イタ馬鹿日誌

昼は会社員、夜は母、週末は自宅で料理教室。ristorante-ritz.comのイタリア馬鹿な日々。

今年も、この日が過ぎていきました。

42anni
 連休の話題などでごまかしている間に、実はとっくに、今年もひとつ、年齢を重ねてしまった。
 この歳になると、誕生日など、できることなら誰にも気づかれずに、そして自らの意識からも欠落したまま、知らない間に歳をとりたいものだと思うようになる。
 とかなんとか言いながら、毎回うちの亭主には、さんざんブログで愚痴らずにいられないネタをつくってもらっているのが我が誕生日。身内で唯一この日を覚えてくれているであろう亭主に、毎年心のどこかで期待してしまった自分を後なって反省するのも、我が誕生日である。

 「でもさ、いくらなんでも今年は何かもらえるんじゃないの?」
 「さすがにホールケーキくらい買ってくることは学んだんじゃない?」
 ブログネタをご存知の面々からはそんなお声も頂戴したが、ええい、今年こそは、心を鉄の女にして、期待は一切しないのだ!
 
 「そっちの誕生日だけど…桃花林を予約したんだけどさ、いいよね?」
 むむ?期待をやめた途端にこう来たか。いいね、いいね、ホテルオークラ桃花林。目新しい店ではないが、家族のハレの日に1〜2年に一度しか行かない桃花林に自分の誕生日に行けるのはやぶさかではない。
 「一応、上の分も人数に入れておいたけど」
 上とは、上に住む私の両親のこと。いいね、いいね、夫婦で顔つき合わせたところで話がもたないのをよく心得ているね。賑やかしにジジババも入れておくのも大事なこと。
 ここまではパーフェクトである。

 さて、桃花林では、首尾よく美味なる晩餐が進む。爺は好物の北京ダックを、息子は小龍包を、婆は白身魚を、それぞれたらふく食べて大満足。焼きそばでしめ、そろそろデザートを頼もうかというところに、お店の人がなにやらメニューで盾をしながら二人がかりで運んでくるぞ。
 え!?まじ!? それは小さいながらもろうそくの立った、ホ、ホールケーキではないか。
 「やばい。おれ、持って帰る用に、頼んでおいただけなんだけど」
 と夫は想定外の展開に焦るも、こちらは悪い気はしない。
 ゆらゆら火の灯るろうそくが6本。
 「ええと、こちらは息子さんの…?」
 「いえっ!私のです!」と私。
 「あの、一応、歌もついておりますが…」
 「い、いえっ!結構ですっ!」と夫。
 結局、ろうそくは息子に吹き消させ、ケーキはまんまお持ち帰りに。
 えー、いいじゃーん、歌唄ってもらたって、吹き消さしてくれたってさー、と言いたいところ、とにもかくにも「ホールケーキ」というものを覚えてくれた夫の貴重な一歩を、素直に認めることにしよう。

 しかし、今年はいったいどうしちゃったんだろう。
 しかも、さらに誕生日プレゼントまで手配済みで、それは明日、宅急便で届くのだという。いやだわー、今年はいったいどうしちゃったっていうのかしら。この私に、今年はブログでおのろけ書けっての〜?。
 息子が小学生になってからのこの2ヶ月、毎朝6時起きで欠かさず弁当をつくり、学校の行事や保護者会に足を運びと、超苦手な母親業と、仕事との両立に、身を粉にしてがんばった私のことを、やはり夫はねぎらってくれたのだろう。そう思うと、この2ヶ月分の積もり積もった疲れも吹っ飛ぶようだ。
 それにしても、宅急便で送るほど大きな「プレゼント」っていったいなんだろう。
 恥ずかしいことに、考えるほどドキドキして、その晩はあまり眠れなかった。

 しかし、そんな期待に胸膨らませてしまった自分を、やっぱり今年も大きく後悔すると同時に、引き続き我が亭主はブログネタを提供してくれることになるのだ。
 翌日届いた、その大きくて重い、そのプレゼントとは…

 なんと、「ミシン」である。
 「だって、ミシン買おうかなって、言ってたじゃん」
 そりゃ、そう言ってたかもしれない。しれないけれど、でもそれは、息子の道具袋だの音楽袋だのゼッケン付けだの、学校で必要な袋づくりや裁縫の一切を、うちは年老いた母に押し付けていたから、そろそろ自分でも裁縫環境を整えなくちゃいけないかなと、そう思って言っただけであって、私が「欲しい」と思っていたワケじゃない…。
 これじゃ、弁当づくりの労をねぎらってもらったどころか、もっと働けと言われているに等しいではないか。
誕生日に、参考書が贈られてきたようなものではないか。

