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欲望の京都旅行~三日目~

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楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、気がつけば最終日。
家族ですっかり龍馬の世界につかりきって三日。
「ママ、赤ちゃんさ、予定日より一日早く生まれればいいね。そしたら龍馬と同じ誕生日だよ」
「おお!そっかー、そうだねー。それ、いいねー」
とか、うっかりマジで答えている私がいる。とほほ。

龍馬の足取りをめぐる旅、残すは京都御所付近だろうか。
宿を出てまっさきに向かったのは、龍馬が後見人になり薩長同盟が交わされた薩摩藩邸跡。
日本史の流れを大きく変えるきっかけの舞台となった、そして龍馬が生涯で一番の偉業を果たしたともいえるこの場所、現在は同志社大学のキャンパス。正門を行き来するおしゃれな学生の視線も、いまやすっかり気にせず子供と一緒にシャッターを切りまくる親と化している。
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つづいて御所に沿って西側をてくてくと南下し蛤御門へ。私自身は何度も素通りしているはずの門なのだが、こうしてじっくりと門の弾痕を数えていくなんてのは初めてかも。こうして息子につきあわなければできない体験はたくさんあるものだ。
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ここから御所の中へ。日曜だというのにひっそりと静まり返っているのは、雨が降りそうなお天気のせいだろうか。でもおかげで涼しくて散策にはうってつけだ。
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御所を横切り、反対側にある梨木神社へ。三条実美(と父の実万)を祀る神社というので行ってみたけど境内はひっそり。萩の名所でもあるらしいが、皮肉にもこれまた終わりかけの萩の花が侘しさに一層“花を添えている”という感じ。
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「ママ、この神社、なんだかさみしいね…」
ほんと、天気のせいをさしひいたとしても、さ、さみしすぎる…。
王政復古に一役買ったのに維新後は報われなかった実美自身を表しているような…といったら罰があたりそうだけど、ご朱印帳も、筆ではなくサインペンだし、なんだかますますさみしいぞ。

さて、幕末関連もひとしきり訪ね終わったし、この後は少し離れた寺院をめぐろうかということに。
「五重塔が見たい」という単純なMのリクエストに応え、仁和寺めざして一気に西へ移動。
Mがまだ2歳くらいのころに家族で訪れたことがあるが本人が覚えているはずもない。
ここで有名なのは、もちろん五重塔より国宝の金堂や優雅な御殿なんだけど、行き先に迷った時は、サイコロふるみたいに子供の嗜好にゆく手を委ねるのも悪くない。
ポツリ、ポツリと小雨がちらついてきたけれど、雨の仁和寺は観光客もぐっと少なく、砂利を踏み進む音が気持ちがいいくらいだ。
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888年に宇多天皇が仁和寺を完成。出家後にここを住坊にして以来、明治維新までの間、門跡寺院となり“御室御所”の名で親しまれてきたお寺。名勝“御室桜”でも有名だ。
まずは正面の階段を突き進み、金堂へ。桃山時代に建てられた御所の紫宸殿を移築した国宝の金堂は、名のごとく金の色彩が黒に映え、やんごとなきオーラ。ほかの寺社とはちょっと違う。
金堂の手前にぽつんと立つ小さな売店小屋(といっていいのだろうか)で買い物好きのMの足が止まる。
「おみくじしたいな~。あ、お守りもいいな~」
小銭入れに小遣いを入れて持たせてやっているものだから、ますます気が大きくなっているらしい。それとて、もともとは親のお金だっつうに…
呆れながらお守り選びにつきあってやると、ふと、かわいい亀の形をしたちりめんの「安全&長寿お守り」を発見。
「これ、かわいいんじゃない?長生きのシンボルだから亀なんだろうけど…」
なんて話していると、中に居た作務衣姿の白髪のおば様が、静かな口調で説明をしてくれた。
「金堂の瓦屋根の味を見てみてください。ほら、亀の上に人が乗ってますでしょう?秦の時代の中国の仙人で、3~4000年に一度しか水面に顔を出さない亀の姿をこの仙人は一生の間に3~4回も見たといわれてるんですよ。仁和寺に安置されている永遠の象徴としてお守りに使っているんですよ」
そう言われて屋根を見上げると、本当だ、龍みたいな亀の上に、人が乗っている。
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「右と左と両側に二体ずつございますでしょ?黄石公が乗ってる亀は、それぞれ阿吽の口をしているんですよ」
なーるほーどー。思わぬお宝を発見したような気分。教えてもらわなければ気づかずに素通りしていたところだった。
というか、そもそもMがお守りを物色しはじめなければ聞けなかった話でもあるわけだ。
「いいね、このお守り。学校のカバンにつけていけば?そうだ、ジージにも買っていって杖につけておいてあげよう。あ、いいよいいよ、ママが払うから」
…私も単純だ。
ここではこのおばさまがご朱印帳も書いてくださる様子。隣ページの梨木神社のサインペンご朱印がますますかすんでしまうほど達筆な字で「阿弥陀如来」と書いてくださった。
お寺もやんごとない雰囲気なら、おばさまもやんごとなきお人と見た。
「阿弥陀如来は仁和寺のご本尊ですからね…」
おお、例の、さらなる国宝の国宝阿弥陀三尊像か。ちょうど秋の特別拝観でこの週末から公開が始まったばかりとか。これまたラッキーである。
霊宝館で阿弥陀如来を拝観した後は、靴を脱いで御殿の中へ。
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渡り廊下を歩いていると、1000年以上前にタイムスリップしたみたいな不思議な感覚に。
幕末めぐりですっかり血なまぐさくなった身が洗われるようでもある。

