと居心地のよさがある。だからこそ、目と鼻の先に位置するこの二つの宿を、毎年こうして、荷物をまとめなおす手間も惜しまずわざわざハシゴしてしまうのだ。

8年前に、初めてカステッロの厨房で働かせてもらうことになったとき、カステッロのリゼッタが居候先として紹介してくれたのが、この宿。近所の農家の夫婦、ジュリオとピヌッチャが経営している超リーズナブルなアグリツーリズモだ。
農作業の傍ら民宿を始めて、9年近く経つけれど、妻ピヌッチャの大らかな性格と体格、60を過ぎても夜明け前から日が暮れた後まで畑に立つ夫ジュリオの人徳に、高級ホテルでは得られない快適さを覚えるのは、私だけではないようで、スイスやドイツからのリピーターが絶えない。
だから私も、今となっては毎回無銭でカステッロの一室に居候しているし、何日でも居ていいわけなんだけど、でもでもやっぱり、このピヌッチャとジュリオの宿に何泊かしないと気がすまないのだ。

B&B(ベッド&ブレックファスト)スタイルの宿ではあるが、それは、ピヌッチャが料理を得意としないから、というわけでは決してない。
人を一切使わず、夫婦二人が、せいぜい嫁に行った二人の娘の手を借りて切り盛りしているわけで、夕食まで手が回らないのは当然。それでも、生粋のピエモンテ人であるピヌッチャは、絵に描いたようなイタリアマンマで、むしろ料理が大の得意なのだ。
それは、彼女が宿泊客に手料理をふるまう唯一の機会である朝食の内容を見てみれば、一目瞭然。

イタリアの朝食といえば、普通は、カプチーノかエスプレッソに、ブリオッシュのような甘いパンや、焼き菓子で終わり。
ところが、ピヌッチャの作る朝ごはんはといえば、手作りケーキやビスコッティは言わずもがな、アスパラガスのキッシュ、生ハムとサラミの盛り合わせに揚げたてパン、ブルスケッタ…、最後は畑で採れたフルーツでつくったマチェドニア(フルーツポンチ)まで。
ああ、こんなに食べられない…と、毎回思うのに、でも片っ端から手をつけずにいられない。もちろん、完食できた試しはないのだが、実に優しい味わいと見事な栄養バランスは、今まで世界を旅した中で、私のナンバー1ブレックファスト。
私がカステッロで働いていたときも、ピヌッチャの愛情あふれたこの朝食で、元気をたくさんチャージできたからこそ、毎晩深夜にまで及ぶ重労働に耐えられたようなものだ。
2007春イタリア報告(3)-3



あの日本人の親子は、何しに来てるのかしら?
どうしてお父さんがいないのかしら?

と言いたげなスイス人の表情を見て取ったピヌッチャが、すかさず彼らのテーブルに歩み寄って私の話を始める。昨日は、隣のテーブルのグループにも説明してたっけ。
私が初めてここへ来た8年前のことから始まって、「会社を二ヶ月も休むなんてことジャッポーネじゃ有り得ないことなのよ、わかる?でも、彼女はそれを成し遂げた最初の勇気あるサラリーマンなのよ」なんて話までしてる。ちょっと大げさだなあ…。
スイス人相手に、若い頃に習った片言のフランス語まで駆使して、ボディランゲージ。これもまた、この宿の名物だ。

スイス人のグループは、今日もひとつ残らずこのピヌッチャの朝食を平らげて、揚々とカンティーナ(ワインセラー)めぐりに出かけていった。
あたりが急に静かになると、庭は息子の独壇場と化す。目がイキイキし始めた。
というのも、ピヌッチャの長女にも、二年前にロレンツオという名の男の子が生まれ、庭には、ブランコ、サッカーボール、トラクターのおもちゃ…と、格好の遊び道具があふれている。
長女夫婦も共働きともあって、母親の仕事が終わるまで、毎日、保育園が終わるとピヌッチャの家で待っているのだ。うーむ、どっかのうちと似たような話だな~。
午後にロレンツオが帰ってくるまでは、おもちゃも、広い庭も、うちの息子が独り占め。
「喉かわいたんじゃない?ジュースいる?Mは何のジュースが好きかな?」
「ジェラート買ってきたわよ。食べる?」
そう、やさしいピヌッチャを独り占めできることもまた、彼にとっては重要な要素。
やさしいバーバと、たくさんのおもちゃ。これって、うちの子の、一番好きなパターンではないか。
2007春イタリア報告(3)-2



そうこうするうちに、あっという間にお昼の時間がやってくる。
「お昼はどうする?トマトソースのパスタと、ホウレンソウのフリッタータ(卵焼き)と、昨日の残りのローストビーフで、軽く済ませるんでいい?」
軽くって、ぜんぜん軽くないじゃん。と、毎度突込みを入れたくなる。
それに、本来なら、宿泊客には朝食以外は提供していないというのに、昼も夜もピヌッチャたちと一緒に食事を摂らせてもらうことが、なんとなくあたりまえになってしまって久しい。

2007春イタリア報告(3)-4


「トマト、もっと~!」
「え?トマトソース、いっぱいかかってるじゃない」
「違うよ、ただのトマトも欲しいの!」
パスタもトマトソースだというのに、息子は今日も、「生のトマト」を要求している。
無理もない。ジュリオの畑で取れる無農薬トマトは、「トマトはこうでなくちゃ!」という味がする。
南イタリアの、真っ赤に熟れたトマトともまた違い、見た目は、どちらかというと、私が小さい頃、八百屋に並んでいたような、ちょっと青みが残るトマトに似ている。
でも食べると、まったく似て非なるもの。硬さは残るのに、とにかく味がものすごく濃い。甘いの甘くないのなんてものさしでトマトを評している自分たちが愚かに思えてくるほどだ。
私が一口一口に陶酔しながら食べている間、ふとみると5つもらったはずのトマトがすべて消えている。子供の舌は、正直だ。
さて、もちろん生で食べてもこれだけ旨いトマトで作ったトマトソースなんだから、パスタだって旨くないはずがない。パルミジャーノをたっぷりかけて食べるのが、ピヌッチャスタイル。北イタリアでトマトを絶賛してるなんて、不思議と思われるかもしれないけど、とにかくおいしいんだから、仕方がない。

さて、お昼が終わると、あくびが出はじめた息子とベッドでごろん。
このまま一緒に寝てしまっても、どうせ1~2時間後には、やんちゃなロレンツォが庭を駆け回る声で目が覚めるだろう。

そろそろお昼にしようかと言われれば台所に行って一緒に料理をし、たらふく食べ、
午後は息子を寝かしつけるふりして自分も一緒に昼寝なんかしちゃって、
そして、夕方のきもちよい風と共に目覚めたら、庭で冷えた白ワインとジェラート。
そうこうするうち今度はそろそろ夜ご飯にしようかと声がかかり、また台所に行って一緒に料理を作り、そしてたらふく食べる。

どこに出かけるわけでもないし、どこに出かけたくなるわけでもない。
ただ、同じ場所に一日中いて、食べて、寝て、子供を遊ばせ、また食べて飲んで、寝る。
ああ、これって、完全に「実家」状態。
やめられまへん…。

2007春イタリア報告(3)-5


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ritz

広告代理店コピーライター
イタリア家庭料理研究家
HP→http://www.ristorante-ritz.com
著書に「トルテリーニが食べたくて」
日本ソムリエ協会認定ワインアドバイザー
イタリア料理、子育てから、オペラ、日本の旅、秘湯まで。

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