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2007年春 イタリア報告(2) ~世界一贅沢な、まかない飯~

07.0614旅報告(2)-1


~4月下旬~

ここは、ピエモンテ州はアルバ近郊の小さな村。
幾重にも連なる丘を見下ろす、カステッロ(城)の庭で、こうして今日も、昼ごはんを待ちきれない彼ひとりの、優雅な昼食が始まっている。
「Mはお腹すいたんじゃないの?Ritz、勝手知ったるクチーナ(厨房)でしょ。なんでも好きに使っていいから、先に何か作ってあげなさい」
女主人のリゼッタは、なんでもお見通しだ。その言葉に甘え、まだ誰もいないクチーナに入り、一人分の手打ちパスタ“タヤリン”をさっと茹でてラグーに合える。これだって、立派なお客さん用メニューだ。皿に盛って庭に出ると、春の日差しが差し込む一等席に、なんと、リゼッタがテーブルセッティングをしてくれてあるではないか。
まったく、VIP待遇だ。当の4歳児は、この有難みをわかっているんだろうか。
ばくばくと無邪気にパスタを頬張っている。

祖父の代から受け継いだカステッロで、長女リゼッタを始めとする女3姉妹とその娘たち、そして未亡人のおばあちゃんという、まさに女系一族が、アルベルゴ、リストランテ、そしてカンティーナを切り盛りしている。
このあたり一帯はバローロ、バルバレスコ、ドルチェット・ダルバなどの赤ワインと、高級食材の白トリュフで名高いランゲ丘陵と呼ばれる地域。
日本でももはやおなじみとなった「スローフード」の本拠地として、今でこそすっかり有名になってしまったが、地元で古くから有名なこのカステッロのリストランテで、私が初めて働かせてもらったのは8年前。以来、子供が生まれてからも、イタリアに来るたびに必ず滞在する場所の一つになっている。

さて、今回も居候の身でありながら、朝は宿泊客にまぎれて豪華なビュッフェスタイルの朝食を取ったかと思えば、昼はこうして、早くも腹が減った息子のために、まだ誰もいないクチーナで勝手にパスタを茹でているという図々しさ。
おまけに、滞在の名目は、コブつきではあるものの、一応、料理の勉強だというのに、なんと優雅な半日であることか。

というのも、カステッロの朝は遅い。一日がスタートするのは昼食時からといってもいい。
毎晩深夜まで、一族総出でリストランテの仕事に携わることもあり、みな、それぞれ気ままな時間に起き、気ままな朝を過ごし、そして昼食のまかない飯を作るところから、一日が始まるのだ。
唯一、女主人のリゼッタだけは、誰よりも遅くまで起きているのに、誰よりも早く起き、宿泊客の朝食の世話から始まって、チェックアウトして旅立っていく宿泊客を見送ったり、こうして、お昼まで何もすることがなくてぶらぶらと過ごしている居候親子のことまで気を配ってくれる。

そうこうしているうちに、まかない飯の時間が近づいてきた。
カステッロの厨房に欠かせない人間は3人いる。
リゼッタの末の妹である、料理長のリリ。
リゼッタの長女、アレッサンドラ。子供のいないリリにとっては、姪のアレッサンドラは頼もしい跡継ぎだ。
そして、長年、この厨房で働いている近所の主婦、ブルーナ。
この3人の中で、一番早く厨房にやってきた人間が、昼のまかない飯のメニューを決める。
というか、食べたいものがあったら、作ったもん勝ちと言ったほうが正しいかもしれない。

しかし、この3人以外の、日ごろ厨房に出入りしないはずのある人間が、突然、まかない担当を名乗り出ることが、ごくたまーにある。それがリゼッタだ。
今回も、そのめったにお目にかかれないリゼッタのまかない飯にあやかるという、またとない機会に出くわした。
冷蔵庫をごそごそとあさり始めたかと思うと、タッパーに入ったミンチ肉を取り出す。むむ?これは、昨日ブルーナが、今夜のお客用に下ごしらえしたばかりの、ポルペッテ(肉団子)用のタネではないか。
「何、作るの?リゼッタ」
「さあ。何ができるんだか」
リゼッタは、ちょっとだけ肩をすくめると、フライパンいっぱいに、このタネをぎゅうぎゅうと大胆に広げて火にかけた。すごっ。言ってみれば、巨大なハンバーグだ。

そもそも、ポルペッテとは、イタリア全土でお目にかかれるポピュラーな肉団子。でもそれだけに、パルミジャーノとパン粉だけでシンプルにまとめるものから、さまざまな種類や部位の肉を混ぜ合わせることで風味を出すもの、みじんぎりした野菜を入れるものもあるから、店ごとの特徴が如実に出る。ポルペッテを食べれば店のレベルがわかるといってもいいかもしれない。
当然、カステッロのポルペッテには、惜しげみなく特上の仔牛肉が使われてるほか、いろんな隠れ技が利いている。その大事なタネを、しかも、普段であれば、少しずつ丸めて、トマトやグリーンピースなどと共に煮込んで供すはずのタネを、まるでお好み焼きでも作るかの要領で焼いてしまうんだから、ああ、もったいない……が、うまくないはずがない。

