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長崎20時間勝負

新型インフルエンザに小沢さん辞任に核実験、いろんな話題に振り回されていたら、あっという間に今月もあとわずか。今更ですが、せっかくなので充実したGWの話など、少々。
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 5月1日(金)。
 つい数時間前まで東京に居たとは思えない光景。
 ここは長崎グラバー園。

 子供が小学校に上がり、道楽我が家もついに暦どおりにしか旅に出られなくなった。
 追い込まれるとどんなぐうたら人間も、とことん時間を使いこなすことに全力を注がざるを得なくなり、2時半下校だというのに、無謀にも4時の飛行機を予約。
 ヒヤヒヤだったが、なんとか無事に、長崎へとやってきた。

 ひとさまより一日早くゴールデンウィークを先取りしてるようで、悪い気はしない。
 東京より断然日が長いことにも助けられ、着いた早々、ホテルに荷物だけ置いて裏手のグラバー園へと繰り出した。
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 えー、グラバー園ってこんなにいいところだったっけか?
 実は長崎には12年前に友達夫婦と4人で来たことがある。くまなく市内を周ったはずなのに、なぜか原爆資料館と、眼鏡橋のたもとの骨董屋くらいしか覚えてない。それも肝心の眼鏡橋の光景がぽっかりと抜け落ちている。グラバー園ももちろん来た。でも動く歩道しか記憶にない。
 それが今回はどうしたことだろう。なんというか、一つひとつの邸宅や庭園のすばらしさが、あじわいが、すごーくよく理解できる。こんな屋敷に住んでみたいものだと、柱や梁の一つひとつにまで目が奪われる。
 12年前の私って、なんてアホだったんだろう。なんて見る目がなかったんだろう。あきれるばかりだ。
 ところで、グラバーさんを始め、当時の皆さん相当儲けたのね。つまるところ、庶民の私らはそんな一言をつぶやきながら園を出ると、時はすでに8時半。
 ホテルの近所に見つけた小さなちゃんぽん屋さんで、皿うどんと長崎ちゃんぽんにがっつく。
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 さてと、これでグラバー園、長崎ちゃんぽん&皿うどんは、計画通り今日のうちに達成した。
 なんたって、明日の午後3時40分には、長崎駅から「特急かもめ」に乗って、嬉野を目指さなくてはならない。つまり、これだけ見所のある長崎に、丸一日も居られないのだ。
 私の頭の中には、明日も朝8時からホテルの裏手の大浦天主堂を皮切りに、無駄なく行動する予定表がもうできあがっている。


 翌朝6時半。普段も同じ時間に起床してるのに、私のこの目覚めの良さったら何?
 やっぱり弁当をつくるための早起きとは違うんだな~。
 さ、7時半になったら下のレストランに朝食に行くわよ、と思いきや、なんと息子が鼻血ブー。というかドバーッである。もともと鼻ほじってばかりいるから、よく鼻血を出すけれど、こんなときは母の焦りが伝わるのか、なかなか止まらず、気がつけば9時。
 んもう!朝ごはんは抜きよっ!
 鼻にティッシュを詰め込んだままの息子の手を引き、あきれる夫を従えて、1時間遅れでいざ出陣。 まずは“フランス寺”大浦天主堂へ。
 昔の赴きそのままの堂内に腰を下ろし祭壇を見つめていると、当時にタイムスリップして、農民たちと一緒に祈りを捧げているような、不思議な気分になる。
 マリア像越しに広がる瓦屋根の風景も、日本庭園の向こうにそびえる十字架も。世界でたった一つの光景に違いない。なんともいえず美しい。
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 つづいてホテルに舞い戻りチェックアウト。タクシーに飛び乗り、長崎駅で荷物を駅のコインロッカーに預け、再び同じタクシーでそのまま北上して浦上の原爆資料館へ。
 「小さい子供にはちょっと刺激が強いかもしんないね~」
 そんなタクシーの運転手さんの心配もなんのその、息子は恐がるでもなく、嫌がるでもなく、大人でさえ直視しがたい悲惨な写真も、淡々と見ている。こちらは少しでも戦争や原爆の恐ろしさ、平和の尊さをわからせたくて、平易なことばを模索しつつ一生懸命説明したが、さて、果たして息子は少しでも感じ取ってくれたのだろうか…。

