FC2ブログ

イタ馬鹿日誌

昼は会社員、夜は母、週末は自宅で料理教室。ristorante-ritz.comのイタリア馬鹿な日々。

0

夏の終わりの水ようかん&温泉

2010_9_15_1
水ようかんの食べ方には人それぞれ流儀があったりするのだろうか。
私の場合、幼少の頃から水ようかんが好きで、フォークでできるだけうすーく、うすーく、フォークがすけるくらうすーくそぎ落としながら味わうのが常だった。

さて、週の始まりの夜に水ようかんが届いてからというもの、そんな幼少のころを思い出しながら、賞味期限の木曜まで毎晩1つずつ水ようかんを楽しむ毎日。おかげで、9月に突入してもしつこいくらいのこの猛暑をなんとか乗り切っている。
日光は東照宮の参堂に店を構える老舗の羊羹屋さんの名は、「鬼平」と書いて「おにへい」、いやいやそうではではなく「きびら」と読む。
宇都宮出身の上司、E男さんから、日光近辺の話題になるたびに20回は聞かされていたウワサの水ようかんガコレ。一切れが普通の水ようかんの2倍の大きさはあるものの、さっぱりとみずみずしく、甘さ控えめでペロリと平らげてしまう。

というのも…実はまたもや温泉に行っておりやした…。
体の不自由な父を、いつか温泉に連れていってあげようねと母と言いながら長いことそのままになっていたのだが、考えてみたら、出産しちゃったらそれこそクルマ一台じゃ行けなくなるわけで、よし、今しかない!と思い立っての行動。
奥塩原温泉をめざしつつ立ち寄ったのが日光というわけ。
金谷ホテルでランチを済ませた後、「鬼平」へ行き、猛暑の中水ようかんをひっさげて温泉に行くわけにもいかないので、クール便で自宅、そしてE男さん宅へ送る手配完了。
で、すっかり日光に来た目的を果たしたつまりになりかけていたが、もともとは、時間もあるから東照宮でも寄っていくか、という話だったっけ。
しかし、金谷ホテルで昼食を済ませるだけで、父の身体がこちらが想像していた以上に自由が効かず、何をするにも時間がかかることを改めて痛感。この分じゃさすがに東照宮は厳しい…。そこ予定変更して訪れてみたのが、「田母沢御用邸」だ。大正天皇が皇太子だった明治末期の頃から歴代天皇や皇太子が別荘として使用してきたこの御用邸。最大の特徴は、当時、もともと敷地内に立っていた民間住宅に、当時赤坂離宮に使われていた旧紀州徳川家江戸中屋敷の一部を移築、さらにその後も増改築を加えて現在の広大な屋敷になったという、いってみれば江戸、明治、大正のすべての時代の最高建築様式を一気に見られるという点にあるらしい。
広大な屋敷の中はすべて、別に下調べしていったわけでもないのだがまるでお誂えのようにすべてが車イスで回れるよう絨毯敷き、障害者対策もバッチリである。
2010_9_15_2
ところで今回の旅、車椅子をトランクから出し入れしたり、クルマを駐車場から車寄せに停めなおしたりと、一番体力的負担を強いられるのはやっぱり夫なわけだが、そんな彼には、こんな私でもやっぱり気を遣う。
なので私ができことはできるだけ私が、と思うのだけど、妊婦が車椅子を押すのって、やってみるとなかなか大変。そんな中、意外にも、ものすごーく役に立ったのが息子のMだ。
「ジージの車イス、Mが押す、Mが押すのーっ。ママ、手、離してっ。バーバも触らないで。ちょっと、Mに任せてってばーっ」
建物の中じゅうが貴重な重要文化財だけに、車イスを押し損ねて柱や壁に傷でもつくったらどうしようと、こちらはヒヤヒヤだったのだが、いざ任せてみると、これがなかなか巧い。母と夫と私が、ちょっと足をとめて見入っていると、ご丁寧に車椅子をバックさせて舞い戻ってくるなど、結構気遣いもできている。
2010_9_15_3
ところでこの田母沢御用邸には、つくづくため息しきり。広大な敷地はもちろんのこと、館内を見て周っていると、今にも向こうから徳川将軍が歩いてきそうな、あるいは大奥の女たちの着物が摺れる音が聞こえてきそうな…、かと思えば、大正モダンな洋風のライトやアメリカ製のスイッチなどに目を奪われたり…、建築の変遷を見ながら、歴史体験もできるような、なんともいえない空間だ。
折りしも、館内の最後の部屋では、長野や北関東を巡回してきた「どくとるマンボウ昆虫展」なるものを開催中でこれまたトクした気分。北杜夫氏が自ら採集した昆虫、メモ書きなども直筆のまま展示されていて、なかなか見ごたえがあった。

