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その宿は、ウンブリア州北部の山奥にある。
チッタ・ディ・カステッロという小さな町から車でさらに40分。いくつもの丘を越え、ひたすら細い山道を奥へ奥へ。最初の頃は、来る度に道に迷い、人に聞くといったって一軒の農家の敷地が丘一個分あるものだから、民家さえ見当たらず毎回泣きそうになっていたものだが、去年あたりから完全に道も覚えた。
70歳もとうに過ぎた老夫婦と、45歳の長男を筆頭にした男3兄弟で切りもりしている小さなアグリツーリズモ。ウサギや鴨といった家畜から、野菜やハチミツまで、すべて自分たちで生産している。
大自然の恵みが凝縮したこの宿の妥協なきウンブリア料理と、一家総出でその味を守り続ける彼らの姿勢、そして、いつ行っても快く私を厨房に招き入れてくれる彼らの人柄に心底傾倒してしまい、足しげく通う宿のひとつになった。
料理を作るのは、長男のパオロとノンナ(おばあちゃんの意)。おっといけない。毎度、ノンナと言いそうになって慌てて口をつつしむ私。なんたって、ここの「だんご3兄弟」、誰一人結婚していない。当然、孫もいないわけで、ノンナではないからだ。
草の生い茂る最後の丘をのぼりつめて尾根づたいの道に出る。相変わらずなんの看板もない入り口からゆるやかな砂利道を下っていくと、そこは今までのうっそうとした山道とは別世界の、太陽が降り注ぐ豊かな大地。
母屋の前で私たちの車を待ち構えてくれていたのは、宿の事務全般を任せられている三男棒のグイド。後部座席を覗き込んで…
「イエーイ!M!元気だったかい?!…なんだ、寝ちゃったのか」
いつも冗談ばかり言って人を笑わせる末っ子ならではの彼が「動」のタイプなら、我が料理の師である長男パオロは「静」のタイプ。
そのパオロは近くの森にキノコ狩りに出かけていて留守らしい。
「今夜のメニューは、全部リツコに教えたことのあるものばかりだから、たまには夕食までゆっくり庭でも散歩でもして休むといいよ、って。パオロからの伝言だよ」
ゆっくり庭を散策…。そういえば、いつも厨房にいりびたっている私は、ろくに周りを散策したことがない。車から荷物を降ろしながら敷地をぐるりと見渡すと、あらゆるところに色とりどりの花々が咲き乱れていることにビックリ。まさに山奥の中のパラディーゾだ。
「この季節に君たちが来たのは初めてじゃない?すごいだろう、この花々」
初夏の花々が、母屋の裏、プールの横、畑の脇…。ごくごく自然に見えて、よくみると計算しつくされて植えられているのがわかる。「花」も、料理に次いでパオロが情熱を注いでいるものであることを思い出した。
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母屋から出てきたお父さんが、寝ぼけまなこで車から出てきた息子のMに声をかける。
「フラーゴレ(苺)も、ちょうど実をつけはじめたところだ。食べたいかい?」
「ふらーごれ?食べたい食べたい! Si, Si!!」
フラーゴレという言葉に反応して犬のように二つ返事でお父さんについていく息子とともに、私たちも畑へと繰り出す。真紅に色づいた苺は、その色と同じく、ぎゅーっと濃厚な苺の味がする。私たちにとってはどんな高級ホテルの高価なフルーツよりも嬉しい、「ウェルカム・フルーツ」だ。
6月のこの時期、イタリアは夜9時くらいまで明るい。標高も高いこの地は、昨日までいたボローニャとは打って変わった肌寒さだが、夕方5時すぎだというのにまだまだ高い日差しが心地よい。
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おっ。いるいる、いろんな虫が。
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えっと…私、虫嫌いなはずだったんだけど、おかしいな。イタリアの虫は、なんだかきれいでかわいくて…。自分でいうのもなんだけど、さすがイタ馬鹿である。
ボローニャのカルロにもらったおもちゃの顕微鏡が大活躍だ。
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さて、この宿のすごいところは、他にも、(良い悪いはとりあえず置いておいて)いろいろある。
食事は、宿泊客も、ここんちの兄弟たちも一緒に、母屋の食堂にどかーんと置かれた大きな長テーブルを囲む。だから、カップルで向かい合ってムーディにという人たちはここには来ない。しかし、作り置きは一切しないポリシーで毎日4〜5時間かけて一から作られる力強い料理は、作り手と一緒に囲んでこそ最高の味わいになる、ということは、一口目から誰もが実感するに違いない。
独身男3兄弟のむさくるしい宿ゆえ、必要以上に気が利いているということも、まずない。たとえば部屋に置かれたタオル類、たとえ何泊もしたとしても、新しいものがセットされることはない、つまり掃除もされていない。しかし、それって裏をかえせば、客が滞在している間は部屋には一切誰も入ってこない証であって、何をどう散らかして部屋をあけようが構わないという気楽さの方が、いつの間にか勝ってしまうのだ。
誰かに媚びたり、何かを売りにするわけでもない、大自然の中で脈々と受け継がれてきたありのままの彼らの生活がここにある。都会人をいやす、本物の田舎の休日が、ここにある。
遠くの山に夕日が落ちるのを見ながら、今日はテラスで夕食。さて、今回の夕餉を共に囲むゲストたちはどんな面々だろう。
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数日前から泊まっているという、年のころ40代後半といったイギリス人の夫婦が一組。インテリっぽいけど、とてもフレンドリーで旅慣れているといった様子。服装も上品で感じがいい。