 そんなこんなで、今年もひと悶着あった誕生日。
 しかし、家に帰って食べたオークラのショートケーキは、素直に美味しかった。
食事に誘われて初めて我が娘の誕生日だと気づいた母からは、近所の花屋のアレンジメントをもらった。これで十分である。
すべては、今年も、微塵とはいえ期待してしまった私が悪いのだ。

 ちなみに、ろうそくはなぜ6本だったのか。
 夫によると、十の位と、一の位を足した数で「6本添えておいてください」と頼んだらしい。
 さあ、私はいくつになったのでしょうか。そうです、24歳です! なんて言ったら張り倒されるか。
 昭和の生まれ年と、年齢の数字が、見事に一致する、生涯でただ一回の誕生日でした。

 それから10日。ミシンはいまだに箱の中…。

  1. 2009/06/09(火) 15:25:21|
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長崎20時間勝負

新型インフルエンザに小沢さん辞任に核実験、いろんな話題に振り回されていたら、あっという間に今月もあとわずか。今更ですが、せっかくなので充実したGWの話など、少々。
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 5月1日(金)。
 つい数時間前まで東京に居たとは思えない光景。
 ここは長崎グラバー園。

 子供が小学校に上がり、道楽我が家もついに暦どおりにしか旅に出られなくなった。
 追い込まれるとどんなぐうたら人間も、とことん時間を使いこなすことに全力を注がざるを得なくなり、2時半下校だというのに、無謀にも4時の飛行機を予約。
 ヒヤヒヤだったが、なんとか無事に、長崎へとやってきた。

 ひとさまより一日早くゴールデンウィークを先取りしてるようで、悪い気はしない。
 東京より断然日が長いことにも助けられ、着いた早々、ホテルに荷物だけ置いて裏手のグラバー園へと繰り出した。
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 えー、グラバー園ってこんなにいいところだったっけか?
 実は長崎には12年前に友達夫婦と4人で来たことがある。くまなく市内を周ったはずなのに、なぜか原爆資料館と、眼鏡橋のたもとの骨董屋くらいしか覚えてない。それも肝心の眼鏡橋の光景がぽっかりと抜け落ちている。グラバー園ももちろん来た。でも動く歩道しか記憶にない。
 それが今回はどうしたことだろう。なんというか、一つひとつの邸宅や庭園のすばらしさが、あじわいが、すごーくよく理解できる。こんな屋敷に住んでみたいものだと、柱や梁の一つひとつにまで目が奪われる。
 12年前の私って、なんてアホだったんだろう。なんて見る目がなかったんだろう。あきれるばかりだ。
 ところで、グラバーさんを始め、当時の皆さん相当儲けたのね。つまるところ、庶民の私らはそんな一言をつぶやきながら園を出ると、時はすでに8時半。
 ホテルの近所に見つけた小さなちゃんぽん屋さんで、皿うどんと長崎ちゃんぽんにがっつく。
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 さてと、これでグラバー園、長崎ちゃんぽん&皿うどんは、計画通り今日のうちに達成した。
 なんたって、明日の午後3時40分には、長崎駅から「特急かもめ」に乗って、嬉野を目指さなくてはならない。つまり、これだけ見所のある長崎に、丸一日も居られないのだ。
 私の頭の中には、明日も朝8時からホテルの裏手の大浦天主堂を皮切りに、無駄なく行動する予定表がもうできあがっている。


