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イタ馬鹿日誌

昼は会社員、夜は母、週末は自宅で料理教室。ristorante-ritz.comのイタリア馬鹿な日々。

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史上最年少マンマの味

~6月中旬~
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 イタリアの北から南まで、いろんなマンマの味を求め続けて田舎を渡り歩くようになって9年。いつの間にか「マンマ」の味を教えてくれるシニョーラたちの年齢も、いまや自分にとっての「マンマ」の世代とは限らなくなっていることに気づく。
 ウンブリア州南部の町、オルヴィエートの郊外の田園地帯でアグリトゥーリズモを切り盛りしている女性、ロレッラもそのひとりだ。

 この宿は、近郊のカンティーナ「ファレスコ社」で販促ディレクターを勤めるダニエーレが紹介してくれた。
 といっても、そもそもダニエーレとすらも私は面識がなく、彼をよく知るYさんに「ウンブリアの南部に行くなら、ファレスコのカンティーナを見学しておいでよ」と紹介されるままに彼にメールを出したのが始まり。
 「遠慮は一切必要ないよ、リツコ。なぜなら、“Yの友だちは、ボクの友だち”だからさ」
 ダニエーレからの最初のメールの一行目を飾ったこのフレーズが彼のすべてを象徴するように、これがまた熱いハートの持ち主で、情のあふれる男。イタリア人であることを疑いたくなるほど筆まめで、カンティーナへの道順から、私たちの旅程に関する細かなアドヴァイスに至るまで、まだ面識もないというのに、日本を発つ前に彼とやりとりしたメールは、まるで中学生の交換日記状態だった。
 その彼が、我々のウンブリアの最後をしめくくる滞在先として、そしてそこの女主人に料理をぜひ習ってくるようにと紹介してくれた宿が、この「ロカンダ・デル・オルモ」。
 いや、宿を紹介してくれたというより、「彼女」を紹介してくれたんだな、と後になって思う。

