イタ馬鹿日誌

昼は会社員、夜は母、週末は自宅で料理教室。ristorante-ritz.comのイタリア馬鹿な日々。

雨の出雲路

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うわーっ。なんじゃこりゃー。
出雲大社までのほんの数分の道のりなのに、八甲田山の吹雪の中を歩いてるかのよう。
今まで生きてきた人生の中で、こんなにすごい雨と風の中を歩いた経験は、そうない。
実家の母から「これ、持っておいきよ。かさばらないからさ」と持たされたポータブル合羽。こんなダサイの着ないよ、と思っていたのに、さっそく上からすっぽりと着込む。でないとカバンも中身までずぶぬれになってしまうからだ。
鳥居までの道もさることながら、そこから先の境内の砂利道も、一歩ごとに砂利から水がにじみでて来て、ブーツの中はもうびっしょり。一歩踏み出すことに、ブーツの中でも水がびしょびしょいっている。足元からしんしんと冷えきっていくこの感じ、うう、早く温泉に入りたいよう。と早くも弱気。
傘を差していてもほとんど意味がない。
息子だけが、「ぎゃははー、また逆さまになっちゃったー」
「ああ、おちょこね」と母は冷たく流したつもりが
「え?なに?おちょこって言うの?傘が反対になること?おちょこ?なにそれ、おっかし〜。ぎゃははは〜」と大ウケしている。
「見てママ!おちょこになったらさ、今度は風の方に傘を向ければ自然におちょこが直るよ〜。おもしろ〜い」
おちょこになった傘が風の力で自然と直る。それくらいすごい風であるのに、子供って、こういう非常事態、たまらなく楽しいんだろうな。
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折りしも出雲大社は平成の大遷宮の工事中とやらで、平成28年まで仮本殿でしか参拝できないことは知っていたけど、さすがに奥の出雲大社の真髄を、たとえシートにかぶされていようと一目は拝むものだと思っていたものの、そんな余裕すらない。
一番手前の仮本殿でお賽銭を入れて手を叩くのがやっと。こんなこと言ったらバチがあたりそうだけど、ああ、よかった、工事中で。とばかりに、巫女さんのいる売店でお守りだけ買って、とっとと大社を後にする。

参堂の小さな蕎麦屋で早めのお昼ご飯。
そして予定していたより一本早い、つまり1時間も早い一畑鉄道で、一気に松江市内に向かうことに。
このルート、出雲市駅まで戻ってJRの特急に乗り換えるより、時間はかかるかもしれないけれど、宍道湖の北を宍道湖沿いに延々と走るローカル線の旅の方がはるかに価値があるに決まっている。
…と思っていたのに、雨風から開放されたとたん、3人とも不覚にも熟睡。車窓からは雄大な雨の宍道湖の眺め、のはず。

約60分後、松江宍道湖温泉駅に到着。
ここからJRの松江駅まタクシーで出て、予約していたレンタカーを借りる。
さあ、いよいよ、今度は松江観光だ!
この時点で時刻は午後1時半。
大体、サンライズエクスプレスで出雲に来る人は、午前中に出雲大社、午後はゆっくり松江観光を楽しんだ後、市内からほんの数分のところにある超有名な温泉街、玉造温泉に泊まるのが一般的なケース。しかし、へそ曲がり家族はまたしても市内から40分ほど山奥に行かねばならぬ秘湯の宿を取ってしまったので、松江観光も早いペースで回らないと!

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まずは松江城。
石段を登ると突然目の前に現れる天守閣は、黒い!黒塗りの下見板で覆われていて、なんともいえず渋くてかっこいい。
城内に靴を履いて上がると、床に足跡がつくほど足がぬれているので申し訳ないが、しばし、びしょぬれブーツが脱げるのが嬉しい。
急な階段を上りながら城内の展示品を見ていく。これといってすごく貴重なものがあるわけではないのだが、息子は、兜の陳列にとにかく目を奪われたらしく、片っ端から写真をとっている。
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さらに進むと三代目藩主、家康の孫でもある松平直政にまつわる資料がいろいろとあって面白くなってきた。中でも直政が慶長19年大阪冬の陣で14歳ながら真田丸に迫った際、敵の武将、真田幸村がその武勇を讃えて扇子を投じたという、その扇子はなかなかの見もの。って、天地人に夢中の私と息子の頭の中では真田幸村は当然城田優になってるからなわけだけど。

