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イタ馬鹿日誌

昼は会社員、夜は母、週末は自宅で料理教室。ristorante-ritz.comのイタリア馬鹿な日々。

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みそぎのアボガドトースト



べつに一生牢屋に入るわけでもないんだけど、これから先の見えない“長くて暗い冬”に突入するのかと思うと、生まれちゃう前にすませておかなくちゃ、ということが、あれやこれやと思い浮かんで仕方がない。

何年もご無沙汰してしまってる人のもとに、勇気を出して顔を出しておくというのも、自由が利く今のうちにやっておかないとますます不義理を重ねてしまう。
ここ、「フルーツパーラー・フクナガ」もその一つ。
足しげく通い始めたのは、結婚する前の頃だったから、もう15年以上も前だろうか。
当時、体調を崩したり精神的に参っていた時期が重なったりで、今でこそ素直にふりかえれば、ズバリ摂食障害であったことを認めよう。会社ではひそかに「山中はガンかも説」とか「宮沢りえの激やせブームに乗っちゃった説」が流れていたほど。
そんな中、私の消えかけていた食指の灯に再び火をともしてくれたもの、それが「フルーツパーラー・フクナガ」の“フルーツトースト”なるものだった。

厚さ5センチはあろう分厚いトーストの上に、季節のさまざまなフルーツがどっさり、さらに自家製リンゴジャムをたっぷり乗せた上に、チーズをかぶせて焼いた、オープンサンドのようなものなのだが、
滋養あふれるフルーツがたっぷり摂取できるうえに、甘いジャム+塩気の利いたとろ~りチーズという、目からウロコの組み合わせにすっかりハマる。店のご主人の完全なるアイデアから生まれた一品だが、いま思えば、イタリアでもチーズの上にハチミツやジャムを乗せて供すというのは各地で見られる一般的なおつまみのようなものだから、当時の私が食指を動かされたのなんだか納得できる。
しかし15年前の激やせの私が、厚さ5センチのパンを平らげられるはずもなく、「パンは薄くしてください」と、特注でオーダー。ニコリともしないぶっきらぼうなご主人だったけど、黙って我儘に応えてくれた。
四谷3丁目という決して会社から近いわけでもない場所なのに、昼休みに会社を抜け出して、あるいは新宿のクライアントに行った帰りにと足しげく通ううち、「いつものね」と何も言わなくてもフルーツトーストが出てくるようになる。
で、そのフルーツトーストのパンが、行くたびに、私にはわからないくらいのほんのちょっとずつだけど、毎回確実に厚みを増していたことを、私はずいぶん後になって奥さんから知らされる。
「マスターったらさ、あんなに細くっちゃ心配だ。って言って、ちょっとずつ厚く切ってたのよ」
ご主人とは正反対に、常に笑顔でおしゃべり上手で、思わず“おかあさん”と呼んでしまいたくなるような奥さんもまた、この店の看板だ。
こうしていつの間にか立派な「5センチ厚切りトースト」をペロリと平らげるようになっていた頃には、私の体は、激やせ状態を見事に卒業していた。

そんなわけで、結婚が決まった時も、イタリア生きを決意したときも、本を出版したときも、そして息子のMが生まれた時も、まるで親戚のおじさん、おばさんのように応援してくれて、そして喜んでくれたご夫妻。
それなのに、仕事に復帰してからというもの、平日はいつも、保育園への迎え時間に追い立てられて昼間に会社を抜け出す余裕もないのが働く母の現実。
週末もなんだかんだMの習い事やら、保育園や学校の行事が入ったりで、ついぞ、なんと5年近くもご無沙汰してしまったのだ。

「ほんとに来たけりゃ、どんなに忙しくたって来れるものさ」
ずっと前に、ご主人からそんな風にボソッと言われたことがあったのを思い出した。パンがじわじわと厚みを増していった頃に、たまたま激務で一か月ほどご無沙汰してしまった時だったと思う。
いやはやまったくその通り。忙しい、忙しいなんて、なんの理由にもなりゃしないと、えらく反省したものだが、今回は1か月どころか、5年だ。
そう思うと、どのツラ下げて顔出せばいいのかかなり腰が引けたけど、あのフルーツトーストが久々に食べられるのかと思うと居てもたってもいられなくなり、たとえどんなに怒られたとしても行きたくなってきた。

午後からMの合唱がある土曜日、うんと早めに家を出て、満を持して家族で店の扉を開ける。
「いらっしゃいませ~。こちらどうぞ~」とアルバイトらしき感じのいい女性に案内された窓側とは逆行し、スタスタと厨房に歩み寄り、いざ勇気を出してご主人に話しかける。
「あのぅぅ…、ご、ごぶさたしてますっ!」
ご主人は庖丁を持ったまま一瞬だけ固まったあと、
「おうっ!」と笑顔に一転。そして
「ほら、これがその、ヤマナカリツコ」と、その女性にボソッとつぶやくと
「あ~~!リツコさん、ですね?! で、この子がMくん!?」
その瞬間、緊張していた体から力がいっぺんに抜けていく。
と同時に、不義理していた5年もの間、おこがましい言い方だけどきっとちょくちょく思い出しては話題にしてくれていたのかもしれない。そんなふうに思ったら、じ~ん…。あ、泣けてきた。
厨房の中でご主人といっしょに作業しているもう一人の若い女性は、なんと、ついこの間までランドセル背負って店に入ってきてた、あの“御嬢さん”だとか。しえー!