 女主人の名は、ロレッラ・モスチェッティ。45歳。独身ではあるけれど、私がマンマの味を習ってきた女性たちを仮に総じて「マンマ」と呼ぶとしたら、彼女の登場で、私の「歴代マンマ」たちの平均年齢が、一気にぐぐっと若返ることになる。
 オルヴィエートからほんの数キロ街道を進んだだけで、のどかな田園地帯が広がる。小高い丘のてっぺんにまるで絵本のようにポツンと立つ農家の家。ここで彼女は一人でアグリトゥーリズモを切り盛りしている。
 ちょうど畑に出ていて留守だったロレッラに代わり、留守番を任されていた甥っ子が私たちを迎えてくれた。
 「戻ってきたらすぐに料理にとりかかるので、部屋で休んでいてくださいと、叔母からの伝言です」
 外階段の上り口、かわいらしい表札に導かれるように客室へ上がる。私たちの部屋はOlivo(オリーブの木)というらしい。
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 2階のテラスから見えるものは、果てしなく続く麦畑。傾きかけた午後の日差しを受け、丘陵に沿ってまさに波をうつように、黄金色に光っている。
 イタリアで唯一海のないウンブリア州ならではの、起伏に富んだ大地の魅力に改めてうっとり…。明日からは、一転して海に囲まれた南イタリアのプーリアだ。大好きなウンブリアの光景もこれで最後かと思うと、愛おしい気持ちになってくる。
 古い農家の建物を外側だけ生かし、おそらく中はすべて新しく作り直したとみえる部屋は、風格のあるアンティーク家具や風情ある調度品があるわけではないけれど、楚々としていて気持ちがいい。清潔感の中にも、随所に優しさがにじみでている。
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 網戸仕立てのカーテン越しに、そよそよと入ってくる風が気持ちいい。
うとうとしかけたところへ甥っ子が私を呼びに来る。息子と夫を部屋に残し、彼に導かれてキッチンへと下りていくと、そこには、想像していたような農家のマンマの姿とはまったく正反対の、若くてきれいな女性が立っていた。
 「よろしく、ロレッラよ」
 華奢な身体に、顎のラインもシャープな小顔。彼女の登場で、歴代マンマの平均体重も、これまたぐっと軽くなる。ロレッラは、あいさつもそこそこに、真っ先に私にエプロンを差し出す。
 「ね、私たち、お互いTuでいいわよね?」
 Tuというのは「あなた」という一人称のことだが、イタリアでは初対面や目上の人に対してはLeiという主格を使い、これがいわゆる敬語にあたる。つまり、ロレッラは、「敬語はナシね」と開口一番、言ってくれたのである。
 「さ、さっそく始めましょ。今日つくるものは、これ全部よ」
 つづいて私に差し出してくれた一枚のメモ、そこには私のために書き起こしてくれたのであろう、すべてのメニューリストが細かく記されている。
 「この地域の典型的な伝統料理をあなたにぜひ教えようと思って」
 見慣れない固有名詞の一つ一つをロレッラは丁寧に説明してくれる。一口にウンブリアといっても、地域によってさまざまな料理もあるし、また、同じ食材のことも地域によって様々な呼び名が存在したりするのだ。
 「私の説明、早いかしら。大丈夫?」
 うん、うん、大丈夫。
 確かに、早口ではあるけれど、決してわめきたてるような口調ではなく、むしろ静かで淡々とした語り口はとても聞き取りやすい。
 ロレッラは、てきぱきと準備にとりかかる。私も、いつの間にか、まるでずっと前からこの台所を知ってる人間のように、黙々と彼女の作業に加わることになる。
 まずは、新鮮な地鶏を使った肉料理「Pollo alla Contadina」。直訳すれば鶏肉の農家風。農家風って、なんだろう。田舎風みたいなことだろうか。
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 ロレッラは、まず水をうっすらと敷いた鍋に入れて一煮立ちさせ、お湯をすてる。臭みを取るためだそうだ。ウサギや羊であれば必要な行程だが、鶏肉で臭みを取る人は、初めて見た。
 臭みを取ったら鶏を焼いていくわけだが、このとき、なんと鍋に油は一切敷かない。まずは鶏みずからの脂身だけで焼いていくんだそうだ。じっくり、じっくり、油を溶かすようにしながら。そして皮の部分がカリッとしてきたら、ここで初めて、オリーブオイルを回しいれ、ニンニク、ローズマリー、塩などの調味料を加え、蓋をすて弱火にかける。
 その間、他の料理をいくつも並行して作っていく。カスタードクリームをグラスに詰めるズッパイングレーゼ風のドルチェ、ウンブリケッリという太打ちパスタに絡めるトマトソースづくり…。
 「あ、鶏」
 時折、はっと、そうつぶやいては、肉の様子を見に行くロレッラ。しかし、慌てるでもなく、焦るでもなく、常に冷静。これだけたくさんの料理が、厨房の至る場所で同時進行していながら、彼女はまるで体中に目がついているかのように、すべてをきっちり管理しているところがすごい。かたや私は、手元の作業で手一杯で余裕もない。
 「リッツ、こっち来て。肉見てごらんなさい。匂いが、さっきと変わったでしょう」
 本当だ。鶏独特の臭いが完全に消えて、肉汁の香ばしい香りだけが際立っている。ただの鶏肉とは思えないダイナミックな香りに食指をそそられる。

 「あ、危ないわ。プールに落ちたりしたら大変」
 息子のMがひとりで下に降りてきてしまったらしい。夫が見てくれていたはずなのに、また昼寝でもしちゃってるんだろうか。
 彼女のアンテナは、厨房の中だけに限らない。客室から下りてくる外階段の折り口、庭、プール…。宿泊客の動線を、彼女は厨房にいながら、こうして網戸越しにいつも把握しているのだ。
 「Vieni,vieni!(おいで、おいで)こっちにいらっしゃい、M!」
 ロレッラは、うちのわんぱく息子を躊躇することなく厨房に招きいれてくれる。台所好きの息子がうろちょろしても、咎めることもなく淡々と料理を続ける。
 鶏肉は白ワインを注いで蒸発させた後、今度はトマトソースを加えて煮詰めていく。あとは蓋をして弱火にかけ、鶏肉にじっくりソースがなじんでいくまで静かに煮詰めていけばいい。
 「ね、ワイン飲まない?ちょっとだけ休憩しましょ」
 ロレッラが持ち出してきたのは、自家用に毎年ほんの少しだけ作っているという自家製赤ワイン。二人で初めて椅子に座って向かい合い、初めていろんな話をする。
 この宿は、彼女自らが古い家屋を買って始めたのだとか。それまではローマで長年ステンシル作家をやっていたけれど、3年前に実家のあるこの地に帰ってきたらしい。両親もこのすぐ近くに住んでいて、大きな畑を持っているという。
 言ってみれば、ふるさとUターン。彼女に漂う都会的な繊細さは、そのせいだろう。部屋の天井や、表札に書かれたステンシルも、彼女自身の手によるものだったんだ。