松江城からそのまま城内の公園を北に向かって歩いていく。傘をささなくていいほど雨も小雨になってきた。野趣あふれる、でも明らかに計算しつくされた美しさのある石段を下りるとそのまま林の中の散歩道がつづく。深い静寂に包まれていて、小雨の松江もなかなか風情がある。
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このまま散歩道を抜けると、城山公園のちょうど北側に出て、小泉八雲の資料館、旧家、武家屋敷と、一連の見所が集まった場所を効率よく回れるようになっている。

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小泉八雲。
数十年ぶりに聞く名前なのに「=ラフカディオ・ハーン」と反射的に出てくる名前。子供の頃に習ったことほど、大人になっても覚えているものだ。
「なによ、ラフカディオ・ハーンって。だれよ、コイズミヤクモって」
お城に興味はあっても、さすがに小泉八雲資料館は息子にはつまらないらしい。

つづいて隣の、小泉八雲の住んでいた家へ。小さいながら、日本をこよなく愛した八雲の美意識が隅々に生きているような美しい家である。
入口に、小泉八雲の生い立ちを描いた漫画本が売っていた。
「あんたね、今はわからなくても、そのうち学校で小泉八雲を習ったら、小泉八雲の家にいったことある!っていってごらん。すんごい自慢になるから」と無理やり息子に漫画を買い与える。
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さて、この時点で時はすでに4時。武家屋敷も、もうすぐそこだが、松江の下町もゆっくり見たいし、残りは明日の午前中にまた市内まで戻って来よう、ということで、秘湯温泉を目指すことにする。
宿の名は「海潮(うしお)荘」。秘湯の会のスタンプをひとつでも多く集めたい気持ちもあって、島根県で唯一、秘湯の会に名を連ねていたこの宿にしたわけだけど、特にセンスがいいというわけでもない。でもまあ、ひっそりとした山里の一件宿で、お湯が良ければそれでいい、と素直に思える宿である。
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お風呂はちょっと変わったつくりをしていて、内風呂と露天風呂がひとつ湯船でつながっている。要するに、湯船の中にガラス扉があって、それを押し開けて露天に進む。
これがなかなか面白くて、つい、息子と二人きりなのをいいことに、二人で行ったり来たりしておおはしゃぎしてしまう。
「ママ、見て!イスだよ、イス」
お湯に打たれて自然にできたくぼみなのか、あるいは狙いなのか、イスのようにえぐれた石が子供が座るのにちょうどいい。しかし、母の尻には小さすぎて入らなかった…。
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湯船の底の石が緑に光って、美しい。今日一日の冷え切った身体が芯の芯から温まってゆく。

さて、風呂上りの夕食。当然、日本海の海の幸、この時期は早くも蟹が出始める頃か?と期待していたのだが、ちょっと山奥に入っただけだというのに、もろ山料理、牡丹鍋であった…。ま、おいしいけど。
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熱燗を飲んで、ああ、嵐の出雲大社から始まった、なんだかさんざんな一日だったな〜と
振り返る。
10月は神無月。名前の由来は日本全国の神様が出雲大社に集まってくるからだそうで、出雲では逆に神在月と呼ぶのだそうな。もちろん陰暦の10月を指すわけだから、一か月以上先の話のはずなのだが、この日は折りしも11月1日。最近の神様は、もしかしたら陽暦で行動していて、今日は全国の神様が、風と雨を吹き荒らしながら一斉に地元に散っていったのではないだろうかと思わずにいられない。
とんだ11月1日だったなあ。…と、ここで初めて夫と目を合わせる。
今日は、そういえば12年目の結婚記念日であった。
嵐の結婚記念日、なにか大きな意味が含まれているような気がするのは私だけだろうか…。
  1. 2009/11/07(土) 17:27:33|
  2. にっぽんの旅
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サンライズ出雲

