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イタ馬鹿日誌

昼は会社員、夜は母、週末は自宅で料理教室。ristorante-ritz.comのイタリア馬鹿な日々。

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欲望の京都旅行~二日目~

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昨日の霊山歴史館で息子にせがまれて買ってやった子供向けの「風雲幕末 龍馬が走る」という、イラストと振り仮名満載の本が、意外といちばん使えるかもしれない。
昨日の散策では見逃がしてしまった近江屋跡も、わかりやすく地図に表記されている。午後に市内に戻ってきたら、さっそく昨見過ごした龍馬スポットをこの本頼りに廻らねば。
とりあえず、二日目の今日は、なにはさておき伏見を目指す。
その前に、まずは腹ごしらえ。
ホテルのビュッフェではなく、1階のコーヒーハウスで朝からドルチェ。でもホットケーキ、うまし…。
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お腹もいっぱいになったところで、さっそく伏見へ。伏見といえば、何を隠そう、4年ほどまえ所要で単身で京都にした際、ちょうどお店が定休日だった毛利シェフ、そして奥様とともに3人でドライブしがてら酒蔵めぐりデートを楽しんだことがある。その頃は龍馬の史跡なんぞには目もくれず、片っ端から日本酒の試飲に、お土産にと優雅な一日を過ごした覚えがあるが、今回は極めて真面目な伏見旅。
京阪線にのって15分ちょっと。伏見桃山駅に降り立つと、外国人であふれる洛中とは打って変わって、まるでうちの近所の武蔵小山商店街のような庶民的なアーケードは地元のおばちゃんたちでにぎわっている。
屋根付きアーケードを逸れると、真夏のような灼熱の日差し。あ、あつい…。
一歩路地を入れば、ひっそりとした普通の住宅街。でも5分ほど歩いていくと、観光客が次第にふえはじめ、いつの間にか古い酒蔵の立ち並ぶ伏見らしい景色に包まれる。
濠川のほとりに出ると、川の上手になぜか人が群がっているけど、なに?かと思えば、やっぱり「寺田屋」であった。
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狭い道路にひっきりなしに観光バスが横付けされ、次々に建物の中に人が吸い込まれていくさまにちょっと引きつつ、負けずに中へ。
初めて日本にやってきたパンダを上野動物園に見に行った40年前を思い出してしまうほど、途中で立ち止まるのも許されないくらい、ぞろぞろ、ぞろぞろ…2階の床が抜けちゃったりしないんだろうか…。
龍馬と三好慎三が襲われたという部屋に入ると、弾痕発見!
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「高杉晋作にもらったスミスアンドウエブソンの銃で撃ったあとだよね!」と息子もコーフン気味。寺田屋再建説はあるものの、確かに、こういうのを見るのはやはり臨場感がある。
お龍が裸で駆け上がったという階段を下ると、そこにはお龍が入っていたお風呂が。
さらには、玄関からつづく板の間の部屋、ほとんどの人が目もくれずに素通りしていくが、ここは文久2年に有馬新七ら薩摩急進派上意討ちが繰り広げられた悲劇の間である。
寺田屋って、幕末の大きなうねりを見つめてきた宿なんだな、と改めて思ったりして。
と感心していたらこんな写真がたいそうに飾ってある。勝海舟をはじめ、龍馬、高杉晋作、木戸孝義ら志士たちが一堂に会している集合写真。…これはちょっとウソくさいな~。
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寺田屋の前を流れる川沿いの一帯、本材木町という地名通り、当時は材木置き場が立ち並んでいたらしい。しだれ桜に柳、そして酒蔵と、熾烈な争いの舞台になったとは思えないほど風情ある景色だが、龍馬が一時隠れていたという材木小屋も、ちょうどこのあたりにあったに違いない…。
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と感慨にふけりつつ本を読みこむと、龍馬が潜んでいたと“される”材木小屋が立っていたと“される”場所は、ここからさらに数キロほど川を上った、薩摩伏見藩邸跡あたりにあるとか。
一駅ぶん以上はゆうにある距離、炎天下の散策で3人とも早くもくたくたになってしまい断念。代わりにといってはなんだか、材木置き場に逃げ込むまでの間、龍馬と慎三が敵の目をくらますために一瞬逃げ込んでいたと“される”西岸寺なるお寺に行ってみる。
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途中には和菓子屋さんがいくつか。「くり餅」「栗薯蕷饅頭」の張り紙にひかれて、2軒で栗菓子をゲット。ガイドブックなんぞに載っていない店でこうしてお菓子を買ってみるのもまた、旅の楽しみのひとつ。
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伏見散策を切り上げ、おいしいお昼ご飯を食べたい一心で急いで洛中へ戻るも、時すでに2時。足腰もふらふら。ということでできるだけ駅の近くでと、不本意だけどガイドブックだのみで祇園の洋食屋さんへ。
私は洋食弁当を注文。上品な風貌(ついでにお値段も上品)だけど、お味も上品でおいしかった。
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どんなに疲れても、こうしてちょっとでも腰をおろし、ガソリンを入れれば、よし、また歩くか!という気になるのは、やっぱり京都という場所の成す業なのか。町全体が、まるごとパワースポットみたいなものだ。