 翌朝6時半。普段も同じ時間に起床してるのに、私のこの目覚めの良さったら何?
 やっぱり弁当をつくるための早起きとは違うんだな〜。
 さ、7時半になったら下のレストランに朝食に行くわよ、と思いきや、なんと息子が鼻血ブー。というかドバーッである。もともと鼻ほじってばかりいるから、よく鼻血を出すけれど、こんなときは母の焦りが伝わるのか、なかなか止まらず、気がつけば9時。
 んもう!朝ごはんは抜きよっ!
 鼻にティッシュを詰め込んだままの息子の手を引き、あきれる夫を従えて、1時間遅れでいざ出陣。 まずは“フランス寺”大浦天主堂へ。
 昔の赴きそのままの堂内に腰を下ろし祭壇を見つめていると、当時にタイムスリップして、農民たちと一緒に祈りを捧げているような、不思議な気分になる。
 マリア像越しに広がる瓦屋根の風景も、日本庭園の向こうにそびえる十字架も。世界でたった一つの光景に違いない。なんともいえず美しい。
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 つづいてホテルに舞い戻りチェックアウト。タクシーに飛び乗り、長崎駅で荷物を駅のコインロッカーに預け、再び同じタクシーでそのまま北上して浦上の原爆資料館へ。
 「小さい子供にはちょっと刺激が強いかもしんないね〜」
 そんなタクシーの運転手さんの心配もなんのその、息子は恐がるでもなく、嫌がるでもなく、大人でさえ直視しがたい悲惨な写真も、淡々と見ている。こちらは少しでも戦争や原爆の恐ろしさ、平和の尊さをわからせたくて、平易なことばを模索しつつ一生懸命説明したが、さて、果たして息子は少しでも感じ取ってくれたのだろうか…。

 資料館を出た後、そのまま原爆投下地点を経由して平和公園へ向かう。
 原爆投下地点の横には、ほぼ全壊した近くの浦上天主堂から、一本の柱だけが移されて、まるで天国の魂を仰ぐように立っている。
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 背後の小高い丘をのぼると、鳩の穏やかな戯れ声、そして美しい噴水の向こうに、平和公園のシンボル、平和記念像が見えてきた。
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 12年前にこの街を訪れたときの記憶を完全に飛び越して、ふと、28年前に、前ローマ法王のヨハネ・パウロ2世が訪れた際のテレビ中継を、中学校の授業中にワケもわからず見せられていたことを思い出す。
 鎖国下にありながらもキリスト教がしっかりと根付き、そして今も受け継がれている街。世界でたった二つしかない原爆投下地のうちの一つである街。日本列島の端の端の、この『ナガサキ」という街に、ヴァチカンからローマ法王が訪れるということ。それがいかに大きな意味を持っていたことか、恥ずかしいことに今になって初めて痛感する。


 さて、時計の針はこの時点で11時15分。今度は、12時発の長崎港めぐりの船に乗るべく、ちんちん電車に乗って再び南下だ。
 「出島駅」で降りると港はすぐそこ。デイリーヤマザキで菓子パンを買い込み、出島ワーフを背に、さあ出航!
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 この遊覧船、あんまり知られていないけど、福岡在住の友人、A子さんから「とにかく一度、乗っておくように」と半ば命令されて乗船したようなものだ。
 しかし、彼女の意味することが、乗ってみて初めてわかる。陸の長崎名所観光をすっとばしてでも、乗船した甲斐が本当にあった。

 三菱重工造船所を海から望む。昨夜グラバー園の丘から見えた豪華客船が、目の前に迫る。そのスケール感と迫力は思わず息を飲む。そっか、船ってこうやって作るのね、なんてことにも妙に感動したりして。
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 女神大橋の下をくぐり、ひろ〜い海へ出ると、おお、見えてきました。大海原に突き出すような岬の突端に、白いマリア像、
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そしてその向こうには緑の中にたたずむ、おお、これが「神の島教会」か!
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 大浦天主堂についで二番目に古い教会。漁船の音が聞こえてきそうな牧歌的な日本の風景の中に溶け込んでいるけれど、どこか神秘的で、そして威厳に満ちている。

 遠く沖合いに伊王島、軍艦島を望んだら、1時間コースの遊覧船はここでUターン。
 今度はさっきの造船所より、さらにド迫力の三菱重工「100万トンドッグ」、グラバーや小松帯刀も関わったという「ソロバンドッグ」、丘の上にはグラバー園を仰ぐ。
 さまざまな「見もの」もさることながら、気持ちのよい風に吹かれ、岬が幾重にもいりくむ美しい長崎の港を見ていると、四百数十年前にはじめてこの港に入ってきたポルトガル人の高揚感が、なんだかわかるような気がする。
 いやあ、よかったわ、長崎港めぐり。

 さて、船を下りると、興奮さめやらぬまま再びちんちん電車に。いよいよ滞在時間も残すところ2時間半となった長崎観光、最後は幕末の香りを体感しに、思案橋〜眼鏡橋界隈を目指す。
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 眼鏡橋の風景も、まるで初めて訪れる場所みたいに、すっかり記憶から抜け落ちている。こんなに情緒ある川だったっけ?こんな遊歩道があったっけ?眼鏡橋の半円アーチが、済んだ水面にくっきり鏡のように映し出されて、おお、なんだか本当に丸い眼鏡に見えるぞ。

