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イタ馬鹿日誌

昼は会社員、夜は母、週末は自宅で料理教室。ristorante-ritz.comのイタリア馬鹿な日々。

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いま、思うこと。  ~闇が深いほど、夜明けは近い~ 



Mの学校は休校延長を決定。このまま春休みに突入することになってしまった。
こちらも育児休暇中の身、原発の続報や計画停電情報、緊急地震速報から目を離すわけにもいかず、乳児と小児をかかえて締め切った部屋でテレビをつけっぱなしにしていると、ただただ不安ばかり募る。本当は私たちとは比べ物にならないもっともっと大きな不安に被災地の人々は今も襲われているというのに。
するの、しないの計画停電、危機管理の甘い原発…。
純粋に、東北地方の被災者の人々を応援したい、そんな切なる思いが、まるで踏みにじられるような忸怩たる思いでいっぱいになる。
今日はテレビを消して、息子にDVD解禁。8歳児には、ことの重大さを共有せよというほうが無理というもの。一歩も外に出られない中、お気に入りの「8時だよ!全員集合」を見て久々に我が家にMの大きな笑い声が響く。


未曽有の事態、というものに、まさか自分が生きているうちに遭うとは思ってもいなかった。
当日は、たまたまNを両親に預けて友達と悠長にランチに出掛けていた私。ほんの数時間だったけど、4か月のNと年老いた両親の安否、Mの居所と無事がこの目で確認できるまでに味わった不安と恐怖は、一生忘れられないと思う。
しかしその後、ぞくぞくと報道されるむごい津波の映像、日に日に明らかになる被害の甚大さに、そんな私の恐怖など嘲笑せざるをえないということを思い知らされる。

地震直後、自宅にたどり着くより早く、イタリアから続々と「大丈夫か?」とメールが届き始める。北はピエモンテから、南はサルデーニャ、シチリア、プーリアまで。
東京は大丈夫なの?子供たちは?ご両親も無事?何かこっちから送るものはない?
「私たちの心は、いつでもあなたたちと共にある。だから頑張って!」そんな彼らの温かい言葉に、東京でさえ余震におびえる不安な毎日がどれだけ救われたか。
中には「一家でうちに引っ越して来てもいいのよ」というマンマも。そりゃ、いくらなんでも大げさでしょ、なんて当初は思っていたのだが
ここ数日の原発の事態を受けて、再び各地からメールが来る。
「本当に平気なの?子供たちを連れて、こっちに来たほうがいい。事態が収まるまでうちにいなさい」と真剣に薦めてくれるのだ。

欧米での原発に対する危機意識の高さを痛感する。
日本の先進技術を注ぎ込んだ原子力発電、その安全神話の崩壊が世界に衝撃を与えている。それどころか、中国やタイなどでは日本製食材を警戒する動きも出てるとか。
避難民が食料の取り合いもせず秩序を保ちつづける、そんな日本人を賛美する海外メディアの論調も、今度は一転して、原発に対して厳しい目を注ぎ始めている。
日本ブランドの代名詞だった安全、清潔、誠実、高性能…それらがすべてなくなって放射線漬けの国扱いされる日がこれから始まるのだ。

ただでさえ、東北地方が受けたダメージは計り知れない(本当に計ることはできない)。被災した人々がもとの生活を取り戻すまで、そして日本経済が復興するまで、何十年とかかるであろうに、さらに追い打ちをかけるよう、交通機関までも振り回す計画停電が、次から次に新たな白煙が見つかる原発が…今度は首都圏までもを大混乱に陥らせている。
わけもなく恐怖心ばかりあおられて、トイレットペーパーからパン、米、あらゆる食料品を買いあさる人々。こっちは、単に母に頼まれたお昼のパンを買おうと出かけただけなのにパン屋は売り切れ、駅ビルは計画停電の影響で従業員が出勤できず閉店、やむなくスパーのパンでもいいやと東急ストアに入ったら棚はガラガラ、最後の一個のパンをカゴに入れレジに並ぼうと最後尾を探していたら広い店内を2周してしまった。異常だ。
ママ友たちの話では、放射線物質を恐れて、子供を連れて西日本に避難してる人も続出してるとか。実家があろうがなかろうが関係なく、旦那をおいて、母子でとにかく東京を脱出してるらしい。

みんな、ちょっとおかしいんじゃない?
そりゃ放射能はこわい。私だって生後4か月の乳児や8歳の子供にとって、たとえ微量といえでも放射能は本当にこわい。政府や東電の言ってることだって本当はあてにならないと思っている。
でもさ、今回の震災、津波で何千人もなくなっているんだよ。いまだ数万人が行方不明なんだよ。福島の人なんて、地震、津波、原発の三重苦なんだよ。
被災者の人々を、東北地方を、まず元気にしてあげるために、首都圏の私たちは何ができるのかを、真っ先に考えないといけないはずだ。

…と、かくいう私も、子供たちつれてイタリアに逃げたい…。と心の中では思っている。
でも両親や親族、さらには日本を見捨てて自分だけ助かったとしても、おそれは本当に救われたことにはならないのだ。
被災地の人に比べたら我々が味わった地震直後の恐怖など微々たるものだけど、でも、家族がともに無事でいられることの大切さをこれほど痛感したことはない。
今までこうして何事もなく平穏な生活をおくって来れたのも、ただの偶然にすぎない、あるいはものすごく幸運だっただけなのかもしれない。

そんなことを書いていたら、8時だよ!全員集合も終わってしまい、カトちゃんが「お風呂入れよ~」と言っている。お風呂に入れる、そんなことだって、どれだけありがたいことなのか。

今朝、ボローニャ近郊で農家を営むジュリアーノから届いた励ましのメッセージ、最後にはイタリアのこんな諺が添えられていた。
"quando la notte e’ piu buia, l'alba e’ piu vicina"
~闇が深いほど、夜明けは近い~

今も命を懸けながら原発で作業している人たちのこと、安否のわからない被災地の人々、避難所で不便を強いられている人々のことを、ただただ祈りながら、さて、私は今日も粛々と生活しよう。
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ritz

Author:ritz
イタリア家庭料理研究家
本業は広告代理店コピーライター
1999年以来、毎年有給休暇を使い果たす作戦でイタリアへ料理修行。年に1〜2回のペースで子連れでイタリアの農家やマンマの家々を転々としています。
HP→http://www.ristorante-ritz.com
Facebook"マンマの台所Ristorante Ritz"→https://www.facebook.com/ristoranteritz/

著書に「トルテリーニが食べたくて」
日本ソムリエ協会認定ワインアドバイザー
U.M.A.O.オリーブオイル鑑定士
イタリア料理、子育てから、日本の旅、秘湯まで。

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