あらかじめ行き先を決めてかからない障害者連れの旅。それはそれでだからこそいろんな収穫があるものだと痛感する。
いつもなら足早にパッと見で終えてしまうところ、車イスのペースに合わせて一歩一歩ゆっくりと進んでいくと、普段は見えないことも見えてくるものだ。

さて、そんなこんなでちょうどよい時間になったところで、今宵の宿を目指す。
5日前に急に決めたから、完全バリアフリーの温泉を探したり吟味している時間もなく、今まで行った中から、ベッドがある部屋があり、お湯のいい近場の宿ということで選んだのが、奥塩原温泉「下藤屋」。
なにより若女将が「介護の方がいらしゃれば全く問題ないですよ。うちはこじんまりとした宿ですし、ゆっくりお過ごしください」といってくださったことで決めてしまった。

前にここを訪れたときは、保育園仲間の3家族で来たのだが、ちょろちょろする子供連れでも本当にのびのびと過ごせたのを覚えている。
今回は別の意味でさらにご迷惑をかけることになるわけだが、にもかかわらず、宿の若女将をはじめ、従業員のおじさんたちがとにかく親切で、中には父の両手をとりながら、部屋から部屋へ移動するのを手伝ってくれた方もいたくらいだ。
バリアフリーではないから、ちょっとした移動にも時間はかかるし、お風呂に入れるのも一苦労だったけれど、父も母も喜んでくれたのが何より一番だ。
白濁した、硫黄臭のしっかりしたお湯は、特に母が気に行ってくれて、プールの友達との温泉旅行に今度はここを提案してみると張り切っている。
2010_9_15_4


翌日は、あいにくの雨。それでも、道の駅によって野菜を買い占めたり、日本一長いつり橋を渡ってみたり…、それなりに楽しめるものだ。
実の父だと、みんなしてこんなに父のために身を尽くしているにも関わらずわがままな発言もあるもので、ついこちらもイラっとする瞬間があるのだが、そんなときは息子に
「ママ、ジージにイライラしないって、Mと約束したでしょ」
と小声で諭される。
はいはい、その通りでございます。
今回の旅では、いろんな意味で、Mには本当に感謝しないといけないな。
最後は千本松牧場によって、遅めのお昼ご飯を食べて、ソフトクリームを堪能したあと、「鬼平」の水ようかんよりも先に家に到着すべく、家路についた私たちであった。

夕飯が済み、一息ついたころに、母がやってきて一言。
「パパのためにこんなに疲れてもさ、一休みして時間がたつと、大変だったことも忘れちゃうのよね」
さすが、長年、一番近くで介護してきた人間の言うセリフである。
もう一人子供が生まれても、車が2台になろうと、再び父を連れて温泉にいけるかもしれない、凝りもせず、再びそんな気がしてきた。
両親には、細々とでもいいので、せいぜい長生きしてもらおう。


スポンサーサイト



コメント

非公開コメント

Profilo

ritz

Author:ritz
イタリア家庭料理研究家
本業は広告代理店コピーライター
1999年以来、毎年有給休暇を使い果たす作戦でイタリアへ料理修行。年に1〜2回のペースで子連れでイタリアの農家やマンマの家々を転々としています。
HP→http://www.ristorante-ritz.com
Facebook"マンマの台所Ristorante Ritz"→https://www.facebook.com/ristoranteritz/

著書に「トルテリーニが食べたくて」
日本ソムリエ協会認定ワインアドバイザー
U.M.A.O.オリーブオイル鑑定士
イタリア料理、子育てから、日本の旅、秘湯まで。

Calendario

08 | 2020/09 | 10
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 - - -

月別アーカイブ

FC2カウンター

ブロとも申請フォーム

ブログ内検索