ご主人に、私が自分のお腹を指し示して、まずは妊婦になったことを告げると、
「ほー、Mに兄弟ができるのか!そりゃよかった!今日はね、どうしても食べさせたいものがあるのよ。ま、座ってて。あとのオーダーはあとで聞くわ」
と有無を言わさず、とっとと何かにとりかかっている様子。

そして、運ばれてきたのが、このアボガドトーストだ。
しっかり厚切りトーストの上にゴロン、ゴロンと大盛りのアボガド。その下には、ドライフルーツなどの隠し味をふんだんにつかった自家製のピザソース、そしてとろけるチーズもたっぷり。完熟のアボガドは青臭さもなく、まさに海のバター。パンが進むことといったら…もちろんこのトーストも5センチ級だ。
ビタミン、鉄分、食物繊維、おまけにコレステロールを下げる成分までたっぷり入ったアボガド…最近の検診で、貧血と高血圧を指摘されたことを、ご主人にまるで見抜かれてるかのよう。
「どう?うまいだろ?妊婦にはいいんだよ、アボガドは。今日は特にいいのが入ったからね」
こうして、いつも一番いい状態の果物を仕入れる、逆に、いい状態でないものは仕入れない。だから、ひとつとして「毎日まったく同じ味」のメニューはない。それがこの店のすごいところでもある。

アボガドトーストをたいらげてから、私たちはよくやくほかのメニューを注文することを許され、夫の好物であるいわゆる生クリームの入ったフルーツサンドと、ツナサンド、それからマンゴーのパフェ(季節限定のイチジクパフェを頼もうとしたがイチジクの苦手な男性陣に却下される)。
「うっ、やっぱフクナガのフルーツサンドが一番うめえっ」とつぶやく夫。
フルーツに関係のないはずのツナサンドまでもか、どこが違うのか、ひたすら旨く、Mもきれいに平らげてしまった。
マンゴーパフェも、とろっとろに熟したマンゴーの果実、マンゴーの手作りシャーベット、それからバニラアイスと生クリームをほんのちょっとだけという、甘いものを食べている罪悪感どころか、ただただ果物を食べまくっているという感覚。
カラダ全身に、栄養がいきわったこの感じ。お腹の中の赤ちゃんにまで、しかと届いたに違いない。

「いやだーん、リツコちゃーん!久しぶり!Mくんも大きくなったわねー。もうすぐ生まれるんだって?」
奥さんも途中からお店にやってきて私たちのところにかけつけてくれた。
ご主人も奥さんも、お店のメニューやディスプレイも、そしてこの店の温かさも、5年前となにひとつ変わらない。あえて変わったことを挙げるとしたら、おトイレが和式からオシャレな様式にリフォームされたこと、それから、すごいお客さんで賑わっていることだ。
「最近、おかげさまでお客さんいっぱいでね。マスターも休みがなくって。そうそう、だから日曜でも、お店はやってないけど下ごしらえするから店には居るのよ。だから気軽に寄ってよ、ね、ね」
ありがたい言葉である。

あっという間に合唱の時間が近づいてきた。店の外にまで待っている人がいることに気づき、私たちも慌てて店を出ることに。
「じゃね、元気な赤ちゃん、産むのよ」
明るく送り出してくれた奥さんと、生まれたら赤ん坊を見せに連れてくることを約束し、後ろ髪をひかれる思いであとにする。

ああ、でも、生まれる前に、もう1回くらい来ちゃうかもしれない。
だってだって、やっぱりフルーツトーストも食べたいんだもん。
「ほんとに来たけりゃ、どんなに忙しくたって来れるものさ」
昔のご主人のセリフが再び脳裏によみがえる。
本当にその通りだ。
足しげく通っていた当時となにひとつ変わらない、いや、それ以上の笑顔で迎えてくれたご主人と奥様に感謝しつつ、今度こそ不義理は繰り返さないと誓ったのだった。



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コメント

いいですねぇ・・・フルーツトースト! 朝食にぴったり! わーーーーーー食べたくなってきたーーーーー!! 参考にさせてもらいます。 そして一度お会いしてからと言うもの律子さんの人柄があちこちでよく現れてるな~と思いながらブログの更新を楽しみにしています。 次の帰国のときも寄らせてもらうの楽しみにしてますね~^^/ 

naocciさん、お元気そうで何よりです!
ボローニャはすっかり深い秋といったところでしょうか。
フルーツジャムとチーズの組み合わせ、naocciさんならお手製pizzaのトッピングでもよさそうですね。
次回の帰国を首を長~くしてお待ちしてます。
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Profilo

ritz

Author:ritz
イタリア家庭料理研究家
本業は広告代理店コピーライター
1999年以来、毎年有給休暇を使い果たす作戦でイタリアへ料理修行。年に1〜2回のペースで子連れでイタリアの農家やマンマの家々を転々としています。
HP→http://www.ristorante-ritz.com
Facebook"マンマの台所Ristorante Ritz"→https://www.facebook.com/ristoranteritz/

著書に「トルテリーニが食べたくて」
日本ソムリエ協会認定ワインアドバイザー
U.M.A.O.オリーブオイル鑑定士
イタリア料理、子育てから、日本の旅、秘湯まで。

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