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以前にもふれたかと思うが、私のプチ鉄の原点は、幼少の頃に父にいろいろなところに連れて行ってもらった記憶に遡るのかもしれない。クルマのなかった我が家では、夏休みの家族旅行ももっぱら電車。ハワイやグアムなどには目もくれない昭和3年生まれの父。長かった独身時代にフーテンの寅のごとく日本中を旅していたこともあって国内の地理にはやたらと明るく、私たち家族も、日本全国、父にはずいぶんといろんなところに連れて行ってもらったものだ。
中でも、小学生の頃、家族4人で青森まで寝台で出かけた時のことは、鮮明に覚えている。
二段ベッドの上段に喜び勇んで上ったはいいが、なかなか眠れず、結局下段の母のベッドにもぐりこんで一緒に寝たこと。
真夜中の東北本線の車窓を流れていく街の明かりが、時間がたつに連れて寂しくなっていったのをなんとなく覚えている。でも、こんなところにも、あんなところにも、人の暮らしがあるんだな、なんて子供ながらに思ったりして。

そんな寝台列車の体験を、息子にもさせてみたくて、「サンライズエクスプレス」で行く中国地方の旅を思いついた。
高速道路1,000円化でもっぱらクルマの旅行者が増える中、寝台だけは相変わらずすごい人気。一ヶ月前の10時から一斉発売されるチケット、おそらく全国の緑の窓口の端末が一斉に稼動し、取れるか否かは運でしかない。そんな中、「サンライズ出雲」に4部屋しかないツインと、サンライズエクスプレスの本懐ともいえる6部屋しかないデラックスシングルが、まさに上下のメゾネット状態で奇跡的に二部屋取れたのは、私の執念以外の何ものでもないだろう。
(ちなみに、その話はまた別途…)

サンライズの発車時刻は毎晩22時。
10月31日土曜日の夜。9時30分くらいからひと気もまばらだった東京駅のホームに、一組、また一組と乗客が集まってくる。
10分くらい前になると、列車が滑り込んでくるであろう方向に向かって、カメラを持ってスタンバイする「鉄」たち。そんな光景を見ていると、こちらまでドキドキしてくる。
サンライズエクスプレス自体、シングルユースの作りになっているので、どちらかというと家族連れより大人の鉄の一人旅の方が多いように見受けられる。
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あ、来た!
息子が線路から落ちないよう気を配りつつ、ベストショットを撮るのは無理に等しい。

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二階だて構造になっていて、二階がデラックスシングル、一階がツインルームとなっているこの車両は、サンライズエクスプレスには2両しかない。いや、もっと厳密に言うと1両しかない。というのも、サンライズエクスプレスは岡山で前6両と後ろ6両に切り離され、四国へ行く「サンライズ瀬戸」と山陰を目指す「サンライズ出雲」に分かれるわけで、この夢のメゾネット使用がかなうA寝台車両はそれぞれに1両ずつしかついていないことになる。それが我々の乗る11号車。これに乗りこむときの優越感というか、高揚感といったら、それはもうたまらない。
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「うわー。すごーい。ホテルみたーい」
親子で大興奮して写真を撮りまくっているうちに、あっという間に出発時間となる。
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従来の寝台と違い、ちょっと不思議な構造をしていて、北側の窓側に細い廊下が一本、そこから各部屋を仕切るように階段がついていて、4段ほどあがれば上階のデラックスシングルの部屋、逆にその廊下から4段ほど下がれば下階のツインルーム。まさに私たちのようなケースだと、上下でおさえれば行ったり来たりするのにちょうどよいのだ。

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夫用におさえたデラックスシングルはサンライズ一番の売りだけあって、相当すごい。高くて広い窓から景色を見下ろす開放感もさることながら、洗面台やテレビも完備。広いデスクとイスもついていて、寝ないで済むなら3人でずっとここですごしていてもいいくらいだ。
ほどなく横浜駅に停車。ここから乗り込む人も結構いる。
在来線なので、新幹線と違い、普通の通勤客がたくさん立っているホームに、サンライズ号が滑り込んで行くのも申し訳ないけどなかなかの快感だ。誰かれ構わず手をふりまくる息子、サンライズが停車した、ちょうど目の前に立っていたサラリーマンらしきおじさんが、出発するまでずーっと手を振りながら、声はもちろん聞こえないけれど「い・って・らっ・しゃい」といってくれたのが口の動きでわかる。それに「いってきまーす」と大声で答える鉄バカ母子である。

