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ナルドゥッチ家の、世界一食べ応えのある野菜料理。

~6月後半~
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 ローマからの飛行機が一時間半も遅れて、プーリア州のブリンディジ空港に到着。
 すでに午後7時を回ってしまったというのに、一転して真夏の日差しが照りつける。
 空港からレンタカーで走り出した瞬間から、平原のように広がるオリーブ畑、どこまでも続く南国の青い空、家の形や草木の種類も、目に入るものすべてが同じイタリアとは信じがたい光景だ。
 イタリアをブーツの形にたとえるなら、ちょうど「かかと」にあたるプーリア州。州北部のガルガノ半島には、9年前の料理修業の際に滞在したことがあるのだが、今回私が訪れたのは、「かかと」の中でもさらに南下した「ハイヒールの先っちょ」の部分、サレント地方。いわゆるアルベロベッロなどの典型的なプーリアの村々だけでなく、イタリア人にさえまだまだ馴染みのうすい小さくて歴史ある町がたくさん点在している。
 そして、なんといっても「料理」と「ワイン」。野菜たっぷりのヘルシー料理と、南国の太陽の光をたっぷり浴びた葡萄で作られる濃いワインは、イタリア人の間でもちょっとしたブームになっている。

 そんなプーリアの、ありのままの料理を習いたくて、ここでも、宿泊先のマッセリアで料理を習うことにしていた。(マッセリアとは、他の地域でいうところのアグリトゥーリズモのようなもの。大農場経営が古くから第一次産業を支えてきたプーリアでは、古くからマッセリアという名の下に農園領主による広い屋敷を利用した宿経営が定着している)
 よく、初めて訪れる地域なのに一体どうやって料理を教えてくれる宿を見つけるのか、と聞かれることがあるけれど、私にはこれといって特別なコネや人脈があるわけでもない。普通にネットで探しているだけだ。ただ、宿選びで大切にしていることがいくつかある。家族経営であること、自家農園で収穫したもので料理を作っていること、そして観光客に媚びていないこと。あとは、ひとえに「運」と自分の「感」、それだけだと思う。
 今回お世話になった宿「ナルドゥッチ」も、ネットで見つけた。そしていつものように、日程は?値段は?食事は?なんてメールのやりとりをしていく中で、それとなく話を切り出して、料理を教えてもらう約束をしてもらっていた。
 しかし、今回はちょっと気になることがあった。 
 ジュゼッペという宿の主人からの返信はいつもたったの1~2行。感じがいいんだか悪いんだかわからない。いささか不安になり、他のマッセリアもいろいろ探したけれど、最近のプーリア人気に乗じて、まるでヴィラやリゾートのようにゴージャス化していくマッセリアが多い中で、HPで見る限り決してお洒落ではないけれど素朴でアットホームで、何より本来のオリーブオイル生産で生計を立てている生真面目な感じが、私にはやっぱり捨てがたい。
 どうしようかなあ…。
 ふと、ジュゼッペとやりとりしたメールを読み返してみると、私への主格が敬語にあたる「Lei」ではなく最初から「Tu」になっていることに気づく。つまり、まだ会ってもいない客に対して、非常に馴れ馴れしい言葉遣いをしていることになる。しかもメールの終わりは普通なら、日本で言うところの「敬具」にあたる「Saluti」などで結ぶところ、なんと「Ciao!」だ。「うん、オッケー。じゃあね!」みたいなものだ。
 そうか。感じが悪いのではなく、超カジュアルなのだ。そう気づいた瞬間、私はこの宿にゆだねてみようと賭けに出る。
 さて、その結果はといえば…、これがまた大正解だったのだ。

