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イタ馬鹿日誌

昼は会社員、夜は母、週末は自宅で料理教室。ristorante-ritz.comのイタリア馬鹿な日々。

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母さんが連れて行く下田①~龍馬の足跡~

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「龍馬の足跡をたどる旅 in下田」
そう銘打って行ったきた、息子Mと二人だけの最後の旅から早2週間。
二学期はとっくに始まっているけれど、自由研究の最終締切りである8日を目前に、ぎりぎり間に合った彼の作品。
無事に提出と相成ったところで、息子に負けじと、遅ればせながら私もちょっと旅の報告をしてみようと思う。

まずは、熱海~下田間を走る伊豆急行の特別電車「黒船電車」に乗るべく、新幹線でわざわざ熱海まで。
プチ鉄としては当然「スーパービュー踊り子号」にしたかったが、ちょうどいいタイミングで接続できるスーパービューがなかったために断念。新幹線は平日の金曜だというのになぜか混んでいて、やむなくグリーン車を購入した。たかがガラ空きの鈍行電車「黒船電車」に乗るためにわざわざグリーン車で熱海まで行くなんて本末転倒のような気もするが、この際、背に腹は変えられん。
ところでこの「黒船電車」とやら、これといって特にすごい電車でもないのだが、下田開港150年を記念して数年前から一日数本だけ運行している“黒塗り”の電車。普通列車であるからして全席自由席なのだが、黒船にちなんだ資料や展示が車内に施してあって、ちょっとした「下田上陸」気分を盛り上げてくれる。今年は“龍馬Year”だけあって、ヘッドマークは坂本龍馬の限定バージョン。これ、やっぱ自由研究的にはおさえるでしょう。
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全7両の車両のうち、一番前の前半部分、運転席の後ろに進行方向に一様に向いている椅子が6列だけあるのが「展望室」。他はすべて、海側は、オープンな窓の方に向かってソファみたいに座席が配置されている通常のリゾート21と同様の仕様。これはこれで気持ちがいい。
息子は迷わず「展望室」派。運転席との仕切りはガラスのついたて一つで完全な仕切りがないため臨場感があるものの、展望室といっても全員運転席を臨んでるわけだから、海の眺めというよりは運転席を展望する部屋といってもいいくらい。
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結局、空いているのをいいことに、二人して行ったり来たりしながら、鈍行列車1時間半の旅を飽きることなく存分に楽しんでしまった。

終着の下田駅についたのは、午前10時半。
駅前に早くもハタめく「下田龍馬伝」なるノボリ。下田の街もここぞとばかりに盛り上がっているようだ。
駅のコインロッカーに大きなボストンバッグを預け、まずは、駅前にある観光案内所へ。
ここで「龍馬記念コイン」を買わされる。1,000円なり。まぎれもなく「龍馬伝」便乗商品なるも、こういう時は気分を盛り上げる方を優先するものだ。
ボランティアで案内所に詰めているおじいさんとおばあさん、こちらの事情を知るといろいろと情報をくれる。まさに「龍馬の足どりを歩く地図」的なものから、各施設の割引クーポンがついてる地図などなどいろいろもらって、さあ、いよいよこの炎天下の中、龍馬の足跡をたどる街歩きがスタート。

まずは「宝福寺」へ。勝海舟が、龍馬の脱藩の許しを乞うために、土佐藩主山内容堂と謁見をした場所である。寺の本堂には「下田奉行所」の札も。なかなか珍しい光景だ。
言ってみれば、そもそも龍馬と下田を結びつける場所はここしかないんじゃなかといってもいいくらいの、いきなりメイン中のメイン。
しかしこの寺、もともとは、ハリスの侍妾だったお吉ゆかりの品々を飾ってある「お吉記念館」がある寺としての方が有名。でも龍馬伝以来、急遽、新たな観光ネタのアッピールを図ったとみえ、寺の前には新しい木製の「龍馬像」が仁王立ち。「勝海舟・山内容堂謁見の地」なるノボリも新品と見た。
本堂の横にある「お吉記念館」のガラスの向こうで、おばちゃんが手招きするように客を待ち構えてる様子だが、そもそも龍馬となんの関係もないお吉の展示に入場料を払うのも馬鹿げている。「お吉って誰?何した人?」というMの質問にも答えに窮してしまったので「お吉記念館」はパス。
……なんだ、もう終わっちゃったじゃん。龍馬の足跡。
と言いたいところ、ぐっとおさえて、そうそう、そもそも龍馬の人生を左右したのが黒船との出会い!その黒船を知ることも、大事な龍馬の足跡よね!と息子と自分に言い聞かせつつ、下田観光続行。

