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悲しいお別れ

こんなにも突然で、こんなにも悲しいお別れは、初めてだ。

長年お世話になっていたCM制作会社のプロデューサーのIさんが、旅先で不慮の事故に遭い帰らぬ人となった。
あまりにも信じ難く、むごすぎる事故。これほど神様を恨んだことはない。

そもそも私が入社2年目で配属された部署の上司が、親しくしていたのがIさん。そのお陰で、私もIさんには、仕事をご一緒している時期も、そうでない時期も、19年間変わらず懇意にして頂いた。

鳥取の出身で、毎年夏が終わりに近づくと、ガリガリとした食感が懐かしい二十世紀梨がIさんから届いた。
鉄道と、時代小説、特に藤沢周平、それからひなびた温泉が大好きで、連休になると家族をおいてふらりと旅に出て行く寅さんみたいな人だった。
ただでさえダジャレ好きが、年と共にオヤジギャグに拍車がかかり、最近はみんな聞いて聞かぬふりしてたのに、それでも負けずに連発していた。
いつも弊社のフロアをうろうろして、Iさんを知らない人は誰もいない、Iさんを嫌いな人も誰もいない、そんな誰からも愛されるオヤジだった。
私が紹介したお寿司屋さんのアウトロー、さぶちゃんを偉く気に入ってくれて、毎月のように連れて行ってくださった。
私に息子のMが生まれると親戚のおじさんみたいに喜んでくれて、赤ちゃんの頃からかわいがってくれた。
そのMが時代劇好きになったり、剣道を始めたりすると、まるで孫のことみたいに喜んでくれた。

数え切れないご厚意のせめてものお礼にと、私は毎年バレンタインの日にチョコレートを送っていた。Iさんは甘いものが苦手と知ってのことだが、実は、奥様からこっそりお礼のお手紙を頂戴したことがあり、お目にかかったことはないけれど奥様がいつも喜んでくださっているのを知っていたから。そして、口では「かみさんが、かみさんが」と愚痴ばかり言っていたけど本当は人一倍愛妻家であるIさん自身が、何より奥様のいる自宅に届く私のチョコレートをやぶさかでなく思っていたのを知っていたから、だから私は、欠かしたことがなかった。
それでも、1年にたった1回のチョコレートなんかでは、到底お礼なんてし尽くせないほど、Iさんに感謝したいことはたくさんある。

ありすぎるんだけど、一番お礼を申し上げたいことは、広告代理店のクリエーターをしていながら、政治力も出世欲もゼロで、プロデューサーになんの利益ももたらさない私のようなダメなクリエーターに対しても、分け隔てなく良くしてくださったことに、私は改めて感謝せずにいられない。
大きな仕事を発注してくれるクリエーターに対するIさんの態度と、私へのそれが少しでも区別されることは、この19年間の間、一回としてなかった。こんなプロデューサーに、私は20年間の広告代理店生活の中で出会ったことがない。

私がゴルフをしなくたって、飲み会につきあわなくたって、Iさんにとってなんの利益がなくたって、私という人間を排除したりしない。
仕事の枠を超えて、いや、仕事としてのつきあい以前に、何よりも人と人としてのつきあいを、採算度外視で大事にしてくれた。ゆえに損も一杯したと思う。でも、それよりも何よりも、義理と人情に人生を注ぎ尽くした人だった。
だから、そんなIさんの代わりは居ない。代わりができる人は、誰もいない。だから、たまらなく悔しいのだ。