 資料館を出た後、そのまま原爆投下地点を経由して平和公園へ向かう。
 原爆投下地点の横には、ほぼ全壊した近くの浦上天主堂から、一本の柱だけが移されて、まるで天国の魂を仰ぐように立っている。
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 背後の小高い丘をのぼると、鳩の穏やかな戯れ声、そして美しい噴水の向こうに、平和公園のシンボル、平和記念像が見えてきた。
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 12年前にこの街を訪れたときの記憶を完全に飛び越して、ふと、28年前に、前ローマ法王のヨハネ・パウロ2世が訪れた際のテレビ中継を、中学校の授業中にワケもわからず見せられていたことを思い出す。
 鎖国下にありながらもキリスト教がしっかりと根付き、そして今も受け継がれている街。世界でたった二つしかない原爆投下地のうちの一つである街。日本列島の端の端の、この『ナガサキ」という街に、ヴァチカンからローマ法王が訪れるということ。それがいかに大きな意味を持っていたことか、恥ずかしいことに今になって初めて痛感する。


 さて、時計の針はこの時点で11時15分。今度は、12時発の長崎港めぐりの船に乗るべく、ちんちん電車に乗って再び南下だ。
 「出島駅」で降りると港はすぐそこ。デイリーヤマザキで菓子パンを買い込み、出島ワーフを背に、さあ出航!
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 この遊覧船、あんまり知られていないけど、福岡在住の友人、A子さんから「とにかく一度、乗っておくように」と半ば命令されて乗船したようなものだ。
 しかし、彼女の意味することが、乗ってみて初めてわかる。陸の長崎名所観光をすっとばしてでも、乗船した甲斐が本当にあった。

 三菱重工造船所を海から望む。昨夜グラバー園の丘から見えた豪華客船が、目の前に迫る。そのスケール感と迫力は思わず息を飲む。そっか、船ってこうやって作るのね、なんてことにも妙に感動したりして。
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 女神大橋の下をくぐり、ひろ~い海へ出ると、おお、見えてきました。大海原に突き出すような岬の突端に、白いマリア像、
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そしてその向こうには緑の中にたたずむ、おお、これが「神の島教会」か!
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 大浦天主堂についで二番目に古い教会。漁船の音が聞こえてきそうな牧歌的な日本の風景の中に溶け込んでいるけれど、どこか神秘的で、そして威厳に満ちている。

 遠く沖合いに伊王島、軍艦島を望んだら、1時間コースの遊覧船はここでUターン。
 今度はさっきの造船所より、さらにド迫力の三菱重工「100万トンドッグ」、グラバーや小松帯刀も関わったという「ソロバンドッグ」、丘の上にはグラバー園を仰ぐ。
 さまざまな「見もの」もさることながら、気持ちのよい風に吹かれ、岬が幾重にもいりくむ美しい長崎の港を見ていると、四百数十年前にはじめてこの港に入ってきたポルトガル人の高揚感が、なんだかわかるような気がする。
 いやあ、よかったわ、長崎港めぐり。

 さて、船を下りると、興奮さめやらぬまま再びちんちん電車に。いよいよ滞在時間も残すところ2時間半となった長崎観光、最後は幕末の香りを体感しに、思案橋~眼鏡橋界隈を目指す。
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 眼鏡橋の風景も、まるで初めて訪れる場所みたいに、すっかり記憶から抜け落ちている。こんなに情緒ある川だったっけ?こんな遊歩道があったっけ?眼鏡橋の半円アーチが、済んだ水面にくっきり鏡のように映し出されて、おお、なんだか本当に丸い眼鏡に見えるぞ。

 12年前に来たときは確か橋のたもとにあったはずの「馬場骨董店」はどうやら移転したらしく、川と並行して走っている道幅の細い商店街、アルコア中通りで見つけることができた。
 饅頭屋、骨董屋から日用品を売る店まで、まるで昭和30年代に迷い込んだような庶民的な店がずらりと並ぶ狭い商店街。茶、白、桃の3種のまんじゅうだけを売っている古そうな饅頭屋で茶まんじゅうを買い、かぶりつきながら足早に商店街を抜け、おそらく最後の観光地になるであろう「長崎歴史文化博物館」を目指す。
 