しかし駅から200メートルと歩かないうちに、早くも汗が額をしたたり落ちる。
「撮ってあげましょうか?」とすれ違ったご夫婦が親切にシャッターを押してくれるも、笑顔をつくるどころか、じっと立つのもつらい状況である。
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かろうじて日陰を選びながら、通りをさらに直進。ペリー来航の土地ならではのこんなマンホールを発見し、ちょっと心和む。
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つづいて「下田開国博物館」へ。最初の観光案内所で入場割引券を進められてつい購入してしまったのだった。ペリーや黒船、ハリス、唐人お吉や吉田松陰にちなんだ遺品や絵画、展示物。当時の書簡や絵画など、展示してあるものはほとんどがコピーであるが、日本史の授業で習った遠い昔の記憶が掘り起こされていくような感じで、ついむさぼりつくようにくまなく見てしまう。

再び灼熱のアスファルトをてくてく歩いて、お次は「了仙寺」へ。
ペリー一行が日本の地を踏んだ後、この寺まで行進してここで条約を結んだという、下田において、ある意味もっとも歴史的意義のある寺だ。
この寺にも了仙寺宝物館なる博物館がついているが、展示物はさすがに息子も飽き飽きだろう…のはずが
「ママ、入ってみようよ」
見ると、入口近辺には、魅力な売店コーナーが。なるほど、これが目当てか。というわけで入場料は払わずに売店だけ物色。
「あ、これ、いいな~。あ、これも龍馬の研究に役に立ちそうだよ、ママ」
とか、なんとか、上手にのせられ「龍馬の名言カレンダー」と「龍馬のトランプ」を買わされる。
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寺の裏門から出ると、(いや、こっちが表の山門だったのかも)今度は「ペリーロード」なる小川沿いの小道につながり、この小道を進めば「ペリー来航の港」に行き当たるらしい。
要するに、ペリー一行が上陸してから寺までてくてく歩いた道のりを、私たちは逆方向に辿っていくことになる。

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このペリーロード、古い石の橋といい、大きな柳の木や蔵の家などが立ち並ぶ感じといい、まるで祇園の裏通りのように風情たっぷり。たくさんシャッターを切りたいところだが、しかし、いかんせん容赦なく照りつける太陽に、私も息子も汗がどんどん吹き出てきて、情緒を味わっているどころじゃないのが残念な限り。
時計を見れば、すでにお昼過ぎ。日差しから逃げるように、二人してかけこんだ路地裏の店が、ハワイアンっぽい名前のついたレストランだ。
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ひえ~。やっと息ついた。マンゴージュースがしみわたる。
「このレストラン、なんだかイタリアみたいだね」と息子。思い切りハワイアンなのに、なんで?
「だって、奥さんがお料理して、旦那さんが、お客さんの相手してるもん」
確かに。若いご夫婦だけど、奥さんは小さな厨房に入り料理をし、ご主人が客担当。
こういう店に間違いはない。というのがイタリアの定説。この店も、私が頼んだシーフードカレーも、Mが頼んだホットサンドも、なぜかものすごくおいしい。
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「ボク、ずいぶん本格的なカメラ持ってるね」
なんてところから会話が始まる。この店はどうやらサーフィン好きのご夫婦がどうやら引っ越してきて始めた店らしい。
「ボク、せっかく下田に来たのに、泳がないの?」
「うーん、海も嫌いじゃないけど、歴史の方が好き」
龍馬の自由研究の取材で訪れたことを話すと、店においてあった「下田龍馬愛好会」の人たちがまとめた龍馬にかかわる小冊子をプレゼントしてくれた。
二人旅の母子に温かい手をさしのべてくれるところも、なんだかイタリア人みたいだな。
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さて、ガソリン満タンになったところで探索再開。
ガイドブックを再び広げたところで、ふと、さっきの了仙寺の宝物館にこそ、コピーなんぞではなく当時のペリー一行や下田の庶民を描いた本物の絵画が国内最大規模で展示されてあることを知る。
「M!やっぱりあの宝物館、ちゃんと中も見ていったほうがいいみたい!」
ここまで来たら、後々後悔しないよう、見ておかなくちゃ損!状態の私。人間、限界まで汗をかくと、とことん汗かきたくなるのかもしれない。
再び150メートルほど小道を舞い戻り、入場料も惜しみなく払って貴重な絵画を拝見。
さあ、これで悔いなく、下田探索を続行できる。