熱海を過ぎた頃だったろうか、
「これより岡山駅到着まで、車内アナウンスを控えさせていただきます。どうぞみなさまごゆっくりとお休みくださいませ」と車内放送。
父をひとりデラックスシングルに残し(う、いいなあ、これから一人でビールでも飲むのだろう)息子のMと私はおとなしく下界のツインルームへと引き上げ、寝巻きに着替え、部屋の電気を消して横になる。
息子は窓側のベッドを選んだので、私は内側のベッドに横になる。布団も清潔で、枕も旅館の小豆枕みたいにしっかりとした作り。こりゃ快適だ。
「ママ、Mの寝てるところからちょうど満月が見えるよ。満月を見ながら寝るなんて、素敵だね」
とかなんとか言っているが、暗闇が大の苦手の息子の「カーテンは絶対閉めないでね」というアピールであることはいうまでもない。
息子はよほど気分がハイになっていたのだろう。いつもはあんまり話してくれない学校の話や友達の笑い話、合唱で習ってる歌まで披露。「いやあ、寝台列車って、なんだか寝るのがもったいないね、ママ」なんて一丁前のことを口走ったかと思いきや、次の瞬間、コテンと寝ていた。

かたや私は、本当に寝るのがもったいないような気がしてきて、なかなか眠れない。これで一眠りして、次に起きれば、そこはもう岡山なわけだ。考えてみたら飛行機だって寝て起きればイタリアだったりするわけなんだけど、地べたをガタン、ゴトンと走りながら、変わりゆく闇の向こうの風景を体感しながら行く旅は、飛行機なんぞとはやっぱり比べ物にならない。
こいつ、ベッドから落ちるんじゃないかな。たかだか5〜60センチほどの高さだが、今度はそんなことまで心配になる。空調も結構強かったりして何度も息子に布団を掛けなおす。そんなことを繰り返していたら3時すぎだ。観念して、睡眠導入剤を飲み、息子のベッドの下に、万が一に備えて私の枕を置いて、いつの間にか熟睡。ZZZZZ…..

「皆様、おはようございます。間もなく岡山駅に到着します」
いつもは目覚まし鳴っても起きやしないくせに、車掌さんの車内アナウンスでパキっと起き上がる息子。掛け布団もせっせとたたみ、洋服も着替えて「よっしゃー!」とか言ってる。いつもの朝とはまるで別人だ。
「よく眠れたみたいだね」
「うん。夜中に一回だけベッドから落ちたけどね」
…やっぱり、落ちたんだ、こいつ。
「ちょっとパパの部屋に行って来るね。あ、ママ、鼻血…」
コーフンしすぎだっつうの。
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さて、岡山駅でサンライズエクスプレスは前後に切り離される。前6両は「サンライズ瀬戸」となって四国へ南下。こちらの6両は「サンライズ出雲」として一路出雲市駅を目指すのだ。
しかし、岡山駅を出てぐんぐん北上し始めると、裏日本は天気予報どおりにどんよりと雲が広がって怪しい空になってくる。ああ、天気予報って、やっぱり当たるものなのね…。
「まもなく進行方向右手に見えてまいりますのが大山でございます」
親切な車内アナウンスに導かれ、部屋を出て廊下側の窓に出てみると、頂上こそ雲に隠れているものの、大山の稜線はくっきりと見える。なるほど、これが中国地方のフジヤマ、大山か。
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「まもなく進行方向右手に見えてまいりますのが、宍道湖でございます」
またもや車内アナウンスに導かれ、部屋を出て通路側に出て、宍道湖の写真もパチリ。
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「海とつながってる湖で淡水ではない湖、シジミが名物」とまるでパブロフの犬のように中学時代の地理で習ったキーワードが脳裏に浮かぶ。
こうして車内アナウンスがあるたびに、私と息子と同じく、廊下に出てきては写真を撮っているオッサンが一人、夫の部屋の隣の客室に寝ていた乗客のようだが、息子いわく
「あのおじさん、全部の駅で降りて、写真撮ってるよ」とのこと。ふむふむ、鉄の一人旅か。
一方、夫はといえば、部屋から出てくる気配すらない。
息子が成人して独り立ちしてしまったら、どうなるんだろう。一人旅をしているこのおっさんの姿に、ふと20年後の自分自身を重ねてしまう私であった。