思いのほか仁和寺を堪能してしまったら、すっかりお昼時を過ぎてしまった。
山門前の観光客相手の食堂に入るのもなんだかな…。とりあえず龍安寺まで15分ほど歩くも、静かな緑の丘を抜けるこの道沿いには店ひとつない。
ならばいっそと、洗われた身をさらに極めるため(?)龍安寺境内にある湯豆腐と精進料理の店へ。
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メニューは七草入り湯豆腐+精進料理の1種類のみ。広いお座敷に上がると同時に雨の降りが強くなり始めた。しかし雨にぬれる龍安寺の木々を香りまで愛でつつ料理を味わうのはなかなか気分がいい。観光客相手の精進料理と大して期待しないでいったのだが、ただの湯豆腐や野菜の酢味噌和え、胡麻豆腐のはずが、一品一品がとても上品でおいしい。子供好みの味付けが一切ないこうした料理だというのに、Mが片っ端から平らげていくのが何よりの証かも。
当初、大人二人分だけでは申し訳ないと思い、ご飯を追加で頼もうとしたら
「大人のコース二人分で、まずは様子を見たらいかがでしょうかね。残したらもったいないですし~」
なんとも商売っ気のない、いやいや禅精神が貫かれた対応に関心したものだが、いやいや、せめてご飯だけでも頼んでおけばよかったというほど、悲しいかな、私のぶんはほとんどMが食べてしまったほどだ。