プロデューサーの星ではなかったかもしれないけど、オヤジの星みたいな人だったな。
ちょっとダサくて不器用で、でも最高にカッコいい、オヤジの星だ。


お通夜の日、息子のMがどうしても自分も行きたいというので、ご迷惑と思いつつ連れて行く。
遺影の中のIさんは、いつものようにいたずらっ子のガキみたいな笑顔をして、まるで私たちがIさんのいたずらにひっかかってしまったような錯覚に陥ると同時に、本当に、ただ一時のIさんのいたずらだったらどんなにいいかと思わずにいられない。
お焼香を済ませ、成人したお嬢さん、息子さんと3人で気丈にふるまう奥様の前で頭を下げると、こちらからは何も申し上げていないのに
「Mくん!来てくれてありがとう。本当にありがとう」
その瞬間、こらえていた涙が一気にふきだしてしまう。
どうして私が私であることと、息子がMであることがおわかりになったのだろう。
Iさんが、さぶちゃんの店で会うたびに撮っていたMの写真を、もしかしたら奥様に見せながら、いつも欠かさず話をしていたのかな。
そんなふうに、きっと家では、みんなの想像を裏切って、たくさん妻と会話をする、いい夫だったに違いない。
寅さんのように、家族をおいて旅に出ちゃうけど、でも、心はいつも、家族とひとつだったに違いない。
会場を出て夜道を歩き出したら、いままでケロっとしていた息子のMが、急にヒックヒックと泣きじゃくり始めた。
無垢な子供ほど、自分に無垢の愛情をかけてもらった人のことは、きっとよくわかるのだろう。

翌日のお葬式では、今度は奥様のほうから歩み寄って私の手を両手で握ってくださる。
「昨日はMくんを連れてきてくれてありがとう。ウチの人、Mくんのこと、本当の初孫みたいに思っていたのよ。本当にありがとうね」
こうして泣き崩れる参列者ひとりひとりを逆にお慰めくださる。そんな奥様のお心に、いっそう涙がとまらない。

式後、それぞれの思い出を語り合うべく同僚やプロダクションの人たちがつるんで飲みに行く中、お声もかからず、ひとり式場を後にする私。
でも、私とIさんの思い出は、誰かとつるんで語り合うものでもないし、誰かとつるんで語りたいものでもない。
それが、私とIさんが、仕事抜きで、人と人としておつきあいしてきた何よりの証。
最後までそんなふうに思わせてくれるところがまた、Iさんのすごいところなんだな。

オヤジの星、Iさん。
これからは本当の星になって、私たちを導き続けてくれるのだろう。
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コメント

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ritz

I子さま
お礼を申し上げなくてはいけないのはこちらの方です。
お母様からもお手紙を頂戴し、またまた涙に暮れてしまいました。
ご家族の方から逆にお励ましを頂いているようでは、私たちもダメですね。。。
Mはいま、お返事を書いています。気長に待っていてくださいね。
お母様にもどうぞおよろしくお伝えください。
一度、ゆっくりとI子さんとも再お話ししたいです。
落ち着かれたら、ぜひに。
律子

I子

そんな、そんな、そんな。
そんな風におっしゃって頂けるなんて、わたしどもこそ助けられて、救われております。
通夜と告別式があんなに温かいものだなんて、わたしは初めて知りました。

本当に、律子さんをはじめ、みなさまには何とお礼を申せば良いのかわかりません。
Y浩さんやT也さんにもバカなメールを送ってお仕事の邪魔をしたりして、
喪中が故に暇なので(苦笑)、みなさまの優しさに甘えっぱなしの今日この頃です。
ズコー。

それにしても、Mくんからお返事を頂けるなんて!!!!!感涙
母もとても喜びます。
母は、律子さんのブログを、昼間っから缶ビール片手に、涙ぐみながら読んでおりました。
重ね重ね、ありがとうございます。

えーっと、そのー、なんつーか、もともと全く落ち着きのない家族なので。
この先も落ち着くことはないと思いますので、もう、いつでも。笑
わたしの知らない「I塚さん」ネタ、たくさん教えて下さいね!

あと、料理教室にもぜひお邪魔したいです!

I子

追伸。
律子さんの文章を読んでから、「新撰組!」のオープニングが頭の中でずっと流れています。

♪愛しきー 友はいずこにー この身はー 露と消えてもー 忘れはーせぬっ 熱き思ーいっ ってね。
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ritz

広告代理店コピーライター
イタリア家庭料理研究家
HP→http://www.ristorante-ritz.com
著書に「トルテリーニが食べたくて」
日本ソムリエ協会認定ワインアドバイザー
イタリア料理、子育てから、オペラ、日本の旅、秘湯まで。

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