日影ひとつないペリーロードを、今度は海に向かってぐんぐん進む。数百メートル歩くと急に視界が開けて、突然、紺碧の海へと招かれる。下田湾のちょうど西の先端に、ぽつんとそびえたつペリーの胸像発見。上陸記念碑である。
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下田駅に降り立ってから、てくてく海に向かってから4時間。がんばって歩いた甲斐あって、主だった名所はなんとか制覇した。
「あ、黒船だ!」
え?黒船??抜けるような青空の下、下田湾のかなたに目をやると、黒船サスケハナ号をそっくり模した遊覧船が、気持ち良さそうに湾内を走っている。
「あれ、乗ってみたい!」
ううむ、あれに乗るには、下田湾のまったく真逆の東端にある乗り場まで行かないといけないんだよな…。
遊覧船センターに試しに電話してみると、ちょうど15分後に便が出るも、ここから徒歩だと最低25分はかかると言われてしまう。
じゃ、次の便にしようか。さて、それまでどこかで茶でもするか…と何気なくガイドブックを取り出すついでに、ふと、さっきのレストランでご主人に頂いた下田龍馬研究会がまとめた小冊子に何気なく目をやると…
な、なぬ!?勝海舟が山内容堂に謁見したときの和室、さらにはそのとき交わした杯まで、宝福寺に展示されているというではないか。
そんなの、あの本堂しかなかったような寺の、いったいどこにあったというだ!
いや、もしや普段は非公開なのかも、でも、そうじゃなくて単に見落としたいただけだとしたらそれこそ大後悔。そこで今度は宝福寺に電話。
「公開してますよ。お吉記念館で」
お、お吉記念館にあったの~!?だったらお吉記念館とか名乗るなよっ。
ああ、入場料をケチってすっとばした母が悪かった。息子よ、すまない。
というわけで舞い戻ってばかりの下田散策である。
「でもさ、ちょうどいいんじゃない?宝福寺戻って『およしキネンカン』寄ってさ、それから黒船乗り場行けば、時間的にちょうどいいんじゃない?」
ああ、なんて前向きな息子よ。疲弊した旅の途中で壁にぶち当たるこんなとき、救ってくれるのはいつも、このポジティブシンキングの息子の一言である。およしキネンカンじゃなくて「おきち」だけどね…。