龍安寺は、私にとっては高校生の時に「歴女仲間」と訪れて以来、ウン十年ぶり。石庭しか記憶にないことがお恥ずかしい限りだが、美しいのは石庭だけじゃなかった。鏡容池庭園という、湖のように大きな池を中心にすえる広い境内は、これだけでも散策の価値がある。石庭を構える仏殿は、この池のまわりをぐるりと回った奥にある。
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びっくりしたのは、外国人の多さ。といっても、清水寺や二条城で味わった感じともまた違う。聞こえてくるのは、フランス語、イタリア語、ロシア語…。ほとんどがヨーロッパ人なのだ。日本の美意識をストックな禅宇宙に見る西欧人の好きなものが、ぎゅっと詰まっているのが龍安寺なのかもしれない。彼らは、縁側に長いこと座りながらじっと石庭を眺め続けている。こうして、あくせくと次なる目的地をめざすべく去っていく自分たちが、むしろ恥ずかしいくらいだ。
と反省しつつ奥へ進むと、軒先にもう一つの見どころ「つくばい」が。水戸の黄門様、徳川光圀の寄進とされるこのつくばい、中央の手水の正方形部分を「口」の字に見立て、その上下左右を「五」「隹」「足の下の部分(→活字で出ない!)」「矢」という字が囲む。口という部首をそれぞれの字にくっつければ「吾唯足知(われ、ただ足ることを知る)」になるというわけ。
お釈迦さまが「遺教経」の中で説いた仏教の心の神髄。ううむ、わが身にするどく刺さる言葉である。ますます、反省しきり…。
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仁和寺、龍安寺とまわり心洗われたところで、このまま東京に帰ればさぞ清い身で明日からの日常生活に戻れそうなどころ、帰りの新幹線の時間は6時半、まだ数時間はある。
ならば、やっぱり最後は洛中に戻って散策し、最後は地下鉄で京都駅に出るのが確実であろう。おっ、そうそう、肝心の龍馬暗殺の場所「近江屋跡」も最後にチェックしないとね。
そうとなったら時間はそうない。思い切ってタクシーで河原町の近江屋跡まで乗り付けてしまう。
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現在はコンビニになっているこの場所、このコンビニでは龍馬グッズも販売。よくできてるな~と感心しつつ、「この湯呑が欲しい」と息子はもはや親の顔色すら伺わずに自分の小銭入れからとっとと小銭をかきあつめて買っているではないか。
そんな息子の負けじとばかりに、ふつふつと買物欲がもたげはじめる母。そう、洛中に戻ってきたのも、何を隠そう、大好きな三条界隈の路地を歩きながら、京都土産を買いたかったからだ。
雨がふりしきる中、息子と自分の相合傘を右手に持ちを、地図を左手に、あらかじめ目星をつけておいた店を地図で確かめながら路地から路地を縫うように歩き回って、あっちの京文具屋へ、小物屋へ、こっちのお茶屋へ、和菓子屋へ…。
後ろからついてくる夫は、一言もしゃべらず。気配からして不機嫌、いや呆れているのはとっくに承知だが、こちとらこの先、半年は自由の利かない生活を強いられる身、わがままさせてもらおうじゃないのと開き直って、息子と二人、突き進む。
そんな両親の間の空気を察知してか、
「あ、ママ、この店もよさそうだよ。入ってみる?」
「あ、ママ、これかわいいよ。買わないの?」
と物欲を盛り立ててくれるM。ふっ。男子はいつだって母の味方なのだ。
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途中、和菓子屋がやっている甘味喫茶でお茶をして季節の栗菓子とお煎茶。そのまま錦市場へ。丹波栗を買い、餅屋で栗おこわを買いと、最後の最後は、やっぱり栗で有終の美。

…気が付けば、新幹線まであと40分。
大慌てで地下鉄に乗り、慣れない乗り換えでバタバタし、京都駅ではあらかじめお届けサービスで預けておいた荷物を受け取るカウンター探しで右往左往…なんてことをやっていたら、あっという間に発車時間。家族それぞれ、両手いっぱいに土産袋を抱え飛び乗るのであった。
充実した旅ほど、こうしてあっけなく、そしてあわただしく幕を閉じるのだ。

それにしても、龍安寺の「吾、ただ足ることを知る」のつくばいの前であれだけわが身を反省したはずなのに、結局、足ることを覚えずに最後は物欲と食欲で締めている。
錦で買った栗おこわをバクバク平らげながら、黄門様すみません…と心の中で謝るのみ。
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息子の龍馬好きがきっかけでやってきた二泊三日の京都。龍馬のみならず、幕末めぐりに、寺院めぐりに、物欲めぐりにと、結局、親のほうもめいっぱい楽しんでしまった。
「龍馬が好き」とか「五重の塔が見たい」とか極めて単純な嗜好ではあるけれど、こうして息子本人から何かしら湧き出た興味や目的に従って行き先を選ぶというのも悪いことではない。
真の意味で旅を「共有する」ことができるようになったことを、今回の旅で身を以て実感するにつけ、Mも成長したもんだな~と思う。
子供って2~3歳のころが一番かわいいとはいうけれど、大きくなったらなったで、親はまた別の形で、子の成長のご相伴にあやかれるのだ。
まあ、ご相伴を期待してばかりいたら、親も見放される日がいずれ来るわけで、こちらも日々精進しなくちゃいけないわけだけど。
…おっ、いいね、精進。ちゃんと「精進」の世界に戻ってきたじゃん。なあんて。

