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山陰から山陽へ。

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11月2日。早々に宿をチェックアウトして、松江市内に戻る。
相変わらず天気は雨。しかも、さ、さむ~い…。足元はタイツに靴下の二枚重ね、上はヒートテックにセーターにジャンパー羽織ってもまだ寒い。
しかし負けじと松江を制覇しなくては。まずは武家屋敷。
江戸時代に中級武士が多くすんでいたこの地域で、唯一当時のまま残っているのがこのお屋敷だとか。
中級武士といったって、私用に使う玄関、客用の玄関と公私の別がきっちりと分けられている。客室用の部屋、裏に回ると、子供部屋、家族の部屋とだんだん慎ましいましい造りになっていく気がするけれど、質素な中にもきりっとした誇りが感じられ、こういうの、質実剛健というのだろうか、ああ、こんなところに住んでみたいものだ。生まれ変わったら江戸時代に生まれたいと思っている私は、ふと自分が武士の妻になっている姿を想像し、すっかり世界に浸ってしまう…も、ああ、息子の声で現実に戻される。
「すみませーん。赤いほうの印籠ください。黒いのしか持ってなかったからな」
受付で葵の御紋がついた印籠を売っているのを見つけた息子は勝手におばさんに注文している。

おそらく10日に一個くらいしか売れないんじゃなかろうかと思われる、この印籠を手にして息子は「ひかえよ、ひかえよ~。この紋どころが目に入らぬか」とさっそくやっているが、同じ葵のご紋でも、徳川本家とは違うのは想像できても、水戸藩、松江藩でさえもそれぞれ微妙に違いがあることを、その後偶然訪れた和菓子屋で、初めて知ることになる。
「一力堂」
松江城の南、京橋通り界隈。一応、松江の中で一番店が集まっている地域なのだろうけど、一本奥に入ると宍道湖からの水を引く堀川沿いにそって小さな商店街が。あてもなく歩いていると、一軒の古い和菓子屋を発見。店の奥さんらしきおばあちゃんが杖をついて座っていてニコニコしているのが見えて思わず入ってしまった。
使用人のおばさんが、お茶を出してくれて、あれもこれもと出されるままに試食させていただく。どれもこれも、品があっておいしい。聞けば、松江藩7代目藩主松平治郷の頃より御菓子座を勤めていた老舗とか。なんて話を聞きながら、野放しにしていた息子をふと見ると、最中が切り分けて山ほど入っていた試食箱が空っぽになりかけている。おいおい、買うから、買うからさーっ。
で、息子が一番気に入ったこの最中が、松江松平家の葵紋を形とった、その名も「松江葵」。箱には、全国の徳川家、松平家一門の葵紋が描かれていて、よくみるとどれも少しずつ違うことを知ったというわけだ。
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それはともかくとして、この最中、皮はかりっと香ばしく、中の餡も素朴で後を引く。天下の葵のご紋を、葵の三つ葉に合わせて三つにダイナミックにかじりながら食べるのも、なんともいい気分になるものだ。
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ふとした雨のやみ間に、一瞬だけ晴れ間が見え隠れ。透き通った秋の日差しを浴びる松江の町を、ほんの一瞬でも見られたことに感謝つしつ、しばし川沿いを散歩。またもや古そうな饅頭屋を見つけ、焼きあがったばかりのカステラを切り売りしてもらう。
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一目を引く建物があるわけでも、これといった名所があるわけでもないこの界隈、人通りも少ないけれど、なんだか妙に情緒があるのは、きらきらと光る水面が美しい堀川があるせいだろうか。水というものが存在する街は、本当に美しいものだ。

さて、今日はこのあと、山陰から一気に瀬戸内海を目指して突っ走らなければならない。
今夜泊まる宿は、尾道から数十キロ手前の山奥にあり、松江からだと山越えをすることになる。ナビで到着時刻を予想すると、なんと4時間後。
通りすがりの寿司屋に11時半の開店と同時に入り、昨夜ありつけなかった日本海の幸をたらふく堪能。
ついでに、へそ曲がりで泊まるのをやめた玉造温泉の超老舗旅館「長楽園の日本一大きい露天風呂」にも悔しいから一度は入っておこうと、20分だけ立ち寄り湯。混浴だけどおかまいなしにずんずん入っていく。
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ま、日本一とうたうほど、大したことないじゃん、とわかったところで、さあ、次なる目的地を目指すべく、後ろ髪を引かれる思いで松江を後にする。

松江から山道に入ると、雨はますますひどくなる。それでも、高速道路には乗らずに、街と街を敢えて普通の道で移動しながら、紅葉し始めた峠をこえたり、道の駅に寄ったりしながらいく旅は、やっぱり楽しい。
3時間くらい走っただろうか。遠くの空がどんどん明るくなり始めた。その空の下が、どうやら瀬戸内海らしい。
山陰から山陽へ。まさしく雨ふる裏日本から、太陽ふり注ぐ瀬戸内へ横断してきたことを体感する。