シングルユースがメインとあってか、米子駅でも停車時刻はわずか2分。駅弁すらも売っていないのがちょっと淋しいが、これも山陰という土地柄か。雨もしとしと降ってきて、ああ、なんだか「夢千代日記」の世界のようで、これはこれで悪くないではないか。

さて、前の晩に東京駅を出てから約12時間。午前9時58分、定刻どおりに終点出雲市駅に到着。
ここから一畑鉄道なるローカル線に乗り換えて、とりあえず出雲大社を目指す。
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「これぞ正しきローカル線。絶対乗るべし」と鉄の大先輩の上司から指南されたこの鉄道は2両編成のワンマン運転。終着駅以外、ほとんどが無人駅で、乗客は車内の整理券を取って出るときに運転手に運賃を渡す、バスのようなシステムになっている。
ほんの20分ほどで出雲大社駅に到着。古びた、いい感じの木の駅舎、改札にひとりしかいない駅員のおじさんに帰りの電車の時間を確認しようと話しかけてみると「一時間に一本だよ」とあっけない答え。これといって駅員も運転手も、感じが悪いわけではないがフレンドリーなわけでもない。飾りっ気も商売っ気もない、これも山陰という土地柄の良さだろう。
駅舎から外に出る古い木の扉をゆっくりと押し開けながら、ううむ、ますます「夢千代日記」な感じだわ…と裏日本独特の侘び寂びな干渉に浸っていたのもそこまで、扉を開けると、そこは大雨と大風がふきすさぶ、まさに大嵐。
えええーまじー?!この中、歩くのーっ!?

というわけでだいぶ鉄道話に長々と割いてしまったので、続きはまた明日。
  1. 2009/11/06(金) 10:05:47|
  2. 「鉄」の道
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出発進行!

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執念でゲットしたサンライズ出雲の寝台で、山陰方面を旅して来ます。

ちなみにこれはホテルの部屋ではなく、
サンライズ出雲号に四部屋しかないツイン。
上階にはデラックスシングル(夫用)も確保して、メゾネット状態で行ったり来たり。
かなり大興奮の母子です。
  1. 2009/10/31(土) 23:26:42|
  2. 「鉄」の道
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“生”PIATTI、オープン

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私がいつも切り立てパルミジャーノや生ハムなどを購入させて頂いている岡田さんが、
念願の実店舗をついにオープン!
http://www.piatti.jp/punto_vendita/punto_vendita.html
お客さまと顔と顔をあわせて商品を売りたい、イタリアの生産者の生き生きとした食材に対するこだわりを、直にお客様に伝えたい。そんな岡田さんの長年の想いが実を結んだのだと思う。


岡田さんとは、日伊協会のセミナーや、拙宅でのパルミジャーノ丸ごとカットフェスタなどをご一緒させていただきながら、ここ3年くらいのお付き合いになるだろうか。
でも、ご本人も、奥様のMさんも、なんだかずいぶんと昔からの知り合いのような気がするのはなんでかな。やっぱり志を同じくするイタリア好き同士って、前世はみんなで一緒にイタリア人をやってたんじゃないかな〜という気がしてくる。

岡田さんの数年がかりに及んだ実店舗構想、当初は拙宅の近辺も候補地に挙がっていたようで、私としては「わーい、ぜひともご近所に!お料理教室する日の朝にパルミジャーノや生ハムを買いに行けたら、もう最高!」と期待していたのだが、結果的には、同じ目黒区でもずいぶんと渋谷区寄りになってしまった…

とはいえ、開店の日の午後に伺ってみたら、うちからクルマで10分とかからなかった。近い!うれしい!
当日は、岡田さんとお親しい北村光世大先生の、パルミジャーノや生ハムに関するいろいろなお話を伺いながらの、サービス試食プレート&ランブルスコ&エスプレッソ付き。岡田さん、大盤振る舞いすぎます…。