 12年前に来たときは確か橋のたもとにあったはずの「馬場骨董店」はどうやら移転したらしく、川と並行して走っている道幅の細い商店街、アルコア中通りで見つけることができた。
 饅頭屋、骨董屋から日用品を売る店まで、まるで昭和30年代に迷い込んだような庶民的な店がずらりと並ぶ狭い商店街。茶、白、桃の3種のまんじゅうだけを売っている古そうな饅頭屋で茶まんじゅうを買い、かぶりつきながら足早に商店街を抜け、おそらく最後の観光地になるであろう「長崎歴史文化博物館」を目指す。
 
 同博物館の売りである、貴重な資料の展示や長崎奉行所体験コーナーすらも、時代劇好き一家があえてすっとばして向かう先は、3階展示室で開催中の「大鉄道展」。
 何もこんなところまで来て、鉄道展を見なくても、、、と思うものの、この日はこの後、今回の旅の目玉のひとつである「特急かもめに乗る」という一大イベントが待っている。言ってみれば、まあ、その「キブン」を盛り上げるための、準備体操みたいなものだろうか。
 引退したばかりのブルートレイン「さくら」「はやぶさ」は、やはりひとつの大きなテーマなのだろうが、それ以外にも、長崎を軸にした九州の鉄道の歴史が紐とかれ、なかなか興味深い。
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 JR長崎駅の駅長さんが、講演をしていて面白そうだったが、残念ながら私たちには拝聴する時間すらないのが悔やまれる。
 急いで展示を見て回る行くてを、突然、若い二人のお姉さんに阻まれる。「こんにちは〜!一緒にお写真、いかが〜ン?」と、息子を間に挟んで連れ去っていった。
 九州新幹線「つばめ」の実際の乗務員のお姉さんたちとの記念撮影コーナーらしい。
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 息子のデレデレ顔といったら…。数十年後の新橋の路地裏辺りで、似たような光景にいる息子の姿を想像して、ちょっと不安になったりして。

 ひとしきり堪能し表へ出ると、時計の針は2時50分。特急かもめは3時40分発だから15分前には駅に着かなくちゃいけないとして、残された観光時間はあと25分!
 ふと、朝に乗ったタクシーの運転手さんが「長崎駅まで来て時間がちょっと余ったらさ、ほら、そこにNHKあるでしょ、あそこの裏山の“二十六聖人殉教地”に行くといいよ。あんまり知られてないけど、あそこの資料館も、結構すごいから」と言っていたことを思い出す。よしっ、それだーっ。
 地図を見ると徒歩5〜6分の距離だが、1分さえ惜しい私たちは、博物館の前に止まっていたタクシーに飛び乗り、丘の上の“二十六聖人殉教地”へ。
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 1956年、豊臣秀吉の命によって、大阪、京都のフランシスコ会修道士と信者24人が捕らえられる。耳をそぎ落とされた後、磔刑に処される長崎の地まで見せしめに歩かされた道中、殉教者の世話人として付き添った二人の信者も加わって、最後は長崎のこの地で26人が磔刑に処された。中には12歳の少年もいたとか…。
 舟越保武作の26聖人像に手を合わせたあと、裏にある資料館をのぞく。ひっそりとした小さな建物には、他に一人も観光客はいなかったけれど、なぜだろう、修道院のような「におい」がする。
 展示品は決して多くはないけれど、貴重な資料の宝庫であることを知り、びっくりする。フランシスコ・ザビエルがポルトガル国王に宛てた自筆の手紙、中浦ジュリアンの書簡など、ええー、ほんもの〜?といいたくなるくらいだ。陳列ケースの中をじっくりのぞいていくと、中には、遣欧少年使節がローマ教皇に謁見した際のヴァティカン枢機卿の記録まで展示されていたりして、400年以上前のものが、こんなに状態よく保存されていることにもひたすら感動する。ああ、もっともっと端からくまなく見ていけば、きっと貴重な資料がたくさんあるにちがいないのに〜、時間がない〜。

 まさに舌打ちしながら資料館を後にし、駅へと急ぐ。コインロッカーから荷物を取って、駅前のお土産屋でカステラと角煮まんじゅんを両親宛に配送。後ろ髪を引かれる思いで長崎にさよならし、さあ、今度は改札を抜けて、いざ、ホームへ出陣!
 ちょうどとよいタイミングで、白い白〜い「特急かもめ」が1番線にしなやかに滑り込んできたではないか…
 …のはずが、ん?白くない!白いかめもじゃないっ!!!うっそー!!!
 