さんざん道に迷いながら、なんとか日のあるうちに今夜の宿に到着。
渓流沿いに細い山道をぐんぐんのぼっていった「龍頭山荘」というこの宿は、夫がネットで探した宿で、手元に情報はなんにもない。
小川にかかる古い橋を渡ったところに玄関があるこの宿、50歳前後と思われるおじさんが、とっても感じよく出迎えてくれた。
「車は、その橋の上にでも止めといてください。今日は田所さんだけですから」
なんと貸切状態らしい。

建物の中は、特に風情があるわけでも気が利いてるわけでもなく、ただの民宿、いや、誰か親戚の家とでもいった感じで、部屋にはぶんぶんと容赦なくカメムシが飛んでいる。
「すみませんね。部屋をあったかくすると、カメのやつがどうしても、ね…」
お風呂も、二つあるものの今日はさすがに我が家だけとあって、男湯にしかお湯をはってないらしい。清潔にされているし、お湯もいいし、何が悪いわけじゃないけれど、温泉と言われなければ、ただの風呂に入ってるような、そんな感じだ。

なんだか、不思議な宿に来ちゃったな。と、おそらく家族3人、そう思っていたに違いないけれど、誰からも口火を切れずにいる、といった感じ。
さて、そのまま今度は夕食に突入。
専用の夕食部屋に入ると、いい匂いにちょっとホッとする。私たちが食卓についたことに、やっとおじさんが気づいてくれたと思いきや、今度は次々に料理を運んでくる。
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「そこいらへんで取れた鮎なんです」「ここいらの山菜なんです」「これも地元の牛肉ですけどね」
鮎の塩焼き、卓上で焼く牛のステーキ、天ぷら、煮物、ちょっとした八寸のようなものまで、次から次へと出てくる。見た目は決しておしゃれではないのだけど、なななんと、どれもこれも、とにかくおいしいのだ。
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「これ、ちょっとお口直しにね」と出てきたのは平べったいうどんで、しっかりとダシの効いた熱い付け汁で食べる。これがゴハン代わりのシメかと思ったら、「これ、ぬくずしね」と今度はチラシのせいろ蒸しが出てきて、おじさんは、今度はデザートを用意しに厨房に去っていった。
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す、すごい。量もすごいが、一つひとつに一切非のうちどころがない。完璧な家庭料理というべきか。
「おじさん、これ、ぜんぶひとりでつくってるの?」と息子。
そうだよね、まさにママもいま、それを思っていたところだったよ。
おじさんがデザートを持ってきたときに思わず聞いてみる。
「そうですね、あとは、ま、私の母とでね」
どうやらおばあちゃんが奥に一人いるらしい。

聞けば、おじさんは実は尾道の人とか。この宿は、以前は地元の老夫婦が営んでいたらしいけれど、おじいさんが亡くなって宿をしめることになったことを聞き、この宿のファンだったおじさんが、家族を尾道に残したまま、宿ごと買い取って去年から再スタートを切ったらしい。
脱サラしてまで宿を買い取った夫に、奥さんや娘さんは愛想をつかし、お母さんと二人で切り盛りしてる、といったところだろうか。
「いやあ僕も学生時代は東京に4年間住んでましてね。お子さん、やっぱり東京っ子って感じするね。いやあ、なんだか久しぶりに東京の匂いをかいだみたいね、懐かしいなあ…」

脱サラして宿経営。料理も材料の調達も全部自前。施設は質素だし、布団の上げ下ろしもお風呂の温度調節も自分でしなくちゃいけないけれど、でも、でも、料理はとにかくうまい。
なんだかイタリアの田舎のアグリトゥーリズモに来たような、そんな気分になってきた。
宿のあたりはずれと一口に言うけれど、あたりの宿って、実はこういう宿のことを言うのかもしれないな。
おじさん、これからもがんばって!心の中で応援したくなるような、実に温かいお人柄のご主人であった。
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ちなみに最後にひとつだけ。翌朝の朝食は、一人用の釜で各人用に炊き上げた白飯に、
尾道で取れた大きな桜鯛の塩焼きまで出てきた。これを上回る朝食を、私は今までどんなに高いお金を出した高級旅館でさえも食べたことがないを付け加えておこう。
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コメント

sicheta_miu

ritz様、こんにちは。
「中国地方横断の旅?」楽しく拝見しました。
島根県といえば次は足立美術館か「ゲゲゲの鬼太郎」かと
思いきや何と予想外の展開、瀬戸内まで大移動ですか!
あの日は関西も昼から雨というより嵐のような天気でした。
もっとも山陰は「弁当忘れても傘忘れるな」と言いますから
雨も本当にたいへんだったろうと思います。

ritz

sicheta_miu さま
そうなんだ!「弁当忘れても傘忘れるな」なんですね。
いやあ、山陰では、あんなにすごい雨も常識ってことなのですね。
ゲゲゲの鬼太郎も確かに迷ったのですが
また次回、今度はお天気のいい山陰旅行で訪れたいです…。
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ritz

広告代理店コピーライター
イタリア家庭料理研究家
HP→http://www.ristorante-ritz.com
著書に「トルテリーニが食べたくて」
日本ソムリエ協会認定ワインアドバイザー
イタリア料理、子育てから、オペラ、日本の旅、秘湯まで。

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