せっかく祇園のど真ん中にいるのだからと、お次は京都最古の禅寺「建仁寺」へ。
紅葉には程遠い、むしろ「新緑」色の境内だけど、それでもなんとなく差し込む光は秋の日差し。国宝の風神雷神図屏風の本物は残念ながら未公開だけど雲竜図でガマン…。
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さて、今夜、京都のもう一つの目的であるS夫妻との再会。まだ日もあるし、約束の6時半までにはまだ時間がある。
「二条城とか、行っておけば?」
珍しく夫が提言。どうせ明日の最終日は、龍馬関係で見逃したところも見なくっちゃ、寺めぐりもだ、土産もだ、もっとあわただしくなることを見越したのだろう。いや、もっというとそれにつきあわされるわが身の危険を察知したのだろう。
てなことでここは夫の提案に素直に沿って二条城へ。
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残念ながら、二の丸御殿の中は撮影禁止だが、当時の栄華をそのまま伝える御殿の中は、とにかく立派。大政奉還がなされた大広間などを目にすると、「おおっ、ここが…」と思わず声が出る。
ここもとにかくすごい人、人、人、中でも外国人ツアー客の多さは、その人種も含めて京都一なのではないだろうか。世界遺産のうえに「城」というわかりやすさからいえば当然なのかもしれないけど、大政奉還を含め、外国人にこの城の歴史的な意義をどれだけ理解されているのだろうか、というか、果たして本当に理解してもらう工夫をしているのだろうか、ふと疑問になる。といっても私だって、ベルサイユ宮殿に行ったところで「うわーきれい!」とか「うわー広い」とかで満足して終わっているわけで、余計なおせっかいなのかもしれないけれど…。
そんなことを思いながら外へ出て二の丸庭園を散歩していると、突然、“葵のご紋好き”のMが
「あ、葵だ!」とカメラを構える。
見上げると御殿の一角の屋根のつまに小さな葵の紋が。っていうか、その下の大きな菊のご紋は目に入らないわけ~?!とMに菊の紋章の意味を伝えようとしてふと気づく。
なるほど、葵のご紋と菊のご紋。この二つが並んで共存しているなんて、この二条城しかあり得ないのではなかろうか。
幕府にとっての城であったと同時に大政奉還後に二条離宮と呼ばれるようになった二条城。あとで調べてみると大政奉還後は菊の紋章が大半を占めるようになり、今では白書院の屋根と車寄せの天井くらいにしか葵の紋所は残っていないのだとか?!
Mも、わが息子ながら、よく見つけたものだ。でかしたぞ。