 3時40分発の特急かもめは、なんと、新型車両の「白いかもめ」ではなく、旧車両の「ハイパーかもめ」であった。ああ、私としたことが一生の不覚。
 「うっ、白いかもめだと思ったのに…」
 うつむく息子の目から、涙が落ちる。そして、私の目も落ちる寸前の涙でいっぱいになる。
 気を取り直して駅員さんに聞きにいく。次の特急は「白いかもめ」に間違いないとのこと。しかし発車は40分も後だ。
 「もう、いいじゃねえか、白くなくたってさー」
 温泉宿に一刻も早く着きたい夫は、冷たい反応。しかし、ここで温泉を優先しては、プチ鉄母の名がすたるというもの。
 「よし、40分待とう!」
 「ほんと?ねえママ、ほんとに?」
 「ほんと、ほんと、そうしよう!嬉野温泉みたいな大衆温泉の宿なんて、そんなに早く行ったって大した意味ないって。それよりここまで来て白いかもめに乗れなかったことの方が一生後悔するよっ」
 夫の顔は見ないまま、予約していた肥前鹿島駅のレンタカー屋に40分遅れる旨の電話を入れる私であった。

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 さて、こうして執念で乗った「白いかもめ」だが、美しい純白の曲線を描く車体はいわずもがな、客車の中も、寄木のような味わい深いフローリングの床といい、黒い皮のシートといい快適至極。
 小さな入り江に沿って走る長崎本線は、車窓の景色も申し分ない。夕日に染まりつつある水平線、いくつもの小さな漁港や集落を見ているだけでも幸せな気分になる。
 「うわー、ママ見て!ひこうき雲が十字架になってる!」 
 ほんとだ、十字架だ。
 長崎で、かつてのカトリック信者の御霊に触れた一日。しめくくりは、空までも十字架だ。
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 長い盲目の日本史上、海外に唯一門戸を開き栄えた貿易港であり、初めて西洋の宗教を受け入れた地。一方で悲惨な迫害の歴史を持ち、また原爆という核兵器の犠牲にもなった街でもある。長い日本の歴史の中で、こんなにも波乱万丈な歴史を送ることになった都市は、おそらく長崎をおいて他にないのではないか。
 たった20時間しかいられなかったけど、なんというか、魂まで洗われたような、まっすぐで清らかな気持ちを取り戻せた、そんな一日。朝もコンビニのドラ焼き。昼もコンビニの菓子パン。くいしんぼうの私たちが味覚体験を切り捨ててまで足を棒にして周った意義が、十二分にあった、長崎20時間であった。







  1. 2009/05/28(木) 18:02:51|
  2. にっぽんの旅
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はじめてのおつかいin 母の日

2009_5_10

連休も、この週末で完全に終わった感あり。
九州で遊び呆けたツケが回ってきたのか、ただただ、身体のだるい週末であった。

そういえば今日は母の日か。
用を足しに出かけたデパートで、ついでに、自分の母と叔母に、ちょっとしたプレゼントを買う。
そんな姿を見せているってのに、うちの男子二人と来たら、まるで何かを買ってくれる気配も、肩をもんでくれる気配もない。寂しいなあ。

疲労感満載の夜は、息子が手伝ってくれることを期待して餃子づくり。ところが、肝心の息子はどこへやら。
「上(ジジババのところ)でテレビでも観てるんだろ」とつぶやく夫は、これまた餃子づくりが下手くそで、何度やっても皮をパタンと二つ折りしただけのただの生八橋。はっきりいって息子の方がよっぽど使えるのだ。
仕方ない。今夜の餃子は、生八橋タイプだ。

息子が戻り、いつもと何一つ代わり映えしないささやかな夕餉が始まる。
それにしても、疲れた…。岩でも背負ってるかのようなコリと痛みが、背中からずっと取れない。中途半端に期待してしまう自分も悪いが、いっそ母の日なんてない方が、精神衛生上よっぽどいいような気もしてくる。