イタリアの私のふるさと、我がイタリア料理人生の原点、エミリア・ロマーニャ州の味と香りを存分に堪能した後、地図を頼りに駒場東大駅まで歩いてみる。
駅に通じる住宅街の道は素敵なマイホームが立ち並ぶ、さながらお屋敷ストリート。東京に40年以上も住んでいながら未体験ゾーンをてくてく歩いていくと、井の頭線の線路に突き当たる。
あれ?ここで、ふとデジャブーの世界へ。私、ここ、来たことあるかも?
いや、デジャブーじゃない。思い出した。
線路沿いの、この国際交流会館なるところの資料室に、もうずいぶんと前に来たことがある。
イタリアに料理の勉強をしに行きたくて、まずは片っ端からイタリアの学校の資料を集めようと、会社を抜け出してやって来た覚えがある。
結局たいした収穫もなく、疲れ果てて帰りに寄り道した喫茶店も、まだ健在だった。
イタリアに行きたくて行きたくて、とにかく料理がやりたくて、がむしゃらに資料集めに奔走してたあの頃の、自分の中からとめどなくあふれ出てきて止められないガッツみたいなものが、なんだか急に懐かしく思い出される。

あれから11〜2年たっただろうか。いつの間にか、こうしてたくさんのイタリア仲間に囲まれて、支えられて、イタリア料理という形で細々とだけど人に気に入ってもらえる仕事もできるようになった。
自分の人生の中で、会社の仕事などでは感じたことさえなかった、10年という年月を経て得た小さな実りを、ふっと感じることのできた静かな土曜日の午後だった。
  1. 2009/10/22(木) 23:32:50|
  2. ITALIA全般
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栗拾い

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え?なんでこんなところにマメ?
包丁を握ってイタタとなって気がついた。右手人差し指の関節の下にぷっくりと小さなふくらみが。…どうやら栗のむきすぎでできたマメのようだ。自分でも呆れてしまう。

さて毎年この季節、イタ馬鹿日誌は、クリ馬鹿日誌と化す。
この茨城の農園も、12〜3年前に行き始めた頃は、栗拾いの客が私たちだけなんてこともあった。子供も居なかった頃に、大のオトナが二人して栗拾いだなんて、その頃から相当なクリ馬鹿だったわけだ。

そこいらの商売っ気たっぷりの観光農園と違って、古い平屋の家に、大きな納屋、小さな畑をぬけると梨園、奥には鬱蒼とした栗林が広がる、かざらないただの農家みたいなところが好きで、通っていた。
腰の曲がったおばあちゃんが亡くなってからは、近所のおばちゃんたちが総動員で手伝ってるけれど、年々、家族連れでごったがえすようになるにつれ、テンパってるおばちゃんたちを見るのもなんだかつらくなってきて、2年ほど前から足が遠のいていた。

でも保育園で一緒だったお友達のママから「Mくんたちが行ってた栗農園って、どこですか?行ってみようと思って」と尋ねられると、ああ、なんだかやっぱり拾いに行きたくなってしまって、ついつい同行してしまった次第。

「インターネットっちゅうのができてさ、ほれ。だから、みーんなそれ見てくるワケよ。うちのところがイチバンになったっていうからさ」
ランキングか何かのことを言ってるのだろうか。北関東訛りバリバリのおばさん、十数年前からずっと手伝いに来ているおばさんだ。

茨城の栗は出足が早いが、終わりも早いようで、この週末で栗拾いもおしまいとか。
なるほど、木を見上げるも、イガはほとんど残っていない。それでも今年は夏が暑かったせいか、例年より実が大きい。落ちた栗の争奪戦と化していたけれど、片っ端から拾っていったら、バケツ2杯がいっぱいになった。やっぱり自分で拾う栗は、また格別にいとおしいものだ。

見回すと子供たちがいない。
「おっ、ここにも居た!」
「うわ、デカっ。こんなデカイの見たことないよ!」
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〜栗よりも コオロギ 拾いて くる子かな〜 