 同博物館の売りである、貴重な資料の展示や長崎奉行所体験コーナーすらも、時代劇好き一家があえてすっとばして向かう先は、3階展示室で開催中の「大鉄道展」。
 何もこんなところまで来て、鉄道展を見なくても、、、と思うものの、この日はこの後、今回の旅の目玉のひとつである「特急かもめに乗る」という一大イベントが待っている。言ってみれば、まあ、その「キブン」を盛り上げるための、準備体操みたいなものだろうか。
 引退したばかりのブルートレイン「さくら」「はやぶさ」は、やはりひとつの大きなテーマなのだろうが、それ以外にも、長崎を軸にした九州の鉄道の歴史が紐とかれ、なかなか興味深い。
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 JR長崎駅の駅長さんが、講演をしていて面白そうだったが、残念ながら私たちには拝聴する時間すらないのが悔やまれる。
 急いで展示を見て回る行くてを、突然、若い二人のお姉さんに阻まれる。「こんにちは~!一緒にお写真、いかが~ン?」と、息子を間に挟んで連れ去っていった。
 九州新幹線「つばめ」の実際の乗務員のお姉さんたちとの記念撮影コーナーらしい。
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 息子のデレデレ顔といったら…。数十年後の新橋の路地裏辺りで、似たような光景にいる息子の姿を想像して、ちょっと不安になったりして。

 ひとしきり堪能し表へ出ると、時計の針は2時50分。特急かもめは3時40分発だから15分前には駅に着かなくちゃいけないとして、残された観光時間はあと25分!
 ふと、朝に乗ったタクシーの運転手さんが「長崎駅まで来て時間がちょっと余ったらさ、ほら、そこにNHKあるでしょ、あそこの裏山の“二十六聖人殉教地”に行くといいよ。あんまり知られてないけど、あそこの資料館も、結構すごいから」と言っていたことを思い出す。よしっ、それだーっ。
 地図を見ると徒歩5~6分の距離だが、1分さえ惜しい私たちは、博物館の前に止まっていたタクシーに飛び乗り、丘の上の“二十六聖人殉教地”へ。
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 1956年、豊臣秀吉の命によって、大阪、京都のフランシスコ会修道士と信者24人が捕らえられる。耳をそぎ落とされた後、磔刑に処される長崎の地まで見せしめに歩かされた道中、殉教者の世話人として付き添った二人の信者も加わって、最後は長崎のこの地で26人が磔刑に処された。中には12歳の少年もいたとか…。
 舟越保武作の26聖人像に手を合わせたあと、裏にある資料館をのぞく。ひっそりとした小さな建物には、他に一人も観光客はいなかったけれど、なぜだろう、修道院のような「におい」がする。
 展示品は決して多くはないけれど、貴重な資料の宝庫であることを知り、びっくりする。フランシスコ・ザビエルがポルトガル国王に宛てた自筆の手紙、中浦ジュリアンの書簡など、ええー、ほんもの~?といいたくなるくらいだ。陳列ケースの中をじっくりのぞいていくと、中には、遣欧少年使節がローマ教皇に謁見した際のヴァティカン枢機卿の記録まで展示されていたりして、400年以上前のものが、こんなに状態よく保存されていることにもひたすら感動する。ああ、もっともっと端からくまなく見ていけば、きっと貴重な資料がたくさんあるにちがいないのに~、時間がない~。

 まさに舌打ちしながら資料館を後にし、駅へと急ぐ。コインロッカーから荷物を取って、駅前のお土産屋でカステラと角煮まんじゅんを両親宛に配送。後ろ髪を引かれる思いで長崎にさよならし、さあ、今度は改札を抜けて、いざ、ホームへ出陣!
 ちょうどとよいタイミングで、白い白~い「特急かもめ」が1番線にしなやかに滑り込んできたではないか…
 …のはずが、ん?白くない!白いかめもじゃないっ!!!うっそー!!!
 