 飛行機が遅れたせいで、宿につくとすぐに夕食。初日は残念ながら厨房入りはお預けとなる。
 「でも、せっかくだから、今日は典型的なプーリアの前菜をたくさん食べさせてあげるよ」
 主人のジュゼッペは、そう言って、小さな皿に盛った前菜を次から次へと運んでくる。ソラマメのペーストにチコリを添えたもの、オレンジの皮を乗せた地のチーズ、ナスの酢漬け、パンチェッタとトマトソースで和えた麦のサラダ、パン粉と野菜を練り合わせた団子、プーリア独特のクラッカーのような食感のパンにいろいろな野菜のペーストを施したもの…
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 こうした新鮮野菜を使った小皿のオンパレード、これこそ、サレント地方の典型的な前菜料理。どれもこれも、身近な食材を使ったシンプルな料理なのに、野菜がこんなに旨いと思うイタリア料理は初めてだ。野菜といえば、肉料理についてくるポテトフライとほうれん草のソテーくらいしか知らない中北部イタリアの人間から見れば、確かに、これは夢のような光景。きっと東京人が京料理に憧れを抱くようなものだろう。
う、やばい。前菜だけでお腹が膨れてしまうではないか。つづいて、自家製オレキエッテ、それから、その色形が息子のMの琴線にふれてしまったサルシッチャがドドーンと鎮座するセコンドが運ばれてくる。
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 厨房から出入りする人たちを呼び寄せながら、ジュゼッペは家族を紹介してくれる。
 「これが、うちのボス・シェフでもある、僕のマンマ。マリアっていうんだ。僕の娘もそこから名前をとってマリア。小学校2年生だから、Mとは二歳違いになるかな。それから…これが妻のアントネッラ、親父も来た来た。あ、今帰ってきたのは弟で一緒に畑をやってるんだ。それから…今、厨房に入っていったのは僕の姉貴で…」
 こうしてテーブルに着いて数十分としない間に、この宿のすべての人間を把握することになる。完全なる家族経営だ。イタリアのほとんどの宿や店で、ここ数年、東欧や北アフリカからの外国人労働者を多く見かけるが、ここには一人もいないどころか家族以外のアルバイトすらいない。
 数百年前の納屋を改装したというホール、ヴォールト(丸天井)をくぐった隣の部屋は広いソファとテレビが置いてある。ひと段落してサッカーのユーロ大会を見ているジュゼッペの横に、いつの間にか我が息子もちょこんと腰を下ろし一緒に観戦しているではないか。
 まだ着いて2時間も経っていないというのに、早くも親戚の家にでもいるようなこの安堵感はいったいどこから来るのだろう。
 「すごいなー、Mはイタリア語が喋れるのか!?」
 ジュゼッペが驚いた顔で私に聞いてくる。息子に何か喋ったの?と尋ねると、
 「なんかねー、Tuttoとか、Mangiaとか言うから、最初Siって言ったんだけど、そういやまだゴハンの途中だったなーと思ってNoって答えておいた」
 驚いたことに、彼なりに意味をなんとなく理解し始めているらしい。現地人の恋人を作るのが言葉を覚える一番の早道というけれど、きっと、子供にとっても心を開けるイタリア人家族の中にいることが、自ずとイタリア語の世界に導いてくれるのだろう。
 さて、こうしている間に、時刻はすっかり11時半。
 中庭に面した部屋の入り口まで私たちを送ってくれたジュゼッペ。えっと、明日こそは厨房に…と言いかけた私を制するように
 「もちろんさ。午後は好きな時間に帰ってきて厨房に来ればいい。僕らはずっとここにいるからね」
こうして、ここプーリアでも、夕方から厨房にお邪魔し、習い、そしてつまみ食いまでさせてもらうという、またしても図々しい日々が始まった。