最後に、ついでに大根も一本200円で畑から抜かせていただく。大きな大根、見たことがない。かつぎあげた息子が思わずよろよろとよろけている。葉っぱもみるからにおいしそうだ。
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さて、家に帰って改めて栗の袋を広げると…やっぱり拾いすぎちゃったかも。
市場用と違い、虫止めなどを施してない分、早く食べてくださいと言われた言葉がよみがえる。
まずはこの日の晩は栗ご飯。食後は茹で栗をむきまくってバクバク。当然、次の日の息子の弁当もまた栗ご飯。その次の日の弁当も栗ご飯。
気がつくと、朝から晩まで栗をむいている私。こりゃ、マメもできるわけだな。
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会社にいても栗のことが気になって仕方がない。
今夜は栗で何つくろう、栗のリゾットかな、栗のプリンもいいな、とか。
ああ、でも虫がわいて他の栗もダメになる前に茹でてしまえばよかったかも、とか。
馬鹿です。正真正銘のクリ馬鹿です。

  1. 2009/10/13(火) 19:02:09|
  2. その他のできごと
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小布施の栗きんとん(リストランテ・リッツ作)

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ジャン!栗きんとん、家で作っちまいました。

毎年、秋のこの季節に長野方面の温泉に出かけるわけ。
その大きな理由の一つは、もはや毎年足を運ばなければ何か悪いことでも起きるような気がして、やめるにやめられない「小布施参り」。
その目的は名高い栗の産地、小布施にいくつかある老舗栗菓子屋のひとつ「桜井甘精堂」の茶巾しぼりの栗きんとんを入手しにいくこと。栗がいちばんおいしい今の季節、ほんの一ヶ月間だけの販売で、おまけに地方発送もしてくれない。つまり買いに行くしかないのである。
昨年は、息子のプチお受験も重なったため二年ぶりの小布施参り、気合も入る。
と、ところが、なんと昨年から「取り置き予約は一切受け付けなくなった」とか。
そこで高峰温泉を早々にチェックアウト。急いで小布施に向かい午前中には到着するも、なんと、「完売」であった。
なんだよ、それー。十数年前から通い続けてる上顧客なんだぞー。取り置きくらいさせてくれよー。

わなわなと震える怒りをおさえつつ、気持ちを切り替えて向かった先は、この辺りで一番古い栗農家。
栗菓子屋が立ち並ぶ街中を離れ、長野鉄道の踏切を渡った駅の向こうへクルマを進めると、あたり一面、リンゴと栗の林。その一角に、何度か訪れたことのある大きな屋敷の栗農家がある。
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クルマをおりると、あたりは小布施の町と打って変わった静けさに包まれた栗林。木漏れ日の中、その静寂を打ち破るように、時折、ドサ、ドサ、と栗のイガが落ちる音がする。
さぞ大きな栗の実がつまっていそうな、そんな音だ。
「ママ!拾いたい!拾っちゃダメなの!?」
ああ、その気持ち、まさに私も同じことを考えていた。ああ、拾いてえっ。しかし、これは一個一個が売り物。泥棒と一緒になってしまうので、ぐっとこらえて暖簾をくぐる。
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まさに栗御殿といった風格ある庭に母屋、その手前にある納屋風の作業場に一歩足を踏み入れると、前に訪れたときと全く同じ光景、若いご主人ときれいな奥さんが二人で栗の選別をしながらせっせと袋づめをしている。
「あのー、栗を買わせていただくことはできますか?」
前にもこうして買ったことがあるわけだし、地方発送もしてるくらいだから、買えないことはないと知っていながら、なんとなく恐る恐る声をかけてしまうのも毎度のこと。
「はい。できますよ。今お売りできるのは、この2Lと3Lの2サイズなんですけど」
ちょっとかっこいい奥田民夫風の13代目。愛想はないけれど、…かっこいいのだ。
前回もここへ来たとき、ああ、こんなに立派な栗農家に嫁いだら、さぞ幸せな毎日だろうに、と思ったことがある。
それを実家の母に話したら「あんた、一週間も続けてごらんよ。飽き飽きして逃げて帰ってくるのがオチよ」と言われたものだが、うんにゃ、そんなことはない、と今年もしつこく思う私。夫婦ふたりっきりで、fmラジオを聴きながら、いとしい栗に触れる一日。母はああいうけれど、いやいや、私、結構イケルんじゃないかとマジで思う。生まれ変わったら、ぜひ栗農家に嫁いでみたいものだ。
さて、栗きんとんが買えなかった雪辱を、3Lサイズの超高級小布施栗2キロを買い込むことで果たし、昼食をとるべく小布施の町に戻る。