 彼女の携帯が鳴る。
 「もしもし?うん、心配しないで。リッツたちは無事ついたわ、ていうか、もう私たち料理してるのよ。今夜食べに来るでしょ?何時ごろカンティーナを出られそう?…」
 電話の相手は、例の、この宿を紹介してくれた、そして私がまだ見ぬダニエーレだった。
 「まったく、今日一日で何度電話がかかってきたことか。リッツは着いたか?まだ着かないのか?って…」
 聞けばダニエーレとロレッラは地元の高校の時の同級生だという。二人のやりとりを聞きながら、二人が恋人同士であることを確信するのに時間はかからなかった。ふふ、なんだ、そういうことだったのか!

 赤ワインのおつまみにと、ロレッラが手早く何かを作ろうとしている。
 「これ、知ってる?おいしいのよ」
 うすべったい珍しい形のフライパンをよく熱して、すりおろしたパルミジャーノを円形に撒くと、すぐに溶けてくっつき、うすべったいパルミジャーノせんべいが焼きあがるのだ。
 う、うまい。パルミジャーノの塩っ気で赤ワインもどんどん進む。ちょこっと焦げたあたりなんて、もうたまらない。
 「あったかいうちに食べないと意味がないのよ、これ。だからお客さんには出せないの。厨房限定よ」
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 しばしの休息の後、夕食の準備も終盤にさしかかる。クロスティーニ作りだ。クロスティーニとは、トーストしたパンの切り身にさまざまな具を乗せて供する、前菜の一種。トスカーナやウンブリア一帯ではよく目にするが、上に載せるトッピング次第で、すごく平凡にも、すごくありがたい料理にもなったりする。
 ロレッラが今晩用意するのは、レバーペーストから、シンプルなトマト味、ソラマメのペーストまで何と6種類。中でも、特に興味深かったのは、バッフォという豚のホホ肉を燻製したベーコンを使ったクロスティーニ。
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 薄くスライスしたバッフォをフライパンで脂身が溶けるまで焼き、セージで風味付け。最後はなんとお酢をふりかけて煮詰める。言われたとおりにその場でつまみ食いしてみると、バッフォの脂身をお酢の酸味が適度におさえ、塩気もますます引きしまる。うわ、これ、おいしい。パンにのっける、前に全部食べちゃいそうになるくらいおいしい。
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 今日は、私たちの他にも3組ほど宿泊客がいる。さっき部屋に案内してくれたロレッラの甥っ子もエプロンをつけてカメリエーレに変身。
 厨房がにわかに活気づいてきた雰囲気に、我が息子までその気になってしまったのだろうか。なぜか自分のお絵かきメモ帳を片手に、母の真似るように、レシピ風の絵を書き込んでいる。
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 カンティーナの仕事を終えたダニエーレもかけつけて、ついに念願のご対面を果たす。これまた想像通りの「いい人」の顔をしていて、なんだか無性に嬉しくなる。
 「チャーオー!リーッツ!!!やっと会えたね」
 いきなりむぎゅーっと抱きしめられるも、なんだか初めてあった気がしない、どころか、どこか懐かしい気持ちにさえなるのはなんでだろう。そっか、あんなにメールのやりとりを重ねたんだもんね、私たち。
 昼寝から目覚め、ちゃっかりシャワーまで浴びてきた夫も降りてきて、さあ、いよいよにぎやかな夕餉が始まる。
 クロスティーニだけでも、さすがに7種もあると早くもお腹が膨れてくる。やばい。
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 しかし、「鶏肉の農家風」を一口食べた瞬間にガツンと衝撃が走る。お腹一杯になってる場合じゃない。これは本当にただの鶏肉なのか、舌を疑わずにいられない。ぎゅぎゅっと凝縮した濃い肉の旨みは、鴨のような味わいすらある。きちんと臭みを取る、皮だけの脂で皮だけを先に焼く、それから初めて味付けを始める。そんなちょっとした行程を加えるだけで肉の持つポテンシャルが何倍にも引き出されるというわけか。
 さらに驚いたのは、液体としてのトマトソースが残っていないこと。つまり、トマトソースは完全に煮詰まり、キャラメル化してしっかりと肉と絡まっている。この甘みが、肉の旨みをいっそう際立てる。
 「農家風」とロレッラが名づけた意味がようやくわかった気がする。地元の食材が持つ力を最大限に引き出すべく、その食材に徹底して忠実であろうとする姿勢こそ、故郷を、農家を、改めて見つめ直そうとする彼女の強い意志の表れに違いない。
 「もっとちょうだい~。骨つきのところ~!」
 息子のMも「鶏肉の農家風」が大層気に入ったようで、いったいいくつお代わりしただろう。
 「うれしいわ!子供にたくさん食べてもらうのって一番好き」
 あの冷静なロレッラが、まるで子供のような笑顔で喜んでいる。