ふう。いただきま…す
と思いっきり不機嫌に箸を手に取った瞬間、突然、息子が席を立つ。
トコトコと隣の部屋に消えたかと思ったら、戻ってきたその手に持ってきたのは、なななんと、カーネーションの花束だ。
「はい、ママ。あげる」
じ〜〜〜〜〜ん。

よくよく聞くと、夫に1,000円札をつかまされ、3軒となりの花屋まで買いに行ったんだとか。なるほど、それで餃子作るときに居なかったのか。
「え、じゃ、一人で行ったの!?」
「うん、そうだよ」
再び、じ〜〜〜〜〜ん。

小学校1年生にもなってお恥ずかしい話、何を隠そう、「はじめてのおつかい」である。
しかもたった3軒となりの花屋にである。
それでも、なんというか、クルマの通りの激しい道路の端っこを、夫にソックリのがにまたでテクテク歩いていったのかと思うと、その姿を頭の中で想像しただけで、じ〜〜〜〜〜ん。

また明日から頑張ろうと、思いを新たにする。
やっぱり母の日って、あった方がいいわ。





  1. 2009/05/10(日) 23:33:46|
  2. 子供のこと
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気がつけば4月は終わっちゃっていた。

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 人間って、どんなに辛い生活も、慣れるものなんだ。やっぱよくできてるなあ、人間って。
 朝6時起きの弁当作りも、気がつけば苦ではなくなっていた。
 「今日のおべんとう、何が一番おいしかった?」そんな母の質問に、「うーんとね、プチトマト」と真面目に答える息子は、もともと大した弁当など期待してないんだろう。キャラ弁を作らされることもなさそうで、おかげで助かっている。
 
 仕事の飲み会で深夜になっても、料理教室の後片付けで寝るのが1時を回っても、朝は必ず6時に起きる生活。毎日とにかく眠い。とにかく眠い。でも、それも慣れた。
 電車に乗ってイスに座ったらすぐさま爆睡、会社のデスクでこっそりうたた寝、いまやお手のものだ。

 …しかし、お恥ずかしい話、カラダは憔悴しきっていることは否めない。
 一応、新入生生活を始める息子のために4月は「息子月間」と割り切ったとはいえ、週末はせっせと料理の仕事にもいそしんだ。
 ピアッティ岡田さんを拙宅に招いての「パルミジャーノカット&まるごどみんなで山分けの会」も無事に開催できたし
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 いつものメンツでの料理教室も開催、うちで10年ぶりに復活を見たレシピ、エミリア地方の揚げパン「ニョッコフリット」と、自ら入手したプロシュットの固まりをスライスして、エミリア地方普及活動にもいそしんだ。
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 しかし、お恥ずかしい話、それらをブログで報告する時間も、労力も割けなかったほど、なんというか、気持ちに余裕がなかったのも事実。
 受験生、旅人、サラリーマン、イタリア馬鹿、人生いろいろやってきたけれど、母親業っての一番大変な仕事なのだと、改めて思う。

 そんな疲弊しきった心とカラダに、超グッドタイミングで、愛してやまない「スヌーピー」展のニュース。 昼休み、会社を抜け出して会場の日本橋三越〜アストロノーツ・スヌーピー展〜へダッシュ。
 あんまり知られていないけど、NASAが月年着陸を果たす前の60年代前半、訓練中の事故でアポロ計画が頓挫しかけたときに、安全をアピールするシンボルとして選ばれたのがスヌーピー。月面着陸の船にはスヌーピー、司令船にはチャーリーブラウンという名前がつけられ、アメリカ国民の希望の使者として重責を担ったのが「スヌーピー」だったというわけだ。
 (ついでに言うと、何を隠そう、私はこの月面着陸35周年記念の際に、オメガスピードマスターのスヌーピーバージョン限定版を愛用している。ふっふっふ)
 古き良き時代のアメリカ、みんなの青春がそこにあった頃のアメリカが、ぎゅーっと詰まったスヌーピの世界。もちろん、私が愛してやまないスヌーピーも、まさにこの時代のもの。シュルツさんの温かみのあるライン、谷川俊太郎の訳、ツルコミックスの「ピーナッツ」なのである。
 と、語り始めるとスヌ馬鹿がイタ馬鹿をしのぐいきおいで暴走しそうだが、さて肝心の展覧会そのものは、入り口の前まで来てふと考える。M子さんに頂いた入場招待券、連休中に息子といっしょに来るときのために取っておこうかな。で、今日は、予想通り会場の出口に併設されていたグッズショップへと直行する。
 こういうときは買っちゃうんだよな。スヌーピーに癒されたり一心で、買いまくっちゃうんだよな。
アストロノーツ・スヌーピー展限定バージョンのぬいぐるみ。当時の宇宙飛行士がかぶったという、スヌーピーカラー(黒&白)の帽子、スヌ自らかぶってます。。。。かわいい。
 他にも、息子の弁当箱、タオル、鏡などなど、あってもなくてもいいようなものまで買いまくって……  ああ、すさんだ心にいとしのスヌーピーが染み渡る…。

