2009
Nov
06
4
サンライズ出雲

以前にもふれたかと思うが、私のプチ鉄の原点は、幼少の頃に父にいろいろなところに連れて行ってもらった記憶に遡るのかもしれない。クルマのなかった我が家では、夏休みの家族旅行ももっぱら電車。ハワイやグアムなどには目もくれない昭和3年生まれの父。長かった独身時代にフーテンの寅のごとく日本中を旅していたこともあって国内の地理にはやたらと明るく、私たち家族も、日本全国、父にはずいぶんといろんなところに連れて行ってもらったものだ。
中でも、小学生の頃、家族4人で青森まで寝台で出かけた時のことは、鮮明に覚えている。
二段ベッドの上段に喜び勇んで上ったはいいが、なかなか眠れず、結局下段の母のベッドにもぐりこんで一緒に寝たこと。
真夜中の東北本線の車窓を流れていく街の明かりが、時間がたつに連れて寂しくなっていったのをなんとなく覚えている。でも、こんなところにも、あんなところにも、人の暮らしがあるんだな、なんて子供ながらに思ったりして。
そんな寝台列車の体験を、息子にもさせてみたくて、「サンライズエクスプレス」で行く中国地方の旅を思いついた。
高速道路1,000円化でもっぱらクルマの旅行者が増える中、寝台だけは相変わらずすごい人気。一ヶ月前の10時から一斉発売されるチケット、おそらく全国の緑の窓口の端末が一斉に稼動し、取れるか否かは運でしかない。そんな中、「サンライズ出雲」に4部屋しかないツインと、サンライズエクスプレスの本懐ともいえる6部屋しかないデラックスシングルが、まさに上下のメゾネット状態で奇跡的に二部屋取れたのは、私の執念以外の何ものでもないだろう。
(ちなみに、その話はまた別途…)
サンライズの発車時刻は毎晩22時。
10月31日土曜日の夜。9時30分くらいからひと気もまばらだった東京駅のホームに、一組、また一組と乗客が集まってくる。
10分くらい前になると、列車が滑り込んでくるであろう方向に向かって、カメラを持ってスタンバイする「鉄」たち。そんな光景を見ていると、こちらまでドキドキしてくる。
サンライズエクスプレス自体、シングルユースの作りになっているので、どちらかというと家族連れより大人の鉄の一人旅の方が多いように見受けられる。

あ、来た!
息子が線路から落ちないよう気を配りつつ、ベストショットを撮るのは無理に等しい。

二階だて構造になっていて、二階がデラックスシングル、一階がツインルームとなっているこの車両は、サンライズエクスプレスには2両しかない。いや、もっと厳密に言うと1両しかない。というのも、サンライズエクスプレスは岡山で前6両と後ろ6両に切り離され、四国へ行く「サンライズ瀬戸」と山陰を目指す「サンライズ出雲」に分かれるわけで、この夢のメゾネット使用がかなうA寝台車両はそれぞれに1両ずつしかついていないことになる。それが我々の乗る11号車。これに乗りこむときの優越感というか、高揚感といったら、それはもうたまらない。

「うわー。すごーい。ホテルみたーい」
親子で大興奮して写真を撮りまくっているうちに、あっという間に出発時間となる。

従来の寝台と違い、ちょっと不思議な構造をしていて、北側の窓側に細い廊下が一本、そこから各部屋を仕切るように階段がついていて、4段ほどあがれば上階のデラックスシングルの部屋、逆にその廊下から4段ほど下がれば下階のツインルーム。まさに私たちのようなケースだと、上下でおさえれば行ったり来たりするのにちょうどよいのだ。

