「日伊協会」の食文化セミナー、〜切り立てパルミジャーノとそのレシピ〜。本日、無事終了。
イタリア食材輸入会社
「PIATTI」 の岡田さんが、一つ42キロもの巨大なパルミジャーノの塊にメスを入れ、伝統的な手法で切り分けてその場で販売するというイベント。私は今回、その最後にパルミジャーノを使った参考レシピをご紹介するとともに、参加者50人分の試食をご提供するという大役を仰せつかった。
岡田さんとは、以前にも一度、拙宅で仲間と
パルミジャーノの金塊を山分けさせていただいたこともあり、いつもお世話になっている。また、パルミジャーノの原産地であるエミリア・ロマーニャ州は、私が最初に料理修業に出かけた際にベースにしていた、いってみれば我が心の故郷。そんな接点もあり、今回のお話を頂いたのだと思う。
日伊協会のKさん、PIATTIの岡田さんと最初の打ち合わせをしたのは去年の夏の終わりだっただろうか。
さて、パルミジャーノを使った料理と聞いて、参加した人は何を期待するだろうか。
よく日本の高級イタリア料理屋などで出てくるような、大きな大きな皿の中央にちょこっとだけ小さく盛られた、カルチョッフィとパルミジャーノを和えた前菜だったり、上品に並んだ薄切り肉の上に紙のようにスライスしたパルミジャーノがもったいぶって乗っかっているような、そういう料理が望まれるのだろうか。
ううむ、しかし、少なくとも私がボローニャやモデナの厨房や家庭に出入りしている中で、そんな料理は作ったことも食べたこともない。
「今日は新鮮なパルミジャーノが手に入ったぞ」
そんなときは、決まって、ゴロゴロと適当な大きさに砕かれたパルミジャーノが、もしくは大きな塊にナイフをドスっと刺したままテーブルに置かれ、熟成の強いトロリとしたバルサミコ酢をつけて食べるのが常。
おまけに、手打ちパスタの本場エミリア・ロマーニャ州では、大抵の場合、前菜はすっ飛ばすか、せいぜい名物の生ハムをつまむくらいで、トルテッリーニやタリアテッレといったパスタに真っ先に飛びついて、パルミジャーノを嫌ってほどぶっかけて、食すのだ。
しかし、それでは、「パルミジャーノを使ったレシピ」と呼ぶには程遠い。やはり、ここはひとつ、無難にカルチョッフィのパルミジャーノ和えとか、作っておくべきなんだろうか。
そんな私の迷いを察したかのように、岡田さんがこのとき言ってくれた言葉が、私は今でも忘れられない。
「山中さん、ここはやっぱり、“媚びないイタリア料理”で行きましょうよ。ずばり、トルテッリーニでいいじゃないですか。そこに、パルミジャーノをドバっとかけて食べてもらいましょうよ」
媚びないイタリア。
考えてみたら、それはまさに、岡田さんが自らの仕事の中で貫いている姿勢そのものでもある。
食材にまっすぐに接し、それをまっすぐに消費者とつなぐこと。決して品揃えは多くないけれど、でも、岡田さんが自ら足を運び、生産者とふれあい、納得したうえで直々に取り寄せる食材には、作り手の「顔」が見える。一口運んだだけで、その地の「風景」が見えてくる。
きっと私も、イタリアで人とふれあい、体験し、見聞きし、そして味わった「本物」を、誰に媚びることもなく、そのまんま伝えることこそ、期待されているものに違いない。そう思えてきた。
そして今日。
カットの魔術師の華麗な手さばきに、参加者50人が酔いしれる。42キロの巨大な塊が、徐々に砕かれていくうちに、会場は新鮮なチーズの香りでいっぱいに。
岡田さんは、高価なバルサミコまで持ち込んでくださり、惜しみなくパルミジャーノの試食を皆さんに提供。つづいて、私も、今回の料理の説明をする。
私など、大勢を前に、ただおろおろ、うろうろするばかりだったけれど、Kさんはじめ日伊協会のスタッフのみなさん、そして岡田さんの奥様の、きめ細かく機敏なフォローのおかげで、トルテッリーニとズッキーニの肉詰め50人分を配り終えることができた。
長い列を作って岡田さんのパルミジャーノを買い求めた後に、口々に「おいしかった〜。ありがとうございます!」と声をかけてくださったり、また料理への細かい質問をしてくださったり…、そんなみなさんを出口で見送りながら、なんだかとっても、すがすがしい気分になる。