 さて、明日からは学校が始まってから初めての長い連休、ゴールデンウィーク。癒しの第二段は、旅。博多の友人一家を訪ねがてら、九州へ。息子と私のこの一ヶ月の疲れをリセットすべく、鉄道&温泉&陶器の趣味三昧とあいなった。
 出発は今日の夕方。下校時刻からあんまり時間がない。飛行機、間に合いますように。

  1. 2009/05/01(金) 11:40:37|
  2. その他のできごと
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春爛漫の新1年生×2名

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 入学式の日まで、桜が散らずに待っていてくれたなんて、今年の1年生は幸運だ。
 抜けるような青空の下、息子も入学式の日を迎える。
 早めに家を出て、近所の神社でお参りをしてからバス停へ。
 知り合いが一人もいない小学校への足取りは、息子より母の方が、ずっと重い。
 不安いっぱいのまま乗り込んだバスが、学校の前の通りにさしかかったとき、突然、バスの中が桜色の光でいっぱいになる。
 学校の前の通りが桜並木であったことを、私は初めて知った。

 上級生や先生方の歓迎を受けながら、式が始まる。
 新入生が先生に一人ずつ名前を呼ばれると、みんな、競わんばかりの大きな声で「はいっ!」「ハイっ!!」と1年生らしいすがすがしい返事。
 そんな中、我が息子ときたら、後席の親にかろうじて届く小さくて低い声で「へい…」と渋々の返事。
 早くも、マイペース全開である。

 翌日からは、さっそく学校生活がスタート。といってもしばらくは午前中、数時間だけの授業。
 指定された時間に迎えに行き、教室の前で終了を待つ。教室の前では近所の幼稚園から進学してきたお母さんたちがグループを作っておしゃべりに花を咲かせている。
 なんだかポツンと、孤独だな、私。
 ふと横を見ると、そんなお母さんがもうひとり。
 お互い自然と目が合って話をしてみると、なんと、息子がペアを組んで座っている女の子のお母さんだった。
 授業が終わるまでのほんの5〜6分の間、立ち話をしただけなのに、共通項が次々に。実はうちのご近所で同じバス停から乗ること、共通のお友達がいること、生まれた病院も一緒だったこと、実家も同じ地域だったこと、などなど、なんだか今までの憂鬱で不安な気持ちがすーっとほどけていく。

 その後、私と息子は一度帰宅し、慌しく着替えと昼食を済ます。そして息子を学童保育へ送り届けてから私は会社へ…。なんだかこれだけでクタクタだ。
 駅への近道を模索しつつ、今まで渡ったこともない橋を渡ると、目の前に息を飲むような圧巻の桜景色。思わず足が止まり、気がついたら携帯カメラでピロロロ〜ンとやっていた。
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 家の近所に、こんな絶景が見られる場所があるなんて、40年もこの土地で生きていながら、まったく気づかなかった。
 これも、こうして息子のために身を削る新生活を送り始めたからこそ、通りかかることができた風景なのかもしれない。
 考えてみたら、小学校に、学童にと、新しい世界の中にワケもわからず放り込まれ、おまけに早朝から晩まで昼寝もお預けで過ごしている息子の方が、親の何倍も頑張っているのだ。そう思うと、私の方がよっぽどおぼつかない新1年生ではないか。

 満開の桜に背中を後押しされるように会社へと向かう。
 今日はたった一人だけど素敵なお母さんとも知り合えたし、私もちょっとは、息子に負けない小さな第一歩を踏み出せたのかな。
 今年の桜が、入学式までこうして力強く咲き続けていてくれたのも、息子や私への、もしかしたらエールだったのかな。
 桜吹雪のトンネルを抜けながら、ちょっと、そんな風に思った。
  1. 2009/04/08(水) 23:40:17|
  2. その他のできごと
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最後の登園日。