 ダニエーレも負けじとMの気を引き始める。なにやらお絵かき大会が始まったようだ。ダニエーレが描いた絵を、Mが真似るという遊び。
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 「すごいぞ!ロレッラ、みてごらんよ。僕はどんどん難しい絵にしてるのに、完璧に模写できてるぞ!M、君は天才だ!」
 そこまで誉めてもらうほどのことでも…、と親の方が恥ずかしくなるが、ダニエーレは結構本気で楽しんでいる様子。Mも調子に乗って「だにえーれ、ろれっらー」と大はしゃぎだ。
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 「日本人の男の子はとってもシャイだって聞いたことがあるわ。でもどうして?Mはぜんぜん違う。アニマ・イタリアーナ(イタリア人の魂)だわ!ふふふ、Mはアニマ・イタリアーナ!」
 ロレッラも、ダニエーレも、Mと同じ目線になって、思いっきりMと戯れている。こんな接し方をしばらく忘れていた母としての自分を反省させられるほどだ。
 「ねえリッツ。Mをしばらくここにおいていってくれない?うちのいい看板息子になるはずよ!」
 二人とも、本当に子供が好きなのだろう。どうして結婚しないのだろう。45歳。今からなら、子供だって、無理ではないはずなのに…、なあんて、ついお節介なことを考えてしまう。
 
 さて、気がつけば、ダニエレが「ファレスコ社」から差し入れてくれたワインも、白から、ロゼ、赤2種と4種類を制覇している。
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 いつの間にか、時計の針は12時を回ってしまった。
 翌日はダニエーレの勤めるファレスコ社のカンティーナを見学することになっている。その足で、プーリアへ飛ぶべくローマ空港へ直行しないといけないから、カンティーナへは朝イチでいかなくてはならない。
 そもそも、もとはといえばカンティーナ見学のことでダニエーレに初めてメールを出したのが始まりだったことをうっかり忘れるそうになっていた。それくらい、この「ラ・ロカンダ・デル・オルモ」で過ごした時間が、いつの間にか、かけがえのないものになっていることに気づく。

 イタリア中のマンマから「マンマの味」を習い始めて9年。ところで、マンマ、マンマといってはいるが、考えてみれば、こんな私だってとっくに「母」なわけで、はて、それじゃあ、うちの息子にとっての「マンマの味」とは何なのだろう。後の世代まで残したい味を、我が息子の舌にしっかりと伝えているのかと問われると、正直、自信がない。
 かたや、自分自身は子供がないのに、代々伝わる土地の食を、料理を、少しでも多くの人に伝えながら後世に残そうとしている女性がいる。
 マンマではないけれど、すべての子供をこよなく愛し、ウンブリアの自然と食材に対して最大限の努力を持って接する偉大なる「マンマ」、ロレッラに、私はいろんなことをたった一晩で教わったような気がする。

 またすぐにでも帰ってきたい場所、今度はずっといたい場所が、またひとつ、増えてしまった。
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コメント

素敵な雰囲気が醸し出されていてうれしいブログですね

お嬢さん可愛いですね

お料理とてもおいしそう

ryujiさま
道楽ブログにおつきあい頂き恐縮、そして
嬉しいお言葉、ありがとうざいます。
(ちなみに、一応、息子です。
ま、池端慎之介をめざしてなくもないですが…。)
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Profilo

ritz

Author:ritz
イタリア家庭料理研究家
本業は広告代理店コピーライター
1999年以来、毎年有給休暇を使い果たす作戦でイタリアへ料理修行。年に1〜2回のペースで子連れでイタリアの農家やマンマの家々を転々としています。
HP→http://www.ristorante-ritz.com
Facebook"マンマの台所Ristorante Ritz"→https://www.facebook.com/ristoranteritz/

著書に「トルテリーニが食べたくて」
日本ソムリエ協会認定ワインアドバイザー
U.M.A.O.オリーブオイル鑑定士
イタリア料理、子育てから、日本の旅、秘湯まで。

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