私と夫が小布施に来始めた13〜4年前は、まだ観光客もそれほど多くなくて、ましてや大型バスで駐車場が渋滞するなんてことはなかったが、ここのところ年々すごい人だ。小布施観光を組み込んだバスツアーなんてのも多いのだろう。
しかしそれがまた、小布施のすごいところでもある。信州の奥の奥にして、老舗の栗菓子屋がお互い力を合わせながら、そしてそれぞれの特徴を生かしながら、栗菓子のみならず洋菓子部門、イタリアン、和食、蕎麦屋なども経営、地域の復興に力を入れている。そこには、多くの雇用も生まれ、町を離れずして地元でいきいきと働く若者たちの活気にいつも満ちている。町の概観を損なわないために、家を新築する場合、確か外壁を茶褐色の漆喰壁にすると町から助成金が下りるなんて話も聞いたことがある。
まるでイタリアの田舎の小さな村々が、村の伝統を守りながらも都会の人を魅了し、農業と観光で栄えている、そんな理想的な地方再生の姿が、ここ日本で見られる貴重なケースではないだろうか。私が小布施に、ついつい毎年足を運んでしまうのは、そんなところにもある。
駐車場の脇では、テントの下で農家のおばさんたちが手作りのお菓子や焼き栗を売っている。これも、イタリアの山村部でよく見かける「栗祭り」の光景そのもの。思わず、日本版「カルダロスタ(=焼き栗)」を買ってみたところ、二倍くらいおまけしてくれた。こんなところまで全くイタリアみたいだ。
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今回のお昼は、地元の枡一酒造が営んでいる「蔵人」という居酒屋に入ってみる。
栗おこわのセットで肉料理と焼き魚を注文。紙ナフキンに印刷されたマークから見て、どうやら小布施堂と同じ経営らしい。
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さて、栗きんとんがどうしても食べたかった息子のために、締めは「本日の和菓子」を注文。雁の山と名づけられたこの和菓子、山をかたちどった小豆あんを、うらごした栗でかぶせたもの。お持ち帰りもできない、ここでしか食べられないお菓子だ。
写真撮ろ!と思った瞬間、もう息子に一口食べられていた…。
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一口もらって食べてみると、ああ…、おいしい。栗本来の味を堪能できる栗菓子は、モンブランでも栗最中でもなく、やっぱり栗をただ裏ごしして砂糖とあえた、つまりは栗きんとんなんだよな〜と。
ここで、一度は心の奥にしまった栗きんとんをゲットできなかった悔しさが、息子と私の中にこみ上げてくる。

で、家に帰って早速息子と二人で作ってしまったのが、冒頭写真の栗きんとん。
3Lサイズの高級栗を惜しげもなくグツグツゆで、私がせっせとむいた栗を、イタリアの野菜裏ごし器を利用して息子が片っ端から裏ごししていく。そこへ、和三盆の代わりに三温糖を入れてよーく練り合わせ、あとはサランラップで団子をつくり、ちょいとねじりあげ、そうっと開けば、ほれ、この通り。

さて、お味の方は、これがまた、う、うまーい!
帰宅した夫に、息子が早速食べさせると、その感想は一言だけ。
「もう、小布施行く必要ないじゃんか」
桜井甘精堂の栗きんとんに引けをとらないうまさだ。だから栗農家から栗を取り寄せ、家でつくれば、十二分ではないか。という夫にしては最高のほめ言葉なんだろうけれど、
最初に「うまい!」のひとことくらいあってもいいじゃんね。

ま、夫はどうであれ、私は来年も小布施に行きますけどね。
取り寄せできるのがわかっていながらも、あの13代目のかっこいいご主人にも会いたいし…。
  1. 2009/10/11(日) 17:18:10|
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Author:ritz
広告代理店コピーライター。
イタリア料理研究家http://www.ristorante-ritz.com
(HPリニューアルしました)
著書に「トルテリーニが食べたくて」
日本ソムリエ協会認定ワインアドバイザー
イタリア料理、オペラ、ワインから、日本の秘湯まで。

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