07.0614旅報告(2)-2

香ばしい肉汁の匂いに誘われて、おばあちゃんや寝坊していた娘たちもクチーナに集まってきた。
フライパン大の巨大ポルペッテは、ケーキのように放射線状に切り分けそれぞれの皿に盛る。私の息子も、みんなより一足先に、タヤリンを食べたばかりだとうのに、つられて食べている。
「ハンバーグ、ちょうだい、ハンバーグ、もっと!」
この贅沢極まりないイタリア料理を「ハンバーグ」呼ばわりして、私の皿にまで手を出しているが、赤身の濃い肉汁がぎゅーと閉じ込められた塊は、ステーキを頬張るよりも濃い肉の味わいがして、やみつきになりそう。

このカステッロでは、お客さん用も、スタッフ用も、食事に区別はない。
余りものでまかない飯を作るのではなく、余すことなくお客さん用料理を作ってそれをスタッフも一緒に食べるのだ。
そうそう、巨大ハンバーグが焼ける間に、タヤリンの香草バターソース和えも、山盛り食べたっけ。これだって、メニューに載ってる立派な料理。
ああ、これだから、カステッロのまかない生活はやめられない。

さて、昼食が終われば、一息つく間もなく、クチーナが一気に活気を帯びる。
今日は、ニョッキをまとめてつくらないといけない。
息子は庭で放し飼いにしておいて、私はクチーナへ…という計画が当初はうまくいかず
「ママー、お庭で駆けっこしようよー」「ママー、一緒にお花摘もうよー」と何かと私をクチーナから引きずり出していた彼だったけど、昨日あたりから私といっしょにクチーナに居座る醍醐味を覚えたようだ。
なんたって、ここにいれば、クッキーやタルトが焼きあがるたびに、ジェラートができあがるたびに、なにも言わなくたって誰かしらが「はい、M、食べてごらん!あーん!」と片っ端から味見させてくれる。こんなおいしい場所はないことに、ついに気づいてしまったらしい。

そのうえ、今日はなんと、ニョッキづくりにまで手を出している。粘土遊びじゃないんだぞっ。
ブルーナが、彼の身体にテーブルクロスを、頭にはペーパータオルを巻きつけて、小さなシェフに変身させてくれた。本人、かなり、調子こいている。
07.0614旅報告(2)-3


しかし、8年前の私も、まるで、こんなんだったのだろうな。
何の役にも立たない、何のノウハウもない、それでも、こうしてエプロンを身に着けクチーナに立たせてもらい、片っ端から味見させてもらい、片っ端から手を出させてもらった。
邪魔者以外の何者でもない息子が、こうして空気のようにクチーナにいる姿を見ていると、
8年前の自分を思い出すと同時に、あらためて、カステッロの人たちの懐の深さと、ある意味、余裕というか、ゆるぎない自信のようなものを、痛感せずにいられない。

アレッサンドラが、今朝採れたばかりのグリーンピースを大量に持ってクチーナにやってきた。ニョッキの次は、手のすいているもの全員で、グリーンピースの鞘むきに、とりかかる。
目の悪いおばあちゃんが、たまに誤って取り除いたスジのほうを、豆のザルに入れてしまうと
「んもー、だめだよ、これは捨てる方に入れなくっちゃ」
と除けている。日本語だから通じないからいいけれど、ますますシェフ気取りだ。
07.0614旅報告(2)-4


ちなみにこの新鮮グリーンピース、店で出す料理用ではなく、アレッサンドラが自分たちで食べる用に買ってきたのだとか。
さっと湯がいたあと、ブロードとトマトで軽く煮たあと卵閉じにして、夜ご飯のまかない飯で完食した。
まったくカステッロのまかない飯と来たら、あんまり大きな声じゃ言えないけど、お客さん用の料理より、贅沢であること、間違いない。
07.0614旅報告(2)-5


さて、カステッロに滞在したあとは、丘のふもとのアグリツーリズモへ移動。
この土地を訪れる際、忘れてはならないもうひとつの宿だ。
続きは、次回にて。
コブつき料理修行の旅は、まだまだ続く…。


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コメント

francesca

大きくなったら
シェフ姿が決まってるMくん、先日のお料理教室でも大活躍でしたね!
誰かが、「Mくん、大きくなったら何になりたいの?」と聞いたら、ちょっと恥ずかしそうな声で、「シェフ~」って答えてました。
その時が来るのを楽しみにしています♪

それにしても超、超美味しそうなまかない食ですね!

ritz

どうなることやら
それこそ、イタリアに修行にでも行ってくれたら、母もついていきたい。居を移してもいいって感じです。ま、そんなオイシイ話にはならないんだろうな。
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ritz

広告代理店コピーライター
イタリア家庭料理研究家
HP→http://www.ristorante-ritz.com
著書に「トルテリーニが食べたくて」
日本ソムリエ協会認定ワインアドバイザー
イタリア料理、子育てから、オペラ、日本の旅、秘湯まで。

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