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 幼稚園と違って、3月31日までみっちり保育を行うのが保育園。だから卒園式が終わった後も、親としては「まだ2週間あるしね」みたいな余裕もどこかに残っていたものだが、ついに、ついに、きょう3月31日、今度こそ本当に最後に日を迎えてしまった。
 こんな日に限って夜に仕事が入り最後のお迎えに行けなくなってしまったため、今朝の送りが、母である私にとっての最後の保育園となる。

 来週に控える小学校入学式までの間も、彼らには春休みはおろか、たった1日の間もあけずに明日からは地域の学童(学童保育クラブ)がスタート。しかも、小学校が始まるまでの間は、この学童に朝から通いつめることになる。
 当の息子本人には、これといって不安げな様子も見受けられない。新しい環境への不安で半べそかいたりする女の子もいるらしいが、男ってアホだから、自分の身辺にどんな変化が起こっているかをいったい理解してるのかすらあやしいくらい。きっと、感傷に浸るどころでもないだろう。
 しかし、私の脳裏はベビーカーに乗せて初めて登園した日の朝に一気にさかのぼり、この5年間の毎日が走馬灯のように蘇る。
 息子は、こうして着替えやタオルでパンパンに膨らんだリュックを背負わされて、親と手をつないで歩いた一歩一歩を、いつまで覚えていてくれるのだろうか。

 午後、スタジオ入りする前に、久々にぽっかり時間が空いたので、急に思い立ってかねてより後輩に薦められていた美容矯正なる整体に駆け込む。
 整体師のお姉さんは、すーっと軽く背筋を触っただけで
 「背中、すごく硬いですよ。カラダもかなり歪んでしまってます。これは…一回ではちょっと無理かも…。左肩で、かなり無理をなさってますね」
 そういえば、この5年間、カバンを左肩でしか持ったことがない。荷物はどんなに多くても、どんなに重くても、すべて左肩と左手だけで担うクセがついていた。右手は歩道の内側を歩く息子と手をつなぐためのものだったからだ。

 会社復帰してからの5年間、この無理な態勢が積もり積もってカラダがひん曲がってしまったということらしい。
 たっぷり40分かけて、整体やオイルマッサージを応用した施術。骨盤をゆるめておきながら、筋肉を丁寧にほぐしていくのだとか。骨の一本一本がなんだか元の位置にもどされていくような実感がある。
 別に5年分の垢を落としに来たつもりではなかったのに、奇しくも今日という日に、この5年分の疲れで凝り固まった背中をほぐされることになるなんて。
 マットに突っ伏している自分の目から、無意識に涙がじんわりとあふれてきたのは、気持ちよかったせいだろうか、それとも、5年間がんばった自分への達成感だろうか。
 たぶん、そのどちらでもない。
 息子の手を引いて、無我夢中で通い続けた5年間の日々が、このまますべてきれいにリセットされてしまうことが、なんだか無性に淋しくて、虚しくて、仕方がなかったのかもしれない。


 明日からは、いよいよ弁当持参で学童保育。ついに未知なる世界へ引きずり込まれる息子。さらに小学校が始まれば、保育園の友達がひとりもいないもうひとつの未知なる世界に、嫌でも足を踏み入れなくてはいけない。
 クラス替えや席替えすら憂鬱で子供の頃から春というものが大嫌いだった私からしてみれば、彼の立場を想像しただけで不憫でたまらなくなるが、しかし彼は、きっとこんな母親とは正反対に、飄々と、淡々と、揚々と、新しい世界を自分なりに切り拓いていくに違いない。

 そして、実は母である私にこそ、見知らぬ世界へのデビューを母親という立場で求められてることに、ようやく目を背けずに認識することにしよう、と決意する。
 母の見ていないところで、人知れず頑張る日々を送る息子を想像しながら、私自身の「スプリング・シンドローム」を乗り越えてみようかと、そんな風に思う。
 背中のゆがみはリセットされても、もっと大きな子育ての苦労が、まだまだ尽きないことを、大いに期待しながら。

  1. 2009/04/01(水) 01:20:19|
  2. 子供のこと
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ritz

Author:ritz
広告代理店コピーライター。
イタリア料理研究家http://www.ristorante-ritz.com
著書に「トルテリーニが食べたくて」
日本ソムリエ協会認定ワインアドバイザー
イタリア料理、オペラ、ワインから、日本の秘湯まで。

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