夫用におさえたデラックスシングルはサンライズ一番の売りだけあって、相当すごい。高くて広い窓から景色を見下ろす開放感もさることながら、洗面台やテレビも完備。広いデスクとイスもついていて、寝ないで済むなら3人でずっとここですごしていてもいいくらいだ。
ほどなく横浜駅に停車。ここから乗り込む人も結構いる。
在来線なので、新幹線と違い、普通の通勤客がたくさん立っているホームに、サンライズ号が滑り込んで行くのも申し訳ないけどなかなかの快感だ。誰かれ構わず手をふりまくる息子、サンライズが停車した、ちょうど目の前に立っていたサラリーマンらしきおじさんが、出発するまでずーっと手を振りながら、声はもちろん聞こえないけれど「い・って・らっ・しゃい」といってくれたのが口の動きでわかる。それに「いってきまーす」と大声で答える鉄バカ母子である。
熱海を過ぎた頃だったろうか、
「これより岡山駅到着まで、車内アナウンスを控えさせていただきます。どうぞみなさまごゆっくりとお休みくださいませ」と車内放送。
父をひとりデラックスシングルに残し(う、いいなあ、これから一人でビールでも飲むのだろう)息子のMと私はおとなしく下界のツインルームへと引き上げ、寝巻きに着替え、部屋の電気を消して横になる。
息子は窓側のベッドを選んだので、私は内側のベッドに横になる。布団も清潔で、枕も旅館の小豆枕みたいにしっかりとした作り。こりゃ快適だ。
「ママ、Mの寝てるところからちょうど満月が見えるよ。満月を見ながら寝るなんて、素敵だね」
とかなんとか言っているが、暗闇が大の苦手の息子の「カーテンは絶対閉めないでね」というアピールであることはいうまでもない。
息子はよほど気分がハイになっていたのだろう。いつもはあんまり話してくれない学校の話や友達の笑い話、合唱で習ってる歌まで披露。「いやあ、寝台列車って、なんだか寝るのがもったいないね、ママ」なんて一丁前のことを口走ったかと思いきや、次の瞬間、コテンと寝ていた。
かたや私は、本当に寝るのがもったいないような気がしてきて、なかなか眠れない。これで一眠りして、次に起きれば、そこはもう岡山なわけだ。考えてみたら飛行機だって寝て起きればイタリアだったりするわけなんだけど、地べたをガタン、ゴトンと走りながら、変わりゆく闇の向こうの風景を体感しながら行く旅は、飛行機なんぞとはやっぱり比べ物にならない。
こいつ、ベッドから落ちるんじゃないかな。たかだか5~60センチほどの高さだが、今度はそんなことまで心配になる。空調も結構強かったりして何度も息子に布団を掛けなおす。そんなことを繰り返していたら3時すぎだ。観念して、睡眠導入剤を飲み、息子のベッドの下に、万が一に備えて私の枕を置いて、いつの間にか熟睡。ZZZZZ…..
「皆様、おはようございます。間もなく岡山駅に到着します」
いつもは目覚まし鳴っても起きやしないくせに、車掌さんの車内アナウンスでパキっと起き上がる息子。掛け布団もせっせとたたみ、洋服も着替えて「よっしゃー!」とか言ってる。いつもの朝とはまるで別人だ。
「よく眠れたみたいだね」
「うん。夜中に一回だけベッドから落ちたけどね」
…やっぱり、落ちたんだ、こいつ。
「ちょっとパパの部屋に行って来るね。あ、ママ、鼻血…」
コーフンしすぎだっつうの。

さて、岡山駅でサンライズエクスプレスは前後に切り離される。前6両は「サンライズ瀬戸」となって四国へ南下。こちらの6両は「サンライズ出雲」として一路出雲市駅を目指すのだ。
しかし、岡山駅を出てぐんぐん北上し始めると、裏日本は天気予報どおりにどんよりと雲が広がって怪しい空になってくる。ああ、天気予報って、やっぱり当たるものなのね…。
「まもなく進行方向右手に見えてまいりますのが大山でございます」
親切な車内アナウンスに導かれ、部屋を出て廊下側の窓に出てみると、頂上こそ雲に隠れているものの、大山の稜線はくっきりと見える。なるほど、これが中国地方のフジヤマ、大山か。

「まもなく進行方向右手に見えてまいりますのが、宍道湖でございます」
またもや車内アナウンスに導かれ、部屋を出て通路側に出て、宍道湖の写真もパチリ。

「海とつながってる湖で淡水ではない湖、シジミが名物」とまるでパブロフの犬のように中学時代の地理で習ったキーワードが脳裏に浮かぶ。
こうして車内アナウンスがあるたびに、私と息子と同じく、廊下に出てきては写真を撮っているオッサンが一人、夫の部屋の隣の客室に寝ていた乗客のようだが、息子いわく
「あのおじさん、全部の駅で降りて、写真撮ってるよ」とのこと。ふむふむ、鉄の一人旅か。
一方、夫はといえば、部屋から出てくる気配すらない。
息子が成人して独り立ちしてしまったら、どうなるんだろう。一人旅をしているこのおっさんの姿に、ふと20年後の自分自身を重ねてしまう私であった。
シングルユースがメインとあってか、米子駅でも停車時刻はわずか2分。駅弁すらも売っていないのがちょっと淋しいが、これも山陰という土地柄か。雨もしとしと降ってきて、ああ、なんだか「夢千代日記」の世界のようで、これはこれで悪くないではないか。
さて、前の晩に東京駅を出てから約12時間。午前9時58分、定刻どおりに終点出雲市駅に到着。
ここから一畑鉄道なるローカル線に乗り換えて、とりあえず出雲大社を目指す。

「これぞ正しきローカル線。絶対乗るべし」と鉄の大先輩の上司から指南されたこの鉄道は2両編成のワンマン運転。終着駅以外、ほとんどが無人駅で、乗客は車内の整理券を取って出るときに運転手に運賃を渡す、バスのようなシステムになっている。
ほんの20分ほどで出雲大社駅に到着。古びた、いい感じの木の駅舎、改札にひとりしかいない駅員のおじさんに帰りの電車の時間を確認しようと話しかけてみると「一時間に一本だよ」とあっけない答え。これといって駅員も運転手も、感じが悪いわけではないがフレンドリーなわけでもない。飾りっ気も商売っ気もない、これも山陰という土地柄の良さだろう。
駅舎から外に出る古い木の扉をゆっくりと押し開けながら、ううむ、ますます「夢千代日記」な感じだわ…と裏日本独特の侘び寂びな干渉に浸っていたのもそこまで、扉を開けると、そこは大雨と大風がふきすさぶ、まさに大嵐。
えええーまじー?!この中、歩くのーっ!?
というわけでだいぶ鉄道話に長々と割いてしまったので、続きはまた明日。
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