二条城に予想以上に魂をゆさぶられたあとは、今夜の約束のお店の近く、寺町近辺へ。
長州藩邸跡のあたりをうろついて木戸孝義像をチェック。さんざん龍馬の足取りをめぐって来たあとで見る桂小五郎とあって、つい
「いいわよね、桂さんは。しっかり生き残って」
「ちゃっかり新政府にも入ってるしな」
「ほんとだよね。なんたって“逃げの小五郎”だもんね」
と、夫婦そろって口が減らなけりゃ、子も口が減らないという、どうしよもない我が家である…。


さて、いよいよ今回の旅のハイライト、京都在住のS夫妻との再会。
奥様のMさんとは、もう10年以上のお付き合いになるだろうか。実は、私が初めてイタリア・ボローニャで長期滞在した11年前のステイ先の夫婦に紹介されたのがMさん。つまり、同じボローニャの父母を持つ、私にとっては姉のような存在。仕事が長く休めないご主人をおいて毎年単身でイタリアに必ず長期滞在してらして、イタリア活動の大大大先輩でもある。だから、こうして東京と京都で遠く離れていても、イタリア活動で壁にぶちあたったとき、ついなんでも相談してしまうのだ。
本業は高校の教師だけれど、その傍らボランティア同然でイタリア倶楽部という愛好会を立ち上げていて、そのお手伝いと称して私も何度か京都に足を運ばせていただいたことも。
今回、私たちを連れて行ってくださったのは、ご夫妻がいきつけの割烹。それこそ、こうして地元の人に案内していただかなければ決して訪れることのできない隠れ家のようなお店だ。
最初にびっくりしたのは、息子用にMさんが特別にオーダーしておいてくださった一皿。
お刺身の盛り合わせで使われるお刺身で贅沢にも握りや手巻き寿司、本来は上品な焼き魚として出てくるであろう鯛の塩焼きに、見るからに高級そうな牛肉のステーキなどなどが、ぎっしり盛られている。
自らも同じ年のころのお子さんがいらっしゃるというお店のご主人の配慮がたくさん詰まった、しかしなんとも贅沢な“お子様セット”、愚息にはもったいないくらい。私が食べたいよぅ…。
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しかし、その後、次から次に出てくるお料理の素晴らしいことといったら…。かしこまった懐石料理なんかではなく、素材の味をひたすら大事にしたシンプルな味付け、でも手の込んだお料理の数々。
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松茸の土瓶蒸しも「走り」とはいえ堪能できたし、何より、締めの「鯛の炊き込みごはん」が、もう最高。
すっかりごちそうになってしまったうえに、夫はといえば、Mさんのご主人と例によってすっかり意気投合。何杯日本酒を飲んだだろうか。夫よりイタリアに夢中な妻を持つ者同士(?)としての結束がますます強まったのではないだろうかと、Mさん&私としては、これまたうれしい限り。
Mさん、そしてご主人様。楽しい晩を本当にありがとうございました。

こうして、旅の目的も着々と果たしていくことに、充足感の一方でさみしさも覚えつつ、明日はいよいよ最終日だ。




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コメント

なんで楽しい旅行ができるなんでしょうかねぇ。
本当にいいじゃないでしょうかねぇ。
もともとは自分らしさのものを引き出して、

Re: タイトルなし

> なんで楽しい旅行ができるなんでしょうかねぇ。
> 本当にいいじゃないでしょうかねぇ。
> もともとは自分らしさのものを引き出して、

コメントありがとうございます。
途中で文章が途切れていて…最後まで読みたい私です。
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Profilo

ritz

Author:ritz
イタリア家庭料理研究家
本業は広告代理店コピーライター
1999年以来、毎年有給休暇を使い果たす作戦でイタリアへ料理修行。年に1〜2回のペースで子連れでイタリアの農家やマンマの家々を転々としています。
HP→http://www.ristorante-ritz.com
Facebook"マンマの台所Ristorante Ritz"→https://www.facebook.com/ristoranteritz/

著書に「トルテリーニが食べたくて」
日本ソムリエ協会認定ワインアドバイザー
U.M.A.O.オリーブオイル鑑定士
イタリア料理、子育てから、日本の旅、秘湯まで。

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