私たちの裏コンセプト「媚びないイタリア」。きっと伝わったに違いない。
さて、心地よい疲労感に包まれながら、しかし、夕方の冷たい北風に吹かれながら家路に付く途中、同じアパートの上に住む母から携帯に電話が。
自分は親戚の家に用事で来ているのだが、夕飯までに帰れそうもないから、一人留守番している父の食事の面倒を見て欲しいとのこと。最後の買い物ポイントを過ぎてしまってからの電話だった。困ったな。何つくろう。
昭和3年生まれの父は、十数年前に脳出血をして以来、もともと右半身がやや不自由だったものの、身の回りの生活に不自由はなく、3年前には一緒にイタリアも行ったこともある。
しかし、昨年は、夏にベッドに腰をおろしそこねて転倒し、股関節骨折で手術するわ、入院中に前立腺炎症を起こして発熱がつづくわ、おかげでリハビリもはかどらないわで、散々な半年。
それでも最近は、家の中は歩行器と手すりで自由に移動できるようになり、ここへきて、前立腺のカテーテルもはずれると、細々ながら、彼にしては「見る見る」回復しているように思う。こうして、母もいつの間にか、父をひとりで置き去りにして、外出できることも多くなったし、父自身も、大好きだった“一人で留守番”を満喫できるまでになった。
しかし、さあこまった。何を作ろう。79歳のこの爺、メシには結構うるさくて「固くて噛めん」「塩が足りない、味がしない」と文句ばかりなのだ。聞くと、炊飯器に白いゴハンすら残っていないというが、和食か中華一辺倒で、ちゃちゃっとスパゲッティなんて、もってのほかだ。
あ!そうだ!昨日の夜、息子と作ったトルテッリーニがちょうど一人分くらい残っている。これなら文句は言うまい。とりえあず父に電話して確認。
「トルテッリーニでもいい?」
「おっ、いいねえ〜」
電話の声がはずんでいる。
不思議だ。パスタもピザも、好んで口にしない昭和3年生まれが、唯一好きなイタリアン、それがトルテッリーニ。
「チーズも、たくさん頼む」
これも不思議だ。チーズといえばすなわち6Pチーズを意味し、ブリーもブルーも臭いと言って忌み厭う昭和3年生まれが、唯一好きな本格チーズ、それがパルミジャーノ。
媚びないイタリア。岡田さんと私の、今日のコンセプトに、イタリアの「イ」の字にすら期待を持っていない男が、すっかりハマっている。
ズッキーニに詰めたミンチ肉の残りで作った肉団子をセコンドに。プリモは6時間かけて作ったスープの残りに浮かべたトルテッリーニ。岡田さんが今日切ったばかりのパルミジャーノをどばどばかけて、父に差し入れる。
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「う、うまいな〜。M(うちの愚息)は毎日こんなもん喰ってんのかあ?いいな〜」
この父から、料理に関して、こんな風に自然に湧いてでるような言葉で讃えてもらったことなど、40年生きていて、一度たりとて覚えがない。どこか、おかしくなっちゃったんじゃないかと心配になるくらいだ。
媚びない味が持つ魅力って、つまり、こういうことでもあるのかな。
どんな偏屈人間をも魅了してしまう、媚びないということの底力。一日の最後に思わぬところで思わぬ人から、思い知らされることになるなんて、なんだかこれまた不思議だ。
おーっと、夫と息子の食事のことをすっかり忘れていた。こっちは何作ろうかな。
よし、こちらは、切り立てパルミジャーノをたっぷり使ったリゾットとしよう。残ったブロードで炊けば、うまくないはずがない。
誰にも媚びないイタリア料理。ただ、正直なだけのイタリア料理。
50人の参加者の皆さんとともに、そして、父、夫、息子とともに、その強い味わいをしっかりと確認しあった一日だった。
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- 2008/02/23(土) 23:33:21|
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