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 「おかえりー。今日はどこ行ってきたの?海?それとも町めぐり?待ってたのよ。揚げパン教えてあげようと思ってさあ」
 予定より遅れて宿に戻ると、中庭でマリアおばあちゃんとジュセッペの奥さんが待ち構えていた。他のお客さんもいるのに、私のせいでペースを乱してしまって申し訳ない。
 「なーに、気にしなさんな。ちゃちゃっとあっという間にできちゃうんだから」
 この地域の伝統料理の一つ、ペットレというドーナツのようなものらしい。
 小麦粉、ジャガイモをゆでて裏ごしたもの、塩、ビール酵母、水を練り合わせたら、発酵させるためにしばらく放置。
 その間、他の作業を進めていく。メロン、オレンジ、キウイ、サクランボ、スイカ、パイナップルをふんだんに使ったマチェドニアのデザートはお嫁さんのアントネッラが、もぎたてトマトとカッチャリコッタという塩気の強いチーズをたっぷり混ぜ合わせた冷製パスタはマリアおばあちゃんがそれぞれイニシアチブをとる。まるで本当の母娘ようなチームワーク。互いが互いを信頼している様子は、他人の私にも見て取れる。
 さて、この辺りでそろそろ登場か?と思っていたらやっぱり来た。おじいちゃん、さりげなく厨房にやってきては、さりげなくつまみ食いして去っていく。料理は作れずとも、ここんちではさりげなく男子も厨房に立っている。
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 セコンドはナスの詰め物。といっても中身は肉でも魚介類でもない。くりぬいたナスをみじんぎりにし、パンや卵、チーズなどと練り合わせて、これを再びナスに詰めてトマトソースをかけてオーブン焼きにしたもの。まるで禅料理だ。
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そういえば、一昨日も、昨日もナスを使った料理が必ず一品出てきたが、同じナスを毎日食べても飽きないのはなぜなんだろう。
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 いよいよ夕食開始時間が迫ってきたら、ペットレを揚げていく。マリアおばあちゃんは、寝かしておいた生地を大きくてふくよかな手でガバっと一掴みにすると、親指と人差し指でトンネルをつくり、そこから一口大の生地を、ぷにょ、ぷにょ、っと練り出しては、油の中で放り込んでいく。うわっ。まるで機械みたいな速さ、そして団子の大きさもきちんと揃っている。
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 「食べてごらん」
 アツアツの揚げたてを頬張ると、ほのかなジャガイモの甘みと、香り高い油の風味がふわ~んと口いっぱいに広がって、ああ、ああ、なんて優しいお味。
 ドーナツの匂いに釣られたか、他の宿泊客も集まってきて、チェーナ(夕食)の時間に突入。
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 100%ベジタリアンのフルコース。しかし物足りなさは微塵も感じない。どころか、太陽の光をめいっぱい浴びたプーリアの大地の滋養が、しっかりと、ずっしりとお腹にたまっていくのを実感する。世界一、食べ応えのある野菜料理だ。
 おいしいよ!お腹いっぱいだよ!と声をかけようと思ったのに、誰も見当たらない。と思ったそばからマリアおばあちゃんの叫び声。
 「アイヤイヤー!なんてこったい。なんでゴールを外すんだよう!!!」
 みんなしてソファに横たわりユーロ大会観戦。そうか、今日はイタリアvsフランス戦だ。
 「アイヤイヤー!」
 おばあちゃんが叫ぶたびに、向こうのオランダ人夫婦も、あっちのイタリア人家族も、お父さんだけがいそいそと立ち上がり、テレビの前へ駆け寄っていく。
 うちのマリート(夫)も、ボローニャで買ったアッズーリ公式ユニフォームに息子のMをわざわざ着替えなおさせて、いざ参戦。
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 ちょっとー、パスタが冷めちゃうじゃない、早く食べなさい!と怒鳴るも、そっか、今日はパスタ・フレッダ(=冷めたパスタ=冷製パスタ)だった。ま、好きにしてください、男ども。
 
 今宵も日付変更線があっという間に近づいて、ほろ酔い気分で「あとは寝るだけ」の極楽。
 ふと夫がトイレへとかけこむ。
  「いやー、出る出る。こっち来てから、おもしろいほど出るぜ」
 確かに、こっちに来てから、東京にいるときの10日分くらいの食物を一日で摂っているといってもいいくらいだ。
 そして、あんなに食べたのに、まったく胃にもたれない。いや、もっと正直に言うと…、早くもお腹がすいている私であった。
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コメント

ryuji_s1

素晴らしいブログですね
とても心からうれしくなりました
貴重な情報とてもうれしいです

感謝します、
今後もよろしくお願いします
非公開コメント

ritz

広告代理店コピーライター
イタリア家庭料理研究家
HP→http://www.ristorante-ritz.com
著書に「トルテリーニが食べたくて」
日本ソムリエ協会認定ワインアドバイザー
イタリア料理、子育てから、オペラ、日本の旅、秘湯まで。

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ritz

Author:ritz
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