 3時40分発の特急かもめは、なんと、新型車両の「白いかもめ」ではなく、旧車両の「ハイパーかもめ」であった。ああ、私としたことが一生の不覚。
 「うっ、白いかもめだと思ったのに…」
 うつむく息子の目から、涙が落ちる。そして、私の目も落ちる寸前の涙でいっぱいになる。
 気を取り直して駅員さんに聞きにいく。次の特急は「白いかもめ」に間違いないとのこと。しかし発車は40分も後だ。
 「もう、いいじゃねえか、白くなくたってさー」
 温泉宿に一刻も早く着きたい夫は、冷たい反応。しかし、ここで温泉を優先しては、プチ鉄母の名がすたるというもの。
 「よし、40分待とう!」
 「ほんと?ねえママ、ほんとに?」
 「ほんと、ほんと、そうしよう!嬉野温泉みたいな大衆温泉の宿なんて、そんなに早く行ったって大した意味ないって。それよりここまで来て白いかもめに乗れなかったことの方が一生後悔するよっ」
 夫の顔は見ないまま、予約していた肥前鹿島駅のレンタカー屋に40分遅れる旨の電話を入れる私であった。

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 さて、こうして執念で乗った「白いかもめ」だが、美しい純白の曲線を描く車体はいわずもがな、客車の中も、寄木のような味わい深いフローリングの床といい、黒い皮のシートといい快適至極。
 小さな入り江に沿って走る長崎本線は、車窓の景色も申し分ない。夕日に染まりつつある水平線、いくつもの小さな漁港や集落を見ているだけでも幸せな気分になる。
 「うわー、ママ見て!ひこうき雲が十字架になってる!」 
 ほんとだ、十字架だ。
 長崎で、かつてのカトリック信者の御霊に触れた一日。しめくくりは、空までも十字架だ。
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 長い盲目の日本史上、海外に唯一門戸を開き栄えた貿易港であり、初めて西洋の宗教を受け入れた地。一方で悲惨な迫害の歴史を持ち、また原爆という核兵器の犠牲にもなった街でもある。長い日本の歴史の中で、こんなにも波乱万丈な歴史を送ることになった都市は、おそらく長崎をおいて他にないのではないか。
 たった20時間しかいられなかったけど、なんというか、魂まで洗われたような、まっすぐで清らかな気持ちを取り戻せた、そんな一日。朝もコンビニのドラ焼き。昼もコンビニの菓子パン。くいしんぼうの私たちが味覚体験を切り捨ててまで足を棒にして周った意義が、十二分にあった、長崎20時間であった。







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コメント

tsu

これ本当に20時間で(しかも子連れで)まわったんですか?!
すごい…。さすが。
いつか夫の両親を日本に連れて行く時が来たら、このままそっくりまわらせてもらおうと思います。3日くらいかけて…。

>「もう、いいじゃねえか、白くなくたってさー」
あいかわらずMさんはいい味出してますね~。(笑)

ritz

tsuさま
ほんと、私も狂ってますよね。
といいつつ、
ああ、あの「白いかもめ待ち」の40分が事前にわかっていたなら、
中華街や亀山社中跡も行けたのに、なんて。

きっと九州(特に長崎)はCriのご両親(特にM)も
気に入ってくださると思いますよ。
ああ、そのときは私たちも押しかけちゃいそうです。

sicheta_miu

ritz様、こんにちは。
長崎といえば、10年以上前仕事の関係で
1年半暮らした所です。ちょうど浦上天主堂の近く。
写真懐かしく拝見しました。
実のところ名所旧跡はほとんど行ってません。
思案橋、丸山公園など夜の街しか思い出さないのはなぜ?!
トビウオの刺身はおいしかった。

でも当時、博多に出るときは赤い特急で、なぜか先頭車両には緑のil quadrifoglio、ありましたね。

ritz

sicheta_miuさま
赤い特急→赤いシリーズですか!?
ブルートレインに限らず、九州は永久保存しておきたい電車が目白押しですよね。

長崎に住んでいたしたとのこと、
しかもとてもいいロケーションにお住まいだったとお察しします。
いいなあ~~~
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ritz

広告代理店コピーライター
イタリア家庭料理研究家
HP→http://www.ristorante-ritz.com
著書に「トルテリーニが食べたくて」
日本ソムリエ協会認定ワインアドバイザー
イタリア料理、子育てから、オペラ、日本の旅、秘湯まで。

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Author:ritz
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