そしてもう一人は、小柄で物腰の穏やかな初老のイタリア人男性、マウリッツィオ。聞けば、若い頃に身体を患ってから田舎に興味を持ち始め、この宿にもう20年も前から来ているローマ人とか。リタイヤしてからはいっそう足しげく通っているそうで、客というより家族同然に母屋で寝泊りしている。
私たちが過去に訪れた中で、こうして兄弟たちの「友達」が食卓をともに囲むことは何度もあったけど、それが女性だったり夫婦連れだったりしたことは一度もないだ。今回も、やっぱり“単身男”である。
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太目の手打ちスパゲッティにまんべんなく絡まっているのは、この辺りで夏しか取れない珍しい品種のトリュフ。黒い色をしているけれど中身は白く、普通の黒トリュフよりさっぱりとしているが、気温が上がって7〜8月になると中身も黒くなって味も強くなっていく。
なあんて説明を、パオロはキノコ図鑑を私に見せながら丁寧に説明してくれる。さあ、メモ、メモ…と。こうしていつも、厨房で聞きそびれたことも丁寧に教えてくれるパオロ。こんなに優しくて、こんなに懐が深くて、しかも結構カッコいいのに、ああ、どうして結婚できないんだろ。
「さあ、リツコ、ウサギがあと一つ、残ってるけど?」
死ぬほどお腹一杯なのに、パオロにやさしくそういわれると、
「フィニスコ イオ!(私が払っちゃうわ)」と調子よく言ってしまうのである。ああ、苦しい。
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イタリア語を話せないイギリス人に、パオロはつたない英語で果敢にコミュニケーション。マウリッツィオも、ゆっくりした口調だけど、この世代のイタリア人でこれだけ話せるのはかなり教養があると見た。我らガイジンの文法や発音が多少めちゃくちゃでも一語一句きちんと理解してくれるイギリス人夫婦もすごい。となると、思わず大活躍がわが夫。受験戦争で培った語彙力(のみ)は、発音は超最悪でも、抜きん出ている。
その後は、難しい話になると、まずパオロからイタリア語で私に、私から日本語で夫に、夫から「でる単」英語でイギリス人たちにという、まさに、さっきまで肉料理の大皿が手から手へぐるぐると回っていたように、話題が食卓を巡っていく。
あたりはすっかり暗闇に包まれ、ちょっと震えてしまうくらい冷え込んできた。中に移動したいところだが、しかし、男たちにはそんな寒がりの女人を慮ることなど期待できない。しかし、彼らの風習に逆らわずに過ごすことの方が、この宿に来た甲斐があるというものだ。
しかし、その「甲斐」がその直後にやってくるとは、想像だにしなかった。
「あ、今日もそろそろ見られる時間よ。あ、ほら!」
イギリス人の奥さんが、すっかり暗闇と化した庭の方を指さす。
え?な、なにが?
「あれ?リツコたち、見たことなかったっけ?ルッチョレさ」とパオロ。
ルッチョレって、な、なに?暗闇に目をやると、空中に、ぽーっと小さな光が灯ってはまた消える。別のところで、またぽっと灯ってはふと消える。
なんと、蛍だ!
「でも、ここはちょっと明るいからね。君たちのアパルタメントの方にいってごらん。もっとすごいよ」
マウリッツィオにそう言われ、恐がる息子の手を引きながら電灯ひとつ付いていない真っ暗闇の庭へと進んでいく。
すると…
「み、みて!す、すごいよ。ママ、すごいよ」
私は思わず絶句して言葉が出ない。あたり一面、点いては消え、点いては消える、まるで光の宝石箱。どんなにお金をかけたクリスマスのイルミネーションより、はるかに神秘的で神聖な光景に、ただただ呆然と立ちすくむ。
テラスに戻り興奮冷めやらない私たち。
「まあ、このあたりは空気がきれいだからね」と至極普通のパオロ。
空気がきれいったって、こんな山奥、小川1つ流れてないではないか。
「川?川が必要なの?」
だって、ホタルの幼虫は川の中にいるんじゃないの?!
「あ、そう?そういえばそうか。じゃ、うちには井戸水があるからかな」
どうやら彼らにとっては、ごくごく普通の光景らしい。
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珍しく会話に食い込める夫は、宿の自家製グラッパも進んで絶好調。盛りあがる食卓を後に、私と息子は日付が変わらないうちに一足先に「おやすみなさい」することに。
「明日は黒トリュフ狩りに行こうかと思うんだけど、リツコたちも行くかい?」とパオロ。
うん、行く、行く! 行ってみたい!
「あ、それから明日の夜は、今日採ってきたキノコとピゼッリ(グリンピース)とサルシッチャのタリアテッレ、それから肉の炭火焼を作ろうと思うんだ。料理開始は4時でいいかな?」
了解!それまでにはチェントロから戻ってスタンバってます!
再び真っ暗な庭に出て自分たちのアパルタメントへ。蛍の光に導かれるように、息子は私の手をふりはらって暗闇の中へ走っていく。
息子の頭に、私の腕に、蛍が留まっては光を放つ。そーっと両手で包めばつかまえられるほどだ。
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ああ、せめて、この蛍が見られる間だけでも、ずっとここに居たい。毎晩、この蛍の光を見ていたい。
教皇のように絶対的地位にいるマンマを中心に、その下には見事にオトコっけしかない修道院のような宿はまさに、清らかな空気と大自然に恵まれた、山の中の聖地。
一匹の蛍がまるで私たちを見送るように部屋の入口の壁にとまっている。
「ブオナ・ノッテ〜」息子と蛍に挨拶をしながら、私はできるだけ早く、またここに戻ってくることを誓うのだった。
- 2008/06/14(土) 23:40:04|
- イタリア料理修行(Viaggio)
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