さ、次に京都に来れるのはいつかな…。ほどなく始まる長い長い「私の冬籠り」の前に、いい思い出をつくってくれた京都に感謝。



*******(おまけ)お土産自慢**********
有名なお店にも、そうでないお店にも、お寺の売店にだって、京都ならでは掘り出し物はたくさん。そんなお土産を物色するのもまた、京散策の楽しみ。というわけで旅の散財のほんの一部をご紹介。

まずはこれが、例の亀もお守り。「仁和寺」金堂の屋根に鎮座する黄石公の乗る長寿のシンボル。ちりめんでできてるあたりがとってもかわいい。
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お守りに限らず、子供ってどうしてこう、キーホルダーが好きなんだろう。「龍安寺」で朱印を書いていただいている間にMが見つけたのが、この「つくばい」キーホルダー。
足ることを知らずに、こうしてキーホルダーを買ってるわけだから世話はない。
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Mのリュックはもはやじゃらじゃらとキーホルダーだらけ。
この萩の花の絵のついた鈴は、こわいほどさみしかった「梨木神社」で購入。鈴の音のほうはしかしながら、けたたましいくらいの音がするのが、なんだか笑える。その隣は「霊山歴史館」の入り口にあったガチャポンでゲットした龍馬のキーホルダーだ。
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龍馬といえば、龍馬グッズをいったいいくつ買わされたことだろう。
「寺田屋」でも高さ12~3センチほどのフィギュアがどうしても欲しいと言い出して、寺田屋の前を離れようとしなかった。こんなんどこでも売ってるじゃん、と夫もさんざん嫌味を言いながら買ってやったものだが、でもよく見ると、懐にピストル持ってたりして妙にリアリティがある。
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近江屋跡地に立つコンビニでお小遣いで買っていた湯呑はこれ。
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私はといえば、京都ならではの便せんやポストカードを見ると、もうガマンできない。
こちらは寺町「柿本」で見つけた、オリジナル便せん。東寺が店に発注して作らせているものとかで、東寺とこの店でしか売っていないらしい。
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もう一軒、どうしても寄ってしまうのが「高山堂 はし本」。鳥獣戯画モチーフの和紙の一筆箋や封筒などが、たまらなくかわいい。お手頃な下書き箋で充分である。
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こんなものも、普段は絶対振り向かないくせに、京都で見つけるとついつい気になってしまう。Mとお友達におそろいで買うことに。
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通なガイドブックなら必ず出てくるのが「村上開新堂」。クッキーは1か月待ちという信じられない人気。やむなくドライクッキーでがまんするも、ちょっと焦げたような風味といい、バター分がしゃしゃりでない素朴な味わいといい、どこか懐かしい味にほっとする。
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玄米茶を初めて販売したのがこの店と聞き、今回初めて寄ってみたのが「蓬莱堂」。かりがねほうじ茶も合わせて買ってみる。
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さて秋の京都といえば、私の目当てはなんたって栗、栗、栗。
リストランテ美郷の毛利シェフが知人の菓子バイヤーにわざわざ聞いてくれた最近話題という栗菓子は、茶碗坂にある「局屋」の「庭の栗」。大きな丹波栗の甘露煮を白あんでくるんで栗の形を模したもの。
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もちろん申し分なく美味しいのだけど、伏見散策の際に通りがかりの地元の二軒の和菓子屋で買った、それぞれ「くり餅」と「栗じょうよう饅頭」も、甘さ控えめでお世辞抜きに上品で美味。
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栗菓子というと、つい、つぶしたり裏ごしたりと加工したものを期待しがちだけど、京都の場合、どれも丹波栗が丸ごとごろんと入った餅だったり、饅頭だったりと、結局、栗そのものを極力いじらないというのが、つまるところ丹波栗というブランドに対する敬意なのだろうか。
そんな結論に勝手にたどりつき、錦の高級京野菜の店で最後に思い切って買った丹波の栗。ゆでて食べても蒸して食べても、期待通りの濃厚な滋養に満ちた味わいが詰まっていた。
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ritz

広告代理店コピーライター
イタリア家庭料理研究家
HP→http://www.ristorante-ritz.com
著書に「トルテリーニが食べたくて」
日本ソムリエ協会認定ワインアドバイザー
イタリア料理、子育てから、オペラ、日本の旅、秘湯まで。

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