ショートカットもかねて、また下田の町中に点在するスタンプラリー集めもかねて、太陽の照りつける下田の路地を、阿弥陀くじのようにジグザグに進みながら宝福寺を目指していくと、途中でこんな場所に遭遇。
「ハリスの足湯」と名づけられた、無料の足湯スポットだ。疲れた足をいたわってやるべく、ここでちょっ休憩。
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さて、足湯のあとは、一目散に宝福寺「お吉記念館」へ。
お吉の展示はすっとばし、ぐんぐん進むと、お!あった、あった。床の間と座敷の一部のみ残されて展示されている「謁見の間」が。
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この部屋で交わされた大きな杯もそのまま飾ってある。下戸の勝海舟が、酒乱の容堂にこんなでかい杯で酒を飲まされたのかと思うとなんとも不憫になるが、そこまでしてでも脱藩の罪を解いてやりたいと思うほど、龍馬を可愛がり、そして認めていたのだろう。そう思ったら、私も生まれ変わったら、ぜひ幕末に生まれ一度でいいから龍馬という人間をこの目で見てみたくなった。
本人直筆の手紙や暗殺された際の返り血がついた屏風など、今まで龍馬にかかわるものはいろいろ見てきたつもりだったけど、こんな風に、彼と直接関わっていない物を見て、こんな気持ちになるなんて。一人の歴史上の人物を、足を棒にしていろんな角度から見てみることがいかに意義あることかをつくづく痛感。…って、すっかり自分が自由研究してる気になっている私。
杯の横には、これは複製だが、容堂がその際、筆でひょうたんの絵を書いた白扇が。
これは、脱藩の許しの証として、目の前で交わした酒のはいったひょうたんを勝が要望したものの、それはできないが、そのかわりにと、容堂が扇子にひょうたんの絵を描いたというものらしい。そこに記された“鯨海酔候”と自らを例えた容堂も、なんともシャレの聞いた人間ではないかと微笑ましくなってしまう。
杯の写真も、白扇の写真も無事におさめ、出口に向かうとその手前にはやっぱり売店。そしてお誂えのように、白扇の実物大のレプリカが売ってたりするわけだ。
「あ、これいいな~。欲しいな~」
そうだよねー、あそこまで見せられた直後に、これ見ちゃったら、買わないわけにいかないよね、と購入。うまくできてるな。

さあ、いよいよ今度は黒船へ。
ここまで来ていたら、地図上でみるとほんの5~6分で行けるようなイメージだったが、歩くこと15分くらい。出航時間ぎりぎりに到着。
たった20分の湾内遊覧で一人1,000円。おまけにデッキも含め2階席は+400円だとか。たかっ。
しかし、入場料をケチったがゆえに、今日は「舞い戻り」の連続だったことを思うと、なにごともケチればあとあと後悔するに違いない、ええい、ここは2階のデッキで優雅に風に吹かれようではないか。
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この遊覧船、ルート自体は湾内を一周するという単純なものだけど、これだけ汗をかきまくった後に、思い切り潮風に吹かれるのはかなり気持ちがいい。最後にこれを選んで、むしろ大正解だったかもしれない。
Mはかもめの餌づけに夢中。観光案内放送も流れてきたけど、結局なにも耳に入ってこなかった。
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あ~あ、楽しかったな。
Mの頭は、あまりの汗でべったりとなっている。
しかしMのカメラの液晶で、彼が撮った私の写真を見てみると、私も同じく、風呂上りみたいに髪はびっしょりでくしゃくしゃ、汗で眉毛もとれて、とてもじゃないけど、すんごい容貌だ。
いやはや、地獄のように暑かったけれど、なんとも充実した、そして(舞い戻りの繰り返しを除けば)完璧な「龍馬の足跡をめぐる旅」であったと、母さんは自分で自分をほめようと思う。
ところで当の息子は、果たしていろいろと学びとってくれたであろうか。
「ねえ、もう4時になるよ。早くお宿に行こうよ」
やっぱりこいつは、龍馬より温泉なのか…。

コインロッカーから荷物をピックアップし、駅前のコンビニでお菓子を仕入れてから、私たちは再びタクシーへ乗り込み、今夜の宿を目指すのだった。









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ritz

Author:ritz
イタリア家庭料理研究家
本業は広告代理店コピーライター
1999年以来、毎年有給休暇を使い果たす作戦でイタリアへ料理修行。年に1〜2回のペースで子連れでイタリアの農家やマンマの家々を転々としています。
HP→http://www.ristorante-ritz.com
Facebook"マンマの台所Ristorante Ritz"→https://www.facebook.com/ristoranteritz/

著書に「トルテリーニが食べたくて」
日本ソムリエ協会認定ワインアドバイザー
U.M.A.O.オリーブオイル鑑定士
イタリア料理、子育てから